巫女姉妹の春歩き

 私は今、里に下りて散策をしている。神主に外出許可を取るときに、ちょっと長めになると言っておいたので、その分だけ遠くにいける。

 いつも通りの散策なのだけど、いつもと違うことがある。それは、隣を歩く人が居ること。妹の藍花あいかが一緒に歩いていることだ。


 妹は普段、用もなく里に下りることはない。それに、神社の外で私と一緒に行動することもない。だから、そでつかまれたときはびっくりした。




「ひょえっ?!」


 境内を抜けて石段に差し掛かろうかというところで、いきなり巫女服の袖を掴まれた。後ろを振り返りつつ、意味不明な声が出てしまった。


 驚く私の声に驚きつつも、妹は言葉を発する。


「姉さん、私……。一緒に、お散歩……行きたい」


 袖を引っ張りながら、妹がお願いをしてきた。妹が意志を示すことはほとんどないから、完全に不意打ちだった。だけど、ちょっと嬉しかった。


「私が行きたいところに行くけど、それでもいい?」

「うん……」

「道じゃないところを歩くけど、それでもいい?」

「大丈夫……。姉さん、どこに……行くの?」


 道じゃないところを歩くとなると、流石に不安になるか。


「ちょっと雑木林の中を歩くだけよ。行きたい場所は、その中にあるもの」

「なら、大丈夫……」


 こんなやり取りをしたのち、妹が同行して散策をすることになった。




 里に下りてすぐに道を外れ、田んぼのあぜ道に入る。畦道区間はそんなに長いわけではなく、終点には山の雑木林が壁のように広がっている。

 畦道の終点に達しても、私は躊躇ためらいもせずにそのまま進んで、雑木林の中に入っていく。後ろを振り返ると、妹は少し躊躇ったのちに私についてくることを選んだ。


 雑木林に踏み入れると、と呼ばれるカタクリやニリンソウが咲いており、春の到来を告げている。秋に葉を落とした樹々には葉が付いておらず、地面だけが春の妖精の祝福を受けているかのようだ。


「綺麗ねぇ。田んぼの畔よりも先に春が来ている気がするわ」

「田んぼの、本気……まだ、先だわ……。もっと、綺麗に……なる」


 さっき歩いて来た畦道には、せいぜいオオイヌノフグリとタンポポが咲いている程度で、まだ枯草色が多くを占めていた。


「いつくらいに本気になるの?」

「田植えの、時期……。一番、綺麗……。田んぼの、周り……全部、お花畑……。ふふっ……」


 田植えの時期というと、もう二月ほど先のことだ。その頃は春真っただ中だなぁなんて思いつつ、妹と短い会話をはさみながら山中を進む。




 しばらく春先の緑を踏み分けて歩いていると、今度は樹々まで緑の葉を付けている場所が見えてきた。

 早春に場違いな緑の葉をつけた樹々の先に、今日の散策の折り返し地点が待っている。私たちはその緑の向こう側へと踏み入れる。


 穏やかな向かい風が髪をでていくが、その風は山中で吹いていたものより暖かく感じる。ちょっと季節を先取りした春の風を受けつつ、新緑? の樹々の中を進んでいくと、緑に囲まれた泉が姿を現した。


 岸辺にはではなく、れっきとした春の花が咲いていて、湖面には新緑を茂らせた樹々が映っている。

 いきなり目の前が春になったかのようなその場所は、葉っぱの壁にさえぎられているからかとても暖かい。


「わぁ……!」


 妹は、開けた場所を見るや否や小さく歓声を上げて駆け出した。水辺まで行くとくつを脱いで裸足はだしになって、泉の水面に足を伸ばす。そーっと指先を滑らせていき、指先が静かな水面に触れて波紋を起こす。


 水のあるところが好きな藍花らしいなと思いつつ、その光景を眺める。


「ぬるい……」


 どうやら、冷たくもあたたかくもなく、ぬるいようだ。ここの池は地下から温泉が湧いていて、水温が高い。だけど、かってのんびりできるほどは暖かくないらしい。


 妹は水面につけた方の足を浮かせて、片足立ちのまま固まってしまった。しばらく動向を見守っていると、陸地にある方の足が震え出す。


「うぐ……」


 小さく声をらすと、さっき水面に触れた方の足を泉に突っ込んだ。頭で答えが出る前に、体の方が先に限界を迎えてしまったらしい。


「やっぱり、ぬるい……」


 妹は私の方を向いて、もう一度繰り返す。


「ふふっ」


 その光景がちょっとおかしくて、笑ってしまう。微笑ほほえましいというのが正しいのかな?


「姉さん、どうしたの……?」


 私の反応が不思議だったみたいで、きょとんとした顔で聞いてくる。


「藍花も子供っぽいところあるんだなって思って。……ちょっと、かわいかったから」


 妹の顔が、ほんのり春色に染まった……気がする。


「そう……? 私は、姉さんの……妹、だから……姉さん、より……子供よ」


 滅多に笑わない妹が、笑った。


「でも、なんでか――うれしい……!」


 私の周りの気温が少しだけ、少しだけだけど……確実に――上がった。

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