エピローグ
「どっちに座る?」
「じゃあこっちにしておこう」
「いいだろう」
ノーマン・ヘイミッシュの下宿先のリビングにて。
部屋に二つしかないソファにクラレスとロンズデーは我が物顔で腰を下ろしていた。
ロンズデーに至ってはサイドテーブルに足を乗せるリラックス振りだ。
「エルティール、お茶を淹れてくれ。ブランデーもいれて」
「いいね、僕はロイヤルミルクティーで」
「お二人とも、私は貴方達の使用人ではないのですが」
目隠しを外しているエルティールは箒で部屋を掃きながらしながら答える。
しばらく彼が入院している間も定期的に訪れて掃除はしていたが、彼が帰ってくる日なので改めて行っていた。
「やるならご自分でどうぞ」
「どうする、クラレス」
「僕や君がやるよりエルティールの方が上手でしょ。どうせ先生が帰ってきたら淹れてくれるだろうし待つとしよう」
「確かに、良い判断だ」
「全く……」
上機嫌で部屋にあった本を勝手に読みだしたクラレスと同じく上機嫌で煙草を吸いだしたロンズデー。
二人に対してエルティールは思わずため息を吐いた。
言って聞く様な二人ではないので仕方ない。
「協調性の欠片もないですね」
皮肉気に笑うシズクは部屋の片隅で作業をしており、
「君に言われるのは心外だなシズク。随分と物騒なものを広げているじゃないか。どういうアピールだい?」
「どうでしょうね。ノーマン君に護身術を教えてもらっているのはクラレスさんだけではないとかでしょうか」
「うふふ、物騒な護身術だ」
微笑むクラレスの視線はシズクの素手が握るもの―――分解された整備中のライフルだった。
クラレスが杖術を軸とした護身術をノーマンから教わったように。
シズクもまた銃の扱いをノーマンから教えてもらっていた。
基本的に他人に触れることができない故にライフルを用いた狙撃と近中距離における拳銃の扱い等。
鈍色の部品を整備用の油拭きする彼女は楽しそうなロンズデーやクラレス、掃除中のロンズデーには我関せずである。
「君もこっちに来たらどうだい、仮にも僕らは先輩後輩なんだし」
「私は退学済みですけどね、先輩」
口端を持ちあげながらシズクは答える。
≪アンロウ≫になる前、シズクとクラレスは同じ学校で学んでいて。
シズクは学校を辞め、クラレスはそのまま通っている。
「いいじゃないかシズク。お前もこっち来いよ。仲良くしようじゃないか」
「……結構です、探偵さん。仲良くする必要がありますか?」
「良い質問だ。あるだろう、これからを考えるとな」
「探偵事務所、でしたね。ノーマン様が一国一城の主となるのは素晴らしいことです」
「エレメンタリー、笑っちゃうけどね」
既に四人ともスフィアから探偵事務所エレメンタリーの設立は聞かされているし、だからこそノーマンの退院に合わせて集まっている。
そうでなければ集まらない。
お茶会をするなら殺し合いになりそうな四人だ。
邪魔だからとか、面白そうだとか、そういう理由でふとしたきっかけでそういう風に発展していてもおかしくない。
根本的に。
彼女たちがこれまで互いに不可侵であったのは、ノーマン・ヘイミッシュにとって自分たち4人を守ろうとしているのを知っていたからだ。
じゃなかったら、最愛の男の隣に、自分以外の女がいるなんて良い気分ではない。
「……事務所なんて、必要ですか?」
部品の磨きを終え、慣れた手つきでくみ上げながらシズクは呟く。
花弁についた結露が地面に沁み込むような言葉。
「一年半、それぞれがそれぞれで上手くやっていたじゃないですか」
独り言のようではあるが、しかし今はその独り言を拾う者がいる。
「必要か不要かでいえば不要だろうけど」
いつも通りの笑みを浮かべた妖精が花が零した涙を拾い上げる。
「今回は僕ら4人で先生を助けた。ちょっとした奇跡だね。でもそれは僕ら4人みたいなのにずっと寄り添ってくれた先生が起こした奇跡だ。なら」
「なら?」
「その奇跡をもっと先生に見せてあげたいとは思わないかい? ほら、先生はきっと喜ぶと思うよ、僕らが和気あいあいとお茶しているのを見ると」
「………………」
シズクの手が、一瞬止まった。
ロンズデーは楽し気に煙草を蒸かし、エルティールもクラレスの言葉に耳を澄ます。
「先生が見たいものを見せるっていうのなら必要と良いってかもしれない。君は四人で一緒にいるのは我慢ならないかな?」
「そこまででは。……まぁ、別にどっちでもいいですよ」
「なら、集まってもいいわけだ」
カシャンと、小気味の良い音がした。
組上がったボルトアクションを作動させた音だ。
整備を終えたシズクはすぐには答えず、手を布巾で拭い、銃身だけもう一度外す。横に置いておいたバイオリンケースに丁寧に仕舞って、
「…………ノーマン君が喜ぶなら、良いでしょう」
シズクは不承不承ながらという様子で、けれど立ち去らなかった。
銃を仕舞ったものとは別のケースからバイオリンを取り出し、指で適当に鳴らし始める。
「うふふ」
「口が巧い。流石だな『歪曲者』」
「それはどうも。探偵さんはどう思ってるんだい?」
「どうだろうな。忠犬はどうだ?」
「ノーマン様が喜ぶなら構いません」
即答だった。
集めたごみをちりとりで集めゴミ箱に捨てる彼女は、自分の言ったことが当然であるかのように迷いはない。
忠犬らしく、主の幸せを願うだけ。
それが彼女の幸せなのだから。
「流石だな。まぁ私も大体同意見だ。探偵事務所という響きもまぁ悪くないし」
「うふふ、主体性のない四人だねぇ」
「―――はん、エレメンタリーだからな」
「?」
探偵の言葉にクラレスが少しだけ眉をひそめた。
シズクとエルティールも何を言い出したのかと彼女に視線を集める。
ロンズデーはその視線を受け止めながら笑う。
「四元素論というやつだ。古代からあるが、300年ほど前のパラケルススが精霊と合わせたのが有名だな。地水火風、四つの元素が世界を構成するというもの。――――ほら、私たちらしいだろ?」
探偵らしく真実を告げる、というほど強い言葉ではなかった。
苦笑交じりの、ささやかな祈りを紡ぐようなもの。
地水火風。
四つの元素。
一つの世界。
シズク・ティアードロップ。
エルティール・シリウスフレイム。
ロンズデー・エンハンスダイヤ。
クラレス・エアリィステップ。
四人が集まって―――一人の世界になる。
ノーマン・ヘイミッシュという世界に。
「――――Elementary」
だから、この四人が集まれる事務所は。
ここならば。
部屋の片隅で震えていなくていい。
自分の姿を隠さなくていい。
為すべきことを迷わなくていい。
退屈なんてしなくていい。
彼が夢見たものであり、約束した居場所であり、彼が起こした奇跡なのだ。
だったらいいなと、初めて四人は同じことを思った。
●
ベネディクト通り221Bにノーマンの下宿先はある。
恐ろしいことに偶然フィクションの名探偵の家の同じ番地に、探偵事務所を構えることになるのだ。
憂鬱な思いで自室へのドアに手を掛ける。
「…………」
鍵は開いていた。
少しだけ考えて、無造作に開ける。
「―――やぁ、ただいま」
扉を開けた先のリビングには思った通りに四人がいた。
「おかえりなさい」
シズクは部屋の隅っこで床に直接胡坐で座っている。隣にはバイオリンケースが二つ。フードをかぶったまま、けれど手袋は外している。抱えているバイオリンを指で弾き、口端には少しだけ笑みが。
「おかえりなさいませ。丁度お茶を淹れましたよ」
エルティールは丁度リビングから出て来た所だった。
目隠しは外し、両手には5人分のティーセットがある。
「遅かったな、またぞろあの腹黒から面倒事でも頼まれたんだろう? 楽しい事件だと良いが」
ロンズデーは部屋に二つしかないソファに我が物顔で座り、足は隣の小さなテーブルの上に。
上機嫌に煙草を蒸かしていた。
「ふむ、楽しいお仕事は僕も大歓迎だね。お帰り、先生」
クラレスはロンズデーの向かいに置かれたソファに行儀良く座っている。
いつも通りの変わらない笑み。けれどそれが作りものではないということは見れば分かった。
「――――あぁ」
きっと。
これもまたノーマン・ヘイミッシュの「どうして」だ。
彼女たちが排斥されることが許せないのと同じくらいに。
彼女たちが居場所を手に入れて欲しいのだ。
いつか、そんなことを彼女たちと約束した。
願わくば、それが自分であればいいなとも思っていた。
もっといえば四人が集まってお茶できるような光景が見れるのならばと。
絵空事だと思っていた光景が目の前にあった。
ちょっとした奇跡だ。
今回の一見、とんでもない苦労をしたけれど。
この光景があって、これからも見れるというのなら。
それはきっと何よりも得難いものだろう。
苦労した甲斐があった。
みんな可愛いし。
やっぱり主人公になるならラブコメがいい。
「さて、さっそくだけどお茶を飲みつつ皆に話がある」
涙花を。
忠犬を。
探偵を。
妖精を。
ゆっくりと彼は見回した。
四人の大切な人を。
探偵で、助手で、人間で、バケモノで、或いはそのどれでもない青年はにっこりとほほ笑んだ。
「ろくでもない話だけど―――――次の事件だ」
城壁に囲まれた街。
風の吹かない街で。
人間とバケモノの物語は続いていく。
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