天才・藤井聡太の快進撃が止まない激動の将棋界――憂う棋士たちの内面を繊細に描いた人間ドラマです。
棋士たちの顔や名前、将棋のことを知らなくても文章から彼らの人生の一端を垣間見える構成となっており、それなりに楽しめると思います。
主な登場人物は以下の四大棋士。
◆闘争心と矜持のオーラを燃やす『魔王』の異名をもつ渡辺明(わたなべ・あきら)名人・棋王(当時冠位)
◆詰みの終盤で脳内クラシックを優雅に流す、初手・薔薇で知られる『貴族』こと佐藤天彦(さとう・あまひこ)元名人。
◆数多くのタイトルを獲得し、永世名人の名を刻んだ第十八世永世名人・森内俊之(もりうち・としゆき)九段。
◆そして地球代表のニックネームで親しまれる藤井キラーの異名が冴え渡る深浦康市(ふかうら・こういち)九段。
彼らの将棋に賭ける熱意と矜持と人生と。そしてこれからの将棋界を憂う以下のフレーズが棋士たちの心の狭間で渦巻いているのです。
「公式戦で自分は生涯のうちに、藤井聡太に勝てるのだろうか?」
哀愁さえ漂う棋士たちの内面が当事者目線で赤裸々に描かれており、もはやここまで来ると感情移入を超える感情同化さえ抱かせる境地。
また、森内第十八世永世名人と深浦九段は藤井聡太誕生前に自己の記録を打ち立てていた経緯も先の対比として印象的です。
「(藤井聡太と)活躍時期がずれていて良かった。。。」
特に、三国志演義に登場する周瑜と諸葛亮孔明の例えが素晴らしく、高い説得力と表現力で見事に体現されています。
これ程のクオリティをこのボリュームに抑えておきながら細部に亘る繊細かつ瑞々しい筆力は筆舌に尽くし難いというもの。
将棋は対話を超えたドラマであり、人生でもあります。
その奥妙な形容はどの時代も変わらない普遍の真理。
そしてやはり、最大の要素は『運』であると感じさせる点が言い得て妙。これもまた人生の醍醐味の一つとして数え上げられましょう。
将棋のドラマは尽きない――盤上だけでは語り尽くせない盤外ストーリーテリングの傑作です。
青山 翠雲さまの2作目。
前作の『小説 『王将戦』』で読者である私たちは対局を特等席で眺めるギャラリー(傍観者)でした。しかし、続く本作で我々読者はギャラリー(傍観者)ではなく、プロ棋士たちの心にもっと近づくことになります。ネット市民たちの軽妙な発言を目にしつつも、プロ棋士たちとともに喜怒哀楽を味わい、彼らが普段口にできないその人間臭く、泥臭い欲をも知ることにもなります。その泥臭さを知ってもやはり思うのです。将棋という知性の限界の世界で競い合う棋士たちの凄さ。特に最終話、そこでその選択をするとは! 慄かざるを得ませんでした。
青山 翠雲さまは『将棋の世界』という他のWeb作家にはない強みを描くことが出来る稀有な作家ですが、本作を読んで、単なる将棋専門Web作家で収まる方ではないと確信しました。勝負に賭ける人間をここまで描けるのなら、他の世界の勝負を迫真の描写が可能に違いないと。スポーツであれ、政治家の抗争であれ、歴史上の合戦であれ描き切ることが出来るでしょう。いずれそう言った世界の作品も読めそうなそんな予感がいたします。