004話 豪商ガルフ


「ふぁ~っ!体の痛みも随分と和らいできたって感じだな! ウン」



 事故から5日が経過して、俺の魂と少年ケントの体が馴染んできたお陰なのか、急に運動がしたくなったので試しにラジオ体操をやってみた。 



「しっかし、10歳の体ってのはこんなに軽やかに動くもんだったんだな…これに比べると36歳の体って、二ケツのチャリで坂道登り続けてるような感じだったよな…それ程自覚はなかったけどさ。 これに関しては少年ケントにゃ悪いけど有難いもんだわ~、なんたって関節コキコキ鳴らないし」


 

 温泉旅館時代は、欠かさずに従業員一同による早朝のラジオ体操が日課になってて、俺がたま~にサボったりするとその後の朝礼で、仲居さんたちを前にして親父と兄貴にこっ酷く説教されるんだよな…しかも2人でわるわる怒るもんだから、体操するよりもよっぽど長い時間叱られ続けたっけ。


 そんな感じで前世ではラジオ体操を時々サボってた訳だけど、ここでは1日中ベットの上でゴロゴロしてるだけだし、病室は個室だから話し相手も居ないから余りの退屈さ故に、体の痛みが和らぎ始めたこともあってラジオ体操を始めてみたんだけど、若い体っていうのは新陳代謝がメチャクチャ良いせいなのか、ちょっと動いただけで直ぐに汗ばんじゃうから、少しの間ズボンの裾を膝上まで捲っとくことにした。


 

 そして涼みがてらベッドの上に座り、おとといの夕食前にナースバディー改めキャサリンから聞かされた話を思い出してみた。



 内容は…バーンズ一家が巻き込まれた悲惨な事故から6日目を迎えた今日の昼に、この国の行商組合によってバーンズ夫妻の葬儀が執り行われることになったのだが、その際に葬儀委員長を務める予定の『ガルフさん』とやらが、身寄りの無くなった俺を引き取って面倒を見てくれることになったそうだ。


 そのガルフさんっていう人なんだけど、ここから北東に位置する都市『ギルレントシティー』に事務所を構え、100人を超える従業員を雇ってる国内でも指折りの大手商社『ガルフ商会』を、たった一代で築き上げた凄腕の会長さんらしい。


 呼ばれもせずにこの世界に迷い込んだ『お邪魔虫』でしかない俺が、そんな好待遇で迎えられるなんてホントに申し訳ないと思う反面、お陰様で10年くらいは贅沢三昧でタダメシが食えると大いに喜んだ。


 それで、俺の引っ越し先となる予定のギルレントシティーなんだけど、今いるこの場所は『ギルバレー』という名前で、何故か名前は似てるけどかなり離れた場所にあるらしい。


 キャサリンが言うには、ここギルバレーは『ラストラウド州』の中にある小さな街だけど、一方のギルレントシティーは、ここから北東に100kmほど離れた『ギルレント州』の州都だそうで、この世界で最もポピュラーな移動手段である馬車を使っても、片道で2日間はたっぷり掛かってしまうそうだ。


 ということは、ギルレントシティーに行ってしまったら、このギルバレーには滅多に帰って来れなくなるわけで、この数日間でとても気になったキャサリンの悪癖について、なるべく早いうちに戒めておく必要があると思っている。




 という訳で…


(さて、時間も頃合いだし、そろそろキャサリンが呼びに来る頃だから、こっちもスタンバイして待ってよ~っと。 もう一度ラジオ体操をしてからズボンを膝上までまくって、シャツも…胸辺りまでたくし上げておいて、そして毛布はズボンだけが隠れるように、おへそから膝上ギリギリのとこまで掛けて……よしっOK!)



…コンコン、ガチャ…



「ケントちゃん、ガルフさんが見えられたけど、この部屋に通して……エエッ!…」


 キャサリンがいつもと同様にノックと同時へ部屋に入って来た時…ベッドの上には上気した顔で薄っすらと汗をかきながら、ズボンも履かずに胸までシャツをたくし上げ、毛布1枚のみで腰を隠しただけの…ように見える俺がいたのだった。



「あぁっ!…急に…ドア…開けないで……」



 駄目押しとばかりに、切なげな声を上げてから戸惑った表情を作り、上目づかいにゆっくりとキャサリンに目を向けていった。



 しばしの空白が病室内に訪れた。



「ごっ、ごっ、ごめんなさい!…も、もう少し経ってからお通しするから!」



 その後、キャサリンはそう言い残して、顔を赤らめながら逃げるように走り去って行ったのだった。



(フッフッフッ、体ばかりがデカくなっても、まだまだ未熟者だな…キャサリン君)



 正直なところ、キャサリンはいつもノックと同時に部屋に入って来るんで、俺としては思春期の少年に対する充分な配慮が欲しかっただけで、決してセクハラをしたかった訳じゃ無かったんだ…もし後で同じ年頃の子が入院して思いもよらないシーンでも目撃された日には、体の傷は治っても心に大きな傷を残しちゃうかもしれないじゃん。


 これからは、相手の了解を得てからドアを開けようね、キャサリン君。





「さてひと仕事終わったし、来客もあったようだから、さっさと着替えて部屋で待つとするか」



 …コン・コン…コン・コン…



 程なくして再びドアがノックされたのだが…お灸を据えたのが効いたのか、今度は一向に開く気配がない。



(フフフッ…キャサリンの奴め、気恥ずかしさが残ってて直ぐには入ってこれないんだな…まだまだ青いな)



 俺は、キャサリンの表情見たさに心を躍らせながら、軽やかにドアの前まで歩いて行き、そして勢いよくドアを開いた。




「………」




 俺の目の前あったのは『ズボン』だった。それはそれは大きな『ズボン』だった。



 恐る恐る顔を上げてみると、今度は目の前に広くて分厚い胸板が果てしなく広がり…更に顔を上げてみると、そこには丸太の如く太くて短い首とそれを取り巻く生い茂った髭……更に限界まで顔を上げてみると、そこに現れたのは今や伝説となったスト〇ートファイターⅡの破壊王『ザンギ〇フ』が………腕を組んだまま俺を見下ろしている…それも髪型はモヒカンではなくおかっぱ頭のボブ…しかも何故か金髪。



 子供時代の友達は、みんな揃いも揃って格ゲーにハマっていたものの、ドラ〇エ派だったこの俺はそんな友人達とは一線を画していたため、こいつの倒し方なんて分からないし連続コンボもハメ技も知らない…まさしく万事休すと思った瞬間、ザン〇エフは組んでいた腕を解きながら静かに俺の正面にしゃがみ込んでこう言った。



「バーンズとマリーが亡くなって、君も大怪我をしたっていうから心配してたんだが、無事でいてくれて本当に良かった。 そういえば、さっきキャサリンさんから何度も聞かされたよ…もう〇〇〇〇するぐらい元気になったそうだな」



 …『K.O』…



 まさしく強烈な一撃だった…防御の姿勢をとる暇も無く、ザ〇ギエフとキャサリンのダブルコンボをモロに食らってしまった俺は、その一撃によりゲージが真っ黒に染まり敗れ去ったのだ。




 これが、この世界での俺の育ての親であり、師匠となる豪商ガルフとの出会いだった。

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