第26話『魔女生誕秘話-4』


 ルスリアが叡智えいちの塔にて実験台にされてから数年。

 彼女は嫌と言うほどの地獄を味合わされた。



 焼死、溺死できし、窒息死。

 餓死がし、失血死、圧死。

 凍死、焼死、感電死、病死、服毒死。


 あらゆる死がルスリアに降りかかった。

 だが――死ねない。



 体の一部が欠損していようが、死ねばすぐに回復して五体満足となってしまう。

 それは精神にも同じことが言えた。

 どれだけ狂っていても、死んだ瞬間に全てがリセット。健全な精神へと回復する。してしまう。


 ゆえに、ルスリアには狂う事も許されなかった。



「驚異的な回復能力だね。羨ましい限りだ」


「ええ。それに魔王様、お気づきになられておりますか? この数年、彼女で様々な実験を試みておりますが――」


「もちろん気づいているとも。成長が止まっているね。永劫回帰えいごうかいきの呪いによるものだろうけど。彼女は僕たち魔術師が喉から手が出るほど欲している不老不死を体現している訳だ」


「魔王様も不老ではあるでしょう?」


「肉体はね。でも、精神の老いに関してはどうしようもない。人間は長く生きれば生きる程に精神に病を抱えてしまうからね。その点、彼女はおそらくそんな精神の老いとも無縁だ。僕みたいに欠陥を抱えていない。真の不老不死なんだよ。そこだけは妬ましいかもね」


「なるほど。魔王様と言えども完全な不老不死にはなれませんでしたか」


「ああ。だからこそ彼女の存在はとても興味深い。だから――実験を次の段階に進めよう」


「というと?」


「簡単な事さ。これまでは彼女を真に死なせてしまわないように細心の注意を払って実験を続けて来た。蘇生の準備も予め整えておいた上でね」


「ですな」


「けれど、そんな僕たちの心配を馬鹿にでもするかのように彼女はそのことごとくから蘇ってみせた。そして、彼女の安全を保障しながら行う実験には限度があり、思いつく限りの実験を僕たちは完了させた。となれば、やる事は一つだよね?」


「つまり――死んでも構わない前提の実験に移行すると?」


「そうとも。彼女の不老不死。そのメカニズムを知るにはあらゆる死からの再生を観察するのが最良だ。例えば……細切れになって死んだ場合、どのように肉体は再生するのかとかね」


「確かに。そうなってしまえば我々に蘇生の手段など取れませんからな。そういった取り返しのつかない実験はしておりませんでした」


「そうだろう? ――という訳で」


「ええ」


「「――実験を再開しよう」」


 悪夢は終わらない。

 終わらずに……加速する。


★ ★ ★


 ルスリアが実験台にされて更に数年。

 魔王と神父は思いつく限りの実験をルスリアへと試みた。



 灰になるまでルスリアの身体を燃やした。

 細切れになるまでルスリアの身体を切り刻んだ。

 時には体をいくつかに分断し、どのように再生するかという実験にまで手を出していた。



 そうしてルスリアは――



「コロス……シネ……シニナサイ……ミナ……シネ……シネ……コロス……」



 もはや呪詛のみを吐くナニカへと変貌していた。

 いくつもの悪夢。いくつもの苦痛。

 そして死ぬことも狂う事すら許されない神の呪い。



 彼女が現状の地獄に耐えるには、誰かを憎まないとやっていられなかったという事だろう。



「――実験は終了だね」



 そんなルスリア自身には興味も示さないまま、魔王はある日そう告げた。



「思いつく限りの実験は完了した。不老不死は再現不可能な御業なのか、原理が解明できなくて残念だけど……代わりにシュレディンガーボックスやウロボロスの輪など、色々と面白い魔術が開発できたからね。まぁ良しとしようか」


「宜しいのですか?」


「良くはないけどね。でも、闇雲に実験を行っても特に得るものなんてないだろう? それなら世界に目を向け、新たな不思議を発見する方が有意義さ。それともクリフ。君には何か考えがあるのかい? あるのならぜひ聞かせて欲しいな」



 ルスリアの身体を用いた実験を終わりにすると告げる魔王。

 そんな魔王に、神父は自身の考えを告げた。



「この娘……ルスリアに我が魔術の全てを伝授したいと。私はそう考えています」


「え? でも彼女は魔術師じゃ……あぁそうか」



 ルスリアに魔術を教え込みたいと言う神父。

 そんな神父に魔王は一瞬疑問を抱いたようだったが、すぐに理解を示した。



「長年の実験による影響か、脆弱ぜいじゃくな魔力しか持たなかったルスリアは魔力を得ている。それに加え、彼女は不老不死です。なればこそ、私には到達できない魔術の深淵。そこに彼女は到達してくれるかもしれません」


「クリフ……。そうか、君ももう諦めてしまったんだね。少し悲しいよ」


「もうこの年ですからな。もってあと数年。それが私に残された時間でしょう。そしてその数年で魔術の深淵を覗けるとはとても思えません。ゆえに――ルスリアに託そうと思うのです。彼女は私の娘同然ですからな」


「くくっ。良く言うよ。その娘を散々実験台にしてきた君が、まさかそんな事を言うとはね」


「はて……親の為に身を尽くすのは子にとって本望ではないのですか? 私は真にルスリアを娘として愛している。愛したうえで、魔術の深淵を覗きたい。そう願っているだけですよ」



 自分本位の愛。

 自分の魔術をルスリアに託すことを神父は自分にとってもルスリアにとっても良い事だろうと考えていたのだ。


 いや、それ以上に。

 これまで愛する娘であるルスリアに行ってきた人体実験。

 そこに矛盾などないと、神父は本気でそう思っているようだった。



「ふふっ。いいね、その考え方。人の親としては失格だろうけど、魔術師としてなら100点満点だ。けれど、クリフ。一つだけ聞いてもいいかな?」


「なんでしょう?」


「今のルスリア。彼女は僕たちに向けて怨念おんねんを放っている。その事には気づいているだろう?」


「無論ですとも。しかし、なぜでしょうなぁ? これほど親同然である私の役に立ってくれていると言うのに。不思議なものです」


「君はもう少し世俗を生きる人間の事を知ってもいいかもしれないね。――まぁいいや。ともあれ、彼女は僕たちを恨んでいる。そんな彼女に魔術を教えたらどうなるか、いくら君でも理解しているだろう?」


「そうですなぁ。あれほどの怨念です。力を得た途端、我々に牙を剥くのは目に見えていますな」


「それでも彼女に魔術を教えたいと?」


「魔王様にお許しいただけるならば。それに、我らを倒す為の牙を剥くならばそれはそれで僥倖ぎょうこうであると私は考えていますからな」


「というと?」



 ルスリアに魔術を教え込みたいと願う神父。

 彼は力を付けたルスリアが自分達に歯向かうであろう事を予測してなお、彼女に魔術を教え込みたいと言う。

 その訳は――



「争いや戦争は技術を発展させますからなぁ。強き憎しみを抱き、彼女が強者である我々に挑戦すれば双方ともに身に付く魔術は研鑽けんさんされていくでしょう。そして――仮に私と魔王様をしのぐほどの魔術師へと彼女がなれば、親としてこれほど嬉しい事はないでしょう」


 あくまで魔術の研鑽。それのみを求める神父。

 そんな神父に魔王は満面の笑みを浮かべ。



「――素晴らしい。それはとても面白い試みだよクリフ。ここ数十年、確かに僕たちは敵らしい敵と出会えていない。だからこそ僕たちの魔術の進歩は遅くなっているのかもしれないね。最近は叡智えいちの塔に入っただけで終着点と思ってしまっている魔術師も居るくらいだし……そんな彼らを刺激すると言う意味でも『敵』という存在を生み出すのはグッドアイデアだ。――いいだろうクリフ。今後、彼女の処遇については君に一任しよう。僕たちの脅威になるような、良い魔術師に仕上げてくれよ?」


「――畏まりました。では、そのように」



 そうして。

 ルスリアに降りかかってきた悪夢は終わりを告げた。

 そうして……ルスリアにとって二度目の神父との生活が始まるのだった―― 


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