#17 判明、白滝の真の狙いとは
バスターミナルを出発したバスは、低いビルがちらほらと建つ通りを、南の城下町へと向かって走り始めた。間もなく大きな橋を渡り終えると、そこから先はもう町ではなかった。左に海、右には山があるだけだ。
空がどんよりと曇っているせいか、海はいかにも寒々しく見える。波も高くなってきているようだ。本土へ帰るらしい中速船が、大きく揺れながら港を出ていくのが見えた。
バスはひたすら、海岸沿いの道を左右にくねくねと曲がりながら走る。小さな島なのに南の町まで四十分もかかるのは、この道のせいらしい。
道沿いの防波堤に波が打ち付ける度に、大きく上がったしぶきがバスの窓にも降ってきた。もしも本格的に海が荒れ始めたら、この道は危ないのではないか。
「明日は天気が荒れる」という白滝の言葉が、不吉な重さと共に思い出される。
結局、南の町に着いたのは、予定よりもさらに十分遅れくらいになった。北の町と違ってビルなどほとんどなく、古びた木造の民家が目立つ。なるほど、確かに城下町の感じで悪くない。
「さあ、じゃあまずこの城でも見に行くか」
例のパンフレットに載っている写真を見ながら、僕は言った。
「いや、城下町巡りのおすすめコースがあるんですよ」
白滝が、何やら手書きのメモのようなものをリュックから取り出す。この島に来ようと言い出した張本人だけに、さすがに用意がいい。というか、この城下町に来るのが、そこまで楽しみだったのだろうか。
空は暗いが、幸いまだ雨は降り出していない。我々四人は、白滝に案内されるままに、狭い路地を歩き始めた。
歴史の名残が、なるほどあちこちに残されていた。しかし、あくまでも名残ばかりだった。
塀の一部だけが小学校の敷地に残った武家屋敷、かつて米問屋がここにあった、という立札のある公民館。遊郭跡はうらぶれたバーになり、運河だった水路にはコンクリートの蓋がされている。いくらなんでもこれを、城下町として売り出すのは無茶だろう。
三十分も歩かないうちに、我々は次第に無口になり、足の動きも鈍くなっていった。
「おい、おい、ちょっとまて。一休みしようぜ」
次なるスポットへ向かって急ぎ足の白滝を、ついに僕は呼び止めた。こんな「観光」ではたまったものじゃない。
すると突然、奴はにっこりと笑った。
「じゃあ、この先におすすめの喫茶店がありますから、そこでゆっくりしましょう」
阿倍野と猪熊が、ほっとしたような顔を見せた。やはり二人も辛かったのだろう。しかし、まだ油断などできない。ここまでの展開からして、どんな喫茶店に連れていかれるか、分かったものではないからだ。
五分ほど歩いてたどり着いたその店には、「純喫茶 シャンゼリゼエ」という看板が出ていた。入り口の頭上を覆う、色褪せた緑色の日よけテントが、シャッターの下りた古びた店舗ばかりが並ぶ商店街の雰囲気に溶け込んでいる。
シャンゼリゼの華やかさとは程遠いが、このネーミングセンスの昭和な感じには、見事にマッチしていた。看板によると、ちょうど午後の営業時間が始まったところのようだった。明日の日曜は定休日だから、ラッキーだった。
「へえ、いい味出てるじゃないか、この店」
入り口横のショーケースを、僕はのぞき込む。曇り気味のガラスの向こうに、埃をかぶった食品サンプルが並んでいる。緑色のクリームソーダや、変色して黄色くなり、あちこちひび割れたミートソース・スパゲティ。空中に浮いたフォークを、垂直に伸びた麺が支えていた。
不安げな顔をした猪熊が、僕の隣でショーケースの中身を凝視する。例によって、金額が不安なのだろう。
コーヒーの香りが立ち込める店内はガラガラだった。カウンターの向こうに、口ひげをたくわえたマスターらしきおじさんと、ウェイトレスの若い女性がいるだけだ。他のお客はいない。
いくつか並んだソファー席の一つに、我々は座る。赤いモケット地の座席は、見るからに年代物ではあったが、ふかふかで座り心地は良い。天井から吊り下げられたペンダントライトの電球が、磨き上げられたテーブルを柔らかく照らしていた。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスの女性が、お冷を四つ載せた銀色の盆とメニューを持って、近寄って来た。ストレートの髪をまとめてポニーテールにした、かわいらしい若い女性だ。これはまた、白滝がおかしな行動に出かねない。空気が警戒モードに入ったその時、奴は意外な言葉を口にした。
「あの……『えっちゃん』かな?」
彼女は驚きに、大きな目を見開いた。
「え……まさか……『ホワイト・ナイト』さんですか?」
「大正解だよ! 本当に会えるなんて、びっくりだね」
「ほんとに、来られたんですね……」
何だ、この展開はと、僕ら三人はあ然とした。現地に知り合いがいるなどとは、全く聞いていない。しかも、女の子は明らかに、かなり戸惑った様子だ。
「おい、おい」
にやにやしている白滝の肩を、僕は後ろから小突いた。
「どういうことなんだ、これは」
「ああ、友人なんです、彼女。ネット上の、趣味の掲示板で知り合いまして。この街の喫茶店で働いてるとは聞いてたんですが、まさか本当に会えるなんて。すさまじい偶然です」
白滝は、平然とした顔で言った。何が偶然だ、最初からこの子に会うのが目的だったに決まっている。つまり、そもそもこの旅行自体が、そのために企画されたものだったのだ。もはや、言葉が出なかった。
「そうですね……喫茶店はここ一軒しかないんですけど、この街」
彼女の表情は、さらに曇る。近年、目覚ましく普及したインターネットの危険性というものを、ひしひしと感じていたに違いなかった。
(#18「華麗なる彼女の一撃、崩れ去る白滝」に続く)
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