第2話 俺はやっていない

「どうして何も言い返さないんですか? もしかして、私の言ったことが図星だったとか?」

「いや。まさかこんな展開になるなんて思ってなかったから、正直戸惑ってるんだよ」

「どんな展開になると思ってたんですか?」

「それは……俺としては、バラ色の展開を予想してたんだけどな」

「私の財布から三万も抜いといて、よくそんなこと言えますね。恥ずかしくないんですか?」

「さっきから何度も言ってるが、俺はそんなことはしていない。もし俺が犯人なら、財布に二万残すような中途半端なことはしないし、財布自体どこかへ捨ててるよ」

「そのセリフも、自分が犯人と思われないようにするための演技ですよね? このままとぼけ続けるつもりなら、こちらにも考えがあります」

「どうするつもりだ?」

「今から警察に連絡します」

「おい、ちょっと待て。あんた、財布を拾ってもらった恩人にそんなことして、心が痛まないのか?」

「財布を拾ってもらったことには感謝してるけど、あなたの場合そこからネコババしてるじゃないですか。そんな人に対して、心が痛むわけないでしょ」

「だからネコババなんかしてないって言ってるだろ! 何回言えば分かるんだ!」

「あくまでも、しらを切るつもりなんですね。分かりました。じゃあ、今から警察に連絡します」

 彼女はそう言うと、本当に警察に電話をしてしまった。その衝撃の行動に、俺は何も言うことができず、ただじっとその姿を見つめるだけだった。

 やがて二人の刑事が到着すると、俺は彼等に身柄を拘束され、そのままパトカーに乗って警察署に連行された。


「さあ、入れ」

 初めて入る警察署の雰囲気を味わう余裕もなく、俺は六畳ほどの部屋に無理やり押し込められ、すぐさま取り調べが始まった。

「話はあらかた被害者から聞いた。お前が被害者の財布から三万円を抜いたということで間違いないんだな?」

「いえ。彼女にも何度も言いましたが、俺はそんなことしていません」

「正直に話した方が身のためだぞ。このまま嘘をつき続けて、もし後でバレたら取返しのつかないことになるからな」

「そんなこと言っても、本当にやってないんだから仕方ないじゃないですか。そもそも、女性は財布に五万円入ってたと言ってますが、それは彼女の思い込みという可能性もあるんじゃないですか?」

「そんなこと言い出したら、キリがないだろ。ここは被害者の記憶を信じるしかないんだ」

「酔っ払って財布を落とすような人間の言うことを、そんな簡単に信じるんですか?」

「何が言いたいんだ?」

「刑事さん、あの女は嘘をついてます。俺が財布を届けた時、彼女は中身を確認したにもかかわらず、その時は何も言わなかったんですから」

「何! それは本当か?」

「ええ。なんなら、今から彼女に訊いてみてくださいよ」

 刑事は別室で事情聴取を受けている女性に、俺の言っていることが事実かどうか別の刑事に確認をとりに行かせた。

 

 しばらくして、その刑事が帰ってくると、取り調べをしている刑事に耳打ちして知らせた。

「その時は気が動転してて、お金が減っていることに気付かなかったそうだ」

「はあ? 彼女はまったくそんな素振りなんか見せず、冷静そのものでしたよ」

「お前にはそう見えたかもしれんが、実際はかなり動揺していたそうだ。後になって冷静さを取り戻した時に、三万円減っていることに気付いたんだとよ」

「だから、それが嘘なんですって! 財布には最初から二万円しか入っていなかったんですよ!」

「じゃあ、被害者は何のために、そんな嘘をついたんだ?」

「それは……俺にもよく分からないです」

「何のメリットもないのに、被害者がそんな嘘をつくわけないだろ。なあ、お前がやったんだろ? 状況から見ても、お前以外に犯人はいないんだよ」

「新聞配達はどうですか? あの時間だと、新聞配達員が財布に気付いてもおかしくないと思いますけど」

「残念ながら、あのアパートの三階以上の住人で新聞を取っている人物はいない。よって、新聞配達員が財布を発見するのは不可能だ」

「じゃあ、もしかしたら、俺より早くアパートを出た人がいるかもしれませんよ」

「それも調べたが、皆出勤は六時以降だ。また、夜勤をしている者もいなかった。まあ、これらについてはまだ裏はとれていないが、彼等の言うことは、ほぼ間違いないだろう」

「じゃあ、アパートの住人の中で、今朝財布を見たのは俺だけってことですか?」

「ああ。それはそのまま、お前が財布から三万円を抜いたということになるんだよ」

「そんな……」

 刑事の口から放たれた衝撃の言葉に俺は返す言葉が見つからず、ただ黙って俯くしかなかった。

 

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