交流篇
[14] 接近
協力関係を結んでひとまずの目標も聞いたからといって即座に教会に殴り込みをかけるわけではない。王女様はそんなに行き当たりばったりではないし何事にも準備は必要だ。
一応影の仕事担当なんだけど実際やってるのは殴り込み要員の私は準備期間の間ヒマを持て余していた。その間に何もなかったかというとそんなことはない。
紫紺ちゃんが連絡役として隠れ家を訪ねてくるようになった。
教会過激派に所属していた呪いつきで今は王女直属の部下。年は茜ちゃんとだいたい同じくらい。黒髪ショートに黒の瞳。かわいいというより綺麗といった感じの印象の少女。
ただそんな印象より先に私に対する敵意が滲み出ている。出会いが出会いだっただけにしょうがないのかもしれない。いやでもあれ私は別に悪くないよなあ。
最初の頃は何か王女から大事な連絡でもあるのかと思っていた。けれども大した用でもないのに細かくやってくる。多分王女の意志によるものなんだろう。
私の技術を盗ませたいのか、単に距離を縮めさせたいだけなのか。不明。
私としてはどっちでもいい。
技術なんて盗みたければ盗めばいい。彼女が多少強くなったところで私の優位は揺るがない。
仲良くさせたい、というのはどっちかと言うと私の願望が入ってる。単に私が仲良くなりたいだけだ。
影の仕事をはじめて私はあんまり深く人と関わらないようにしてきた。近所づきあいも最低限にとどめている。なにより茜ちゃんに会えないことでめっちゃストレスがたまる。
できれば自分の仕事や能力について知ってる人と普通に話がしたい。といっても柳や王女が訪ねてくることはまずない。練ちゃんは時おりやってくるけどすぐ一戦やろうと言ってきて静かに話もできない。
そういうわけで私はなんとか紫紺ちゃんと打ち解けたいと試行錯誤した。
つまるところあの娘は警戒心の強い猫みたいなものだ。色を考えると黒猫か、そんなことはどうでもいい。
その警戒心を緩めて接近するにはどうすればいいか――エサでつるのが一番だ。
挑戦1回目。
お茶とクッキーを出そうとしたところそれより先に帰ってしまった。
挑戦2回目。
すぐに出せるように前もって準備しておく。
テーブルの上にクッキー、お茶も速攻で入れられるよう整えておく。
それでも間に合わない。顔をちらりと見せるなり即座に帰っていった。
失敗をもとに対策を考える。来るのがわかっていないとどうにもならない。
仕方ないけど呪いの力を使おう。そんなことに使うのかと呆れられようがこれは私の力なんだから私の好きなように使わせてもらう。だれにも文句は言わせない。
この隠れ家に来るにあたって想定される経路に術を仕掛ける。特定の人物が接近してきたらそれが私にはわかるように。
挑戦3回目。
昼下がり、ポイントのひとつが反応する。私は急いで立ち上がってお茶の準備をする。
紫紺ちゃんが家に着くまでにぎりぎり間に合う。到着時点でお茶の準備ができていることにぎょっとしていたので、その隙に無理やり椅子に座らせた。
それからすぐに打ち解けた、わけではなかったが急いで帰るのはやめるようになった。がんばったかいがあった。
彼女は話してみればいたって普通の女の子だ。王女に対する忠誠が半端じゃないところはあるけど。
もちろんだがどうしてそうなったのか、細かい事情は聞いていない。こちらから聞く予定はない。
必要であれば本人か、あるいは別のだれがか語ってくれるだろう。必要でなければ私は知らないままでいい。
何度目かのお茶会で紫紺ちゃんは唐突に尋ねてきた。
「どうしたら呪いの苦痛に耐えられるようになるのですか」
真剣な目をしていた。おそらくそれは王女に命じられたことではなくて、彼女自身が気になっていることなのだとわかった。特に根拠はないけれどそんな気がした。
だから私もその問いに正直に答えることにした。
「何か大切なものがあれば苦痛に耐えられる、かも?」
言ってる途中でなんだか恥ずかしくなってきたが多分そんなに間違ってはいない。
そういう感情的な部分が呪いによる苦痛を乗り越えるのに重要、な気がする。私が何か他の人と違うとすればそのぐらいしかない。
重ねて少女は問いかけてくる。
「私もあなたと同じようになれるでしょうか」
「それは……」
私は言葉を詰まらせた。
自分の身を振り返った時わかっていることがあった。それを自分で言うことは自分を傷つけることだった。痛かったり苦しかったりが好きなわけじゃない。
でも――彼女に真摯に答えるにはそれを言うしかないと思った。
「やめといた方がいいよ。失うものが多すぎる」
その意味をはかりかねているのだろう、彼女は無言でこちらを見ている。
どう言えば伝わるのか、言葉を探す。決定的なものは見つからなかった。私は手探りでどうにかこうにか言葉をつないだ。
「何というか、人間からずれていってる感じがある。多分なんだけど、あなたが同じ呪いつきだから言うけど、私はちょっとずつ人間じゃなくなってる。だから私がおかしいって言われるのはそれであってるんだと思う」
時々考える。邪魔なものすべて消していったら、茜ちゃんと私だけの世界でだれもそこに介入する者はなく、ただただ幸福な状態になれるのではないか。確かにその実現にもいくつかの困難はあるが、そっちの方が目標が明確な分楽な道のりなんじゃないか。そこで茜ちゃんの顔を思い出して私は多分それではだめなんだろうと思う。あくまで『思う』。私には断定することができない。できなくなった。
後悔はしていない。一方で同じ道をだれかにすすめる気にもなれない。
「そうですか」
それだけつぶやいてその日、彼女は帰っていった。何かを伝えるのはいつだって難しい。
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