仁、ポーカーを愉しむ
「……なるほどね」
卓上で今回のタイマン・ポーカーの大まかなルール説明を受けて、僕は目を見張っていた。
そんな僕をシリアが不安な眼差しでこちらを見てきている。推察するにまた「坊ちゃま、ルール知ってるんですか」とでも言いたいのだろう。
しかし、そこは僕も転生者の端くれ。ルーレットの時とは一味違う。
実はポーカー自体は、前世で甥っ子とトランプで遊んだ時にやったことがあるのだ。甥っ子の笑顔と僕自身楽しかった記憶があるから、大まかな概要は覚えている。勿論、賭けていた物は現金じゃなくて人生ゲームで使用する玩具のお金だけどね。
しかし、それを今日はお金を賭けて出来ると言うのだから心躍らない訳が無い。
無いのだが――、
『毎ゲーム開始ごとにプレイヤーは強制的に子が10,000リョー、親が20,000リョーの参加費である「アンティ」を支払わなければならない』
……いや、にしてもちょっと高すぎじゃない!? 確かにリアルマネーで出来るのは狂気の沙汰じゃないし、嬉しいよ! でも日本円に換算すると1,0000円だよ!? 1戦するだけで某有名テーマパークで大人1人が1日遊べちゃうよ!? 親の
心臓の高鳴りと共に、金銭感覚の崩れる音が聞こえてくる。これが異世界、これがギャンブル、僕の想像すら越えうる輝かしい破滅の世界がそこにはあったのだ。
興奮冷めやらぬ、だけど……残酷なことに心理戦は席についた瞬間から既に始まっている。少しでも気負いしてるなどと思われればその隙を突かれてしまう。
「じゃあ、コールで」
僕は出来るだけ平静を保ちながら、自らの
「よォよォ、初っ端からそんなんでいいのかよォ? オレぁ、レイズだ」
しかし、僕の思惑とは裏腹にジャックはオラオラ気質を前面に出しながら乱雑にチップを上乗せて来た。
「……へぇ、そう来るんだ」
いやいや馬鹿なの、ジャック!? この人もう計40,000リョーも場に出しちゃったよ‼ なんて奴だよ、お金の価値をまるで分かっちゃいない‼
凄すぎる……今のジャックは僕の遥か上の領域にいるように思われた。
でも僕だって負けてられないッ。血を吐く思いでジャックに追従するように「コール」を選択した。
とはいえ、手札はあまり良い方ではない。絵札のクローバーのJとハートのQだけを残して後は、交換に回すしかなかった。
せめてワンぺアは欲しいところだったが。
返ってきたのはハートの2、ダイヤの3、スペードの4。
まさかの無役。目も当てられない大事故。絶体絶命の大ピンチ。
「おぉ、これは中々。僕はさらにベットさせてもらおうかな?」
にもかかわらず、この
ただ、何故だろうか……。いま僕の後ろにいるシリアの方を振り向いてはいけないと僕の第六感が囁きかけてくる。
とはいえ、ジャックは僕の名演技にまんまと騙され「フォールド」を選択してくれた。ジャックの手札が何だったのかは皆目見当も付かないけど、最初のあの強気さから考えるに僕の実力でジャックを降ろしたと見ていいだろう。
「ふぅ……まずは1本頂きだね、ジャック」
この勝負で僕の手元に増えたチップは、ジャックからの40,000リョー。
流石に眩暈と動悸がする。こんな額がこの一瞬で……もはやマトモ感性でいたら身体が持たない。
「中々やるじゃねェか、小僧。だが次はこうはいかねぇぜェ」
なのにこの人、狂ってるよ……。40,000リョーをドブに捨てたのにも関わらず何も感じてないどころか、笑顔を浮かべてさえいる。
「いいね、そうこなくっちゃ。でも案外、僕に1勝も出来ないなんてこともあるかもよ?」
2戦目。
3戦目。
そして、4戦目。
ジャックの口から4度目の「フォールド」を耳にしたところで、僕は確信した。
もしかして僕、ポーカーの天才なのでは?
僕の腕の中には、初戦含め4戦連続ジャックから「フォールド」を勝ち取ったことで大量のチップが積み上げられていた。
もはや、いくらあるかなんて計算するだけ野暮というものだ。というか考えただけで冷や汗が止まらなくなるので、細かいことは気にしないことにした、うん。
そんなことよりも楽しむべくは今だ。これまでの人生ではギャンブルはおろか、こうして誰かと真剣に争うなんて一度だって経験がしたことがなかった。タイマン・ポーカーを提案してくれたジャックには感謝しかない。
因みにそんな当本人のジャックは、破滅一歩手前の良い表情をしていた。既に手札が配られているのに、じっと虚空を見つめてカードを手に取る動きすら見られない。
「ねぇジャック、手札配られてるけど見なくていいの?」
「あ? あぁ悪いなァ……ちょっと考え事してたもんだからよォ」
「そっか、まあ無理もないよね。まだ僕に一度も勝ててないもんねジャックは」
流石のジャックも負けが込むと人並みに落ち込むということなのだろうか。まあこれだけ大量のお金を失ったのだ。何も感じないと言う方が無理があるかもしれないが、少しだけ拍子抜けかもしれない。
ジャック、君となら分かり合えると思っていたんだけど……ん?
それは一瞬の違和感。手配を見た時のジャック微かに笑っていたような気がした。たったそれだけ。
しかし、その表情を見た時、僕は冷水を被ったかのような衝撃に襲われた。
もしかしてジャック、君って奴は……‼
そう、ジャックの目はまだ死んでいない。それどころか、神妙な面持ちでこちらを覗き込んできている。それはまさに諦めてなどいない勝負師の目。
最高だよ、ジャック。今の君は後先なんて考えず、この瞬間に生きているんだね。
それに比べて僕は、どうだろう。こんな小さな勝ちだけを積み重ねて、僕は満足なのか? 見てくれているギャラリーにも失礼だと思わないのか? そして何より憔悴してきって尚抗おうとしているこの好敵手に今の僕は相応しいと言えるのか?
絶対的に、違うはずだ。
僕は改まって、自分の手札に視線を再度落とした。
ダイヤのA、ハートのA、ダイヤのK、ハートの2、スペードの4
Aの『ワンペア』
十分に戦える。行くなら、今しかない。
いや、違う。僕自身が行きたいんだ。
「決めたよ、ジャック。ここは30,000リョーレイズでいかせてもらう」
僕は覚悟を決めて、チップを重ね置いた。今まで以上に心臓が鼓動するのを感じた。今にでも吐いてしまいそうなくらいだが、その緊迫感が妙に心地良い。
「あん? 強気だなァ? まあいいぜェ、付き合ってやるよ」
当然の如くジャックも「コール」で応えてくれた。
熱い、熱すぎる。この戦い何がなんでも僕が勝ちたい。
『ドロー』フェイズへと移行すると、僕はダイヤのA、ハートのA、そして絵札であるダイヤのKを手元に残して残り2枚を交換した。対するジャックは、悩む素振りを一切見せず4枚を交換に回す。
この時点でジャックの手元は役無の『ノーカード』だったことが確定する。流石に『ストレート』や『フラッシュ』などといった既に完成されている手をおいそれと崩すバカは、この世のどこを探してもいないだろう。
ジャック、君はとんでもない男だ。この土壇場で、すべてを天にまかせるだなんて……。
ジャックの狂気に触れた荒御業に一瞬たじろいでしまう。
だが、最強の『ワンペア』であるAの『ワンペア』が僕の手の中にある以上、現状有利なのは圧倒的に僕のほうだ。引けを取る道理などない。
しかもそこに、僕が引いてきたのはクローバーのAとハートの10。
Aの「スリーカード」。勝負するには十分な手だ。
イチかバチか……行くなら今しかないッ‼
「さあ、来いジャック! 僕に着いてこられるならさあ!!」
僕は思いの丈を込めて、50,000リョーを卓上に叩き付けた‼
50,000リョー……もはや、軽く家賃だ。この50,000リョーあれば1か月は雨風凌ぐことが出来ると言うのに、僕はこの一瞬の快楽のためにその全てを投げ打った。
心底、馬鹿げてる。普通に考えて頭がおかしいったらありはしない。
でも!! だからこそ!!! この一瞬一瞬を最高に生きているってカンジがして滅茶苦茶愉しいんだッ!!! そしてそれは君だって同じなんだろ、ジャック!?
僕は共感を求めるようにジャックの顔を見やった。ジャックはポーカーフェイスを貫こうとしているのか相も変わらず表情の変化には乏しかったが。
僕の「ベット」に応えるジャックの「コール」がその全てを物語っていた。
「魅せてあげるよ、ジャック! 僕と君どちらが神に愛されているのかを、ね‼」
「言ってろ、結果は分りきっているがなァ?」
共に火花を散らし合い、共に認め合い、共に目の前の相手に勝利したい。
もう、どうなったっていい……。
今この瞬間、目の前に居るこの誇り高い同志に勝利することができるならッ‼
ディーラーの合図とともに、僕ら二人は全身全霊をかけて自らの手札を
僕は、当然Aの『スリーカード』
対してジャックの手配は、スペードのJ、クローバーのJ、スペードの2、ハートの4、ダイヤの6。
役は、Jの『ワンぺア』
どちらが強いかなんて一目瞭然だ。
「よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおしっ!!!!!!!!!!!!!!」
僕は吠えた。天を仰いで、ありったけを叫んだ。
勝った。僕の持てる全力を賭して。
勝ったんだ、このとんでもない漢に、僕は。
文句なしの完全決着だった。これまでにこんな熱くなれた戦いはあっただろうか。蓋を開けてみれば僕の方が二つ上の役だったわけだけど、もはやそんな些事はどうでもいい。
今はただ、この勝利に打ちひしがれていたかった。そしてそれと同時に、僕の心は感謝の気持ちで満たされていた。
ありがとう、ジャック。ありがとう
僕は最期まで共に戦い抜いた
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