十九話 不死身な戦国武将の殺し方(2)

 設楽したら神三郎貞通さだみちは、現場に早歩きで進みながら、近道の先にある地形を服部半蔵に説明する。

「近道の先には、道を塞いで後続を断つには最適の地形があります。長篠方面に行く橋も見下ろせる場所ですから、殿の馬場隊が布陣するなら、そこでしょう」

 武田の大将・武田勝頼が橋を渡るのを見届けるまで、馬場信春は捨て身で粘るのだろう。

「らしいです。追撃部隊が、完全に止まっています」

 服部半蔵が、伊賀忍者からバトンされた最新情報の書かれたメモ書きを、設楽貞通にも渡す。


「徳川 内藤隊への対応で、出遅れ

 織田 馬場隊に足止めを喰らい、渋滞中

 酒井 待ち伏せの布陣、完了」


(ふむ、勝頼の首は、酒井殿に任せて、馬場隊の排除に専念する方針で正解。馬場隊さえいなくなれば、勝頼は酒井忠次と戦いながら背後を織田の大軍に突かれる。完勝だ)


 戦略の手堅さを確認してから、戦術を詰める。

 設楽貞通は、旗を指している部下に念入りに三度目の指示を出す。

「絶対に、旗を倒さないでくれ。敵味方の識別を怠ると、織田からも撃たれてヤバい」

 部下は、三つの葉菊が描かれた『三つ盛り十二葉菊』の軍旗をピッシリと伸ばして、見栄えを良くする。

「乱戦に巻き込まれたくない。飛び道具での攻撃に専念する」

「矢弾は、ここで使い切っていい」

「狙撃手は十人。五十人は、弾込めに専念」

「残りは投石しながら、逆襲に備える」

 部下一同、最後のナイスな指示を、聞き返す。

「あのう、本当に、馬場隊に突入とか接近戦とか、槍を付けなくて、いいので?」

「いいよ。織田の皆さんの、邪魔になってしまう」

 設楽貞通は、織田家の手柄を横取りするような形にはならないように、慮る。

 そういう事は、酒井忠次のような心臓に剛毛が生えている武将に、任せる。

 部下たちをリラックスさせた頃に、目的地の手前まで来る。

 山の反対側から、濃密な鉄砲と雄叫びと断末魔の音声が、漂ってくる。

(馬場隊の矢弾が、想像以上に多い?)

 日の出から戦い始め、消耗し切った部隊の勢いではない。

 まるで籠城一日目のように、守り手の方が元気に戦っている音がする。

(ひょっとして、倒した織田の装備品を、鹵獲して大量に奪った? こんな状況で?)

 嫌な予感は、山の稜線に到った所で、明らかになった。

 設楽貞通の知る地形は、馬場信春の采配によって、「守り易い布陣」どころか「街道を通る部隊を飲み込んで鏖殺する」キルゾーンと化していた。

 街道を西から進んで来る織田の追撃部隊には、街道を挟む山間の急斜面に潜む馬場隊が、見えていない。

 馬場隊が襲う時は、追撃部隊の先頭と最後尾を塞いだ上で、頭上からの両面攻撃である。

 殺し尽くすと武器弾薬を奪い、死体を隠して後続の部隊にも同じ事を繰り返す。

 設楽貞通が到着した頃には、膨大な武器弾薬を拿捕して、街道上の追撃部隊に大盤振る舞いしている最中だった。

 人生最後の大立ち回りが大成功して絶好調の馬場隊と、設楽隊の目が合ってしまう。

 お互い、ちょっと前に進むと、鉄砲玉が届く範囲である。


 恐る恐る近くに忍び寄って来た地元の設楽隊

  VS

 特級戦国武将『不死身の馬場信春』の殿部隊


(これはもう追撃戦じゃない。少なくとも設楽隊にとっては、追撃戦じゃない)

 設楽貞通は、己の部隊の利点のみに集中する。

 相手からは、攻撃をして来ない。

 接近も、しないだろう。

 設楽隊から、攻撃しなければ。

 馬場隊の目的は、武田の大将が橋を渡って退却に成功したと見届けるまで、キルゾーンを展開し続ける事。

 設楽隊に手を出そうとすれば、それが崩れる。

 とはいえ、この場所で何もしないという、選択肢はない。

 もう次の味方部隊が、街道に押し寄せている。

「撃ち合いを始めるぞ。この場所が死地だと、音で味方に教えてやれる」

 部下たちは、有効射程外ではあるが、狙撃の準備を始める。

 目的が味方への警告なので、気楽気楽。

「ありがとうございます。これで追撃の流れが、再開します」

 服部半蔵が、気早に礼を言ってくる。

「いえいえ、これが精一杯…」

「では、これにて」

 服部半蔵は、案内して来た山道を、逆に走り去って行った。

(? 行くなら、長篠方面かと思ったけど。戻るとはね)

 そこに引っ掛かりつつも、銃撃戦が始まった。


 ほとんど届かないとはいえ、設楽貞通は可能な限り射線に入らないような位置で指揮しながら、眼下の味方部隊の動向を見守る。

 頭上での銃撃戦に、虎口に入りかけた追撃部隊が、臨戦体制に入る。

 慎重に行軍し、設楽隊と撃ち合っている付近を見定め、地形に潜む馬場隊の伏兵に対応する。

 奇襲さえ喰らわなければ、あとは数の差で攻守は再逆転する。

 馬場隊百名が、徐々に削られていく。

 設楽隊への射撃が、完全に止んだ。

 設楽貞通は、馬場信春の最期が目撃出来ないかと、顔を出して確認する。

 この戦域を良く見渡せる山の中腹に腰を下ろした、齢六十一歳の老将が、煙管で煙草を吸いながら設楽貞通を見返す。

 そこだけ見たら、登山に疲れて一休みしているようにも見える。

 煙る煙管を軍配のように振るい、設楽貞通を指し示す。

 途端に、数発の鉄砲玉が、ギリギリ足元に届く。

(嫌がらせをする余裕なんか、無いだろうに)

 老将の嫌がらせは、更に続く。

 馬場信春が、設楽貞通に向けて何かボヤいている。

 察するに、

「野田城で捕虜になった身を、五体満足で釈放して貰った恩があるのに、一切返さなかったな、ろくでなし」

 とか言われている。

(そこに至るまでに、我々に与えた迷惑の総量を、考えろ侵略老人)

 設楽貞通は意に介さずに、伝説の老将のラストバトルを見物する。

 身を晒して、見物モードを誇示する。

 もう、設楽貞通に鉄砲を向ける余裕はなく、馬場隊は追撃部隊に飲み込まれつつある。

 呆れた事に、馬場信春自身は、未だ無傷だ。

 此の期に及んでも、『不死身の馬場信春』は伝説を損なっていない。

 

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