絶対的二番手の百合ラブコメ

郡冷蔵

第一章

第一手

第1話 二番手

「新入生代表。一年B組、神子沢みこざわ唯奈ゆいなさん」

「はい」


 厳粛さの中にもどこか浮わついた空気を隠せない体育館の中に、冬鳥のように凛とした声が響く。立ち上がった彼女の姿に、誰もが目を奪われた。


 結い流された金糸の髪。女性的な曲線美を体現した抜群の背格好。右にも左にもなびかない調和の足取りは、ランウェイを進むトップモデルのように、彼女だけがこの場を治める領主であるとすら感じさせる。


 壇上に登り、三方に礼をした彼女が顔を上げると、今度こそ本当に、世界のすべてがその琥珀色の視線に捕らえられていく。


「うららかな春の陽気の中、私たちは新たな生活を始めます。その門出の日をこのような素晴らしい入学式で迎えられたことに、感謝の念がたえません」


 そんな、よくよく見知った幼馴染みがいつも通りに輝く姿を見上げながら。私はそっと、諦めた。


 唇を噛む必要すらなかった。

 最初から負けることなんてわかっていた。

 私はその程度の存在だ。


 あらゆる面で秀才でありながら、絶対に頂点には立てない女。おまけに、物静かなくせして、執念深くて陰湿で、無駄に几帳面で理想が高くて。

 

 ああ、本当に、度しがたい。


 こんなもの、ありきたりなラブコメの第二ヒロインそのものだ。


 どこまでも特別な神子沢唯奈メインヒロインを際立たせるための、どこまでも等身大な当て馬。物語を先に進めるための、都合のいい舞台装置。

 それが私だ。葛原澪つづはらみおという存在だ。


 もう、うんざりだった。


 こんな役回りしか与えられない舞台にいつまでも立っていてあげるほど、私はお人よしじゃない。


 だから、これが最後の勝負と決めていた。

 そして何の番狂わせが起きることもなく、ただ当たり前に、また、私は負けた。

 十分だ。

 もう、唯奈あなたと同じ舞台に立つことはない。


 唯奈が式辞を終え、壇上から降りていく。


 きっと、あなたは悲しむでしょうね。

 お気の毒さま。私はとてもせいせいしたわ。


 続く校歌斉唱、閉式のことばまでを無感動に見届ける。私たちの入学式、あるいは、私の卒業式は、そうして終わった。

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