第21話 お姫様抱っこ、そして……
夜が明けて、あたりがまだ薄暗いうちに一行は出発し、草原を歩いて行く。
クラウスがノエルをおんぶして歩いて行く。
「もう痛くない、自分で歩けるから降ろしてくれ」
「痛みを止めてるだけで、傷が治ったわけではないだろ」
「クラウス様のおっしゃるとおりです」
背中にノエルの槍を担ぎ、まだ眠っているパメラを抱っこして、二人から少し遅れて歩いてるアレットが言った。
「しかし、お前の方が重傷ではないか」
「こんな時ぐらい俺に甘えろ。未来の夫だぞ」
「う、うむ……」
ノエルは恥ずかしそうにクラウスの肩に顔を伏せた。胸がギュッと背中に押しつけられたのにクラウスは気づき、顔を赤らめる。
「わたしは、人に甘えるのに慣れてない」
「そうか。では、今から慣れてくれ」
ノエルは顔を赤らめつつクラウスの背に顔を押しつけた。
「お前の背中は広いな」
「男だからな。甘えがいがあるだろ?」
「そうだな」
ノエルは嬉しそうに微笑んだ。
そんな様子をアレットはニコニコと見ているが、雰囲気をぶち壊すように後ろからイエルクの声が響いた。
「クラウスー、重いよー、代わってくれよー」
遅れて、金満月草の入った大袋を三つ担い出、ヒーヒーと息をあえがせるイエルクが言った。
クラウスが立ち止まり、冷たくイエルクを見る。
「だめだ。町に着いたら馬車を拾うからそれまで辛抱しろ」
「不公平だー、俺も女の子おんぶしたーい」
「だめだ。うるさい」
ブーブー言うイエルクの三つの大袋をひょいひょいひょい、とアレットがパメラを抱っこしつつ、片手で取って地面に置いた。。
「望みをかなえて差し上げます」
袋の代わりに眠ったままのパメラをイエルクに背負わせ、右手に二袋、左手に一袋を軽々と背中に担ぐ。
「えっ?」
「我が一族の言い伝えでは、人の恋を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまうそうです」
「えっ?」
アレットはイエルクをじっとにらみつけた。
「お気をつけ下さい、イエルク様」
袋を担いでさっさと歩き去るアレットを、パメラをおんぶしたイエルクがぽかんとして見送った。
一同は街で調達した馬車に乗り、帰路を急いでいた。
パメラは窓から身を乗り出して、前方を指差す。
「ここ、あたしんち!」
前方には孤児院があった。
クラウスは驚いてパメラを見た。
「やはり、ここの孤児院だったか」
ノエルが不思議そうにクラウスを見る。
「どうした?」
「ここは母の育った孤児院だ」
馬車が止まり、降りるパメラにノエルが声を掛ける。
「木の魔物の赤い玉、高く売れよ!」
「うん!」
パメラを追って、クラウスも降りていく。
「ちょっと、院長に挨拶してくる」
馬車の音を聞きつけたのか、門から優しそうな老女が出てきた。
「パメラ!、いったいどこに行ってたの!?」
「ごめん、院長先生……」
院長がパメラの後ろのクラウスに気づいた。
「あら、クラウスさん……」
ノエルは馬車の窓から、立ち話を続けるクラウスと院長を見る。
クラウスが馬車に戻ってきて、ため息をつきながら席に座った。
「どうした、ため息ついて?」
「母の件もあるので、ここにはハイゼル家として、かなり支援しているのだが、孤児も増えて厳しい状況らしい」
「ふーん……」
ノエルはさびれた建物と荒れた庭を見て、ぼんやりとつぶやく。
「……与えられるだけでは、ダメなのだがな」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
屋敷の玄関でフローラがウロウロしながらクラウス達の帰宅を待っていた。
「昼には戻るはずだったのに、もう夕方よ。何かあったのかしら……」
フローラが心配そうに隣のマリラに話しかけた。
馬車が到着し、向こう側のドアからクラウスが降りてきて、手前のドアを開けると足に包帯をしたノエルが降りてくる。
フローラが驚いて駆け寄っていく。
「ノエルさん!、ケガしたのっ?」
「ちょっと、しくじっちゃった……」
へへ、と照れ笑いするノエルをクラウスがひょっい、とお姫様抱っこで持ち上げた。
「まだ無茶するな」
「う、うん……」
クラウスはノエルを抱えたまま、屋敷の中へ入っていく。
その様子を不思議そうにフローラが見送った。
お姫様抱っこされるノエルは目の前のクラウスの顔に、三年前に自分が負わせた大きな頬の傷に気づいた。
「これは、わたしがつけた傷か」
ノエルは思わず傷を手でさわってしまう。
「かなり深いな……」
「口の中までザックリ切れたから、食事が大変だったぞ」
クラウスは照れたようにフッと笑う。
「初めて出会った思い出だ」
ノエルは傷をそっとなでる。
「すまぬ、痛かっただろう……」
「俺たちは戦争やってたからな」
ノエルは傷をなで続ける。
「ごめん……」
クラウスは落ち込み始めたノエルを見て微笑みながら言う。
「この傷がなければ、お前を追っかけることはなかった」
ノエルの目が潤み始め、ボロボロと涙がこぼれ始めた。
「ごめん……、ごめん……、ごめん……」
「ノエル……」
ノエルの目を見つめるクラウスはそっと顔を近づけていき、唇に唇を重ねた。
ノエルは一瞬驚くが、目を閉じ、クラウスの首に両手を回して抱きしめた。
「お兄様、ノエルさん、ケガは……」
後ろから走ってきたフローラは声を掛けたものの、二人のただなら
ぬ気配に言葉を止めて立ち止まった。
ハッとしてキスを止めた二人は、赤い顔で振り返ってフローラを見た。
「おじゃま……でしたね……」
状況を把握したフローラはくるっと回って戻っていこうとするが、ノエルが呼び止めた。
「フローラ、明日から始めるからね」
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