第18話『傲慢皇女の末路』


 ――アンジェリカ(皇女)支点



 どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

 この世界にのさばる魔女――ルスリア・ヴァナルガンド。

 気まぐれに災害を起こすものとして、対処不能の自然災害と指定されている魔女。

 その魔女の生き血を飲めば、不老不死になれるというのは有名な話だ。


 そこに私のお父様である皇帝が目を付けた。

 何度も帝国の為に働いてくれた異世界の勇者。

 それらを何人も呼べばいかに魔女であろうと屠れるだろうと。

 そうして始まったのは効率的な勇者召喚計画。 


 今までの帝国の歴史でも、勇者召喚の為の代償はその時々によって異なっていた。

 ある時は帝国の筆頭魔術師達の命。

 ある時は汚れを知らぬ修道女達の命。

 またある時は……皇族に連なる者達の命。


 どれもこれも重い代償であったり、簡単に手に入らない物だ。

 それでは効率的とはとても言い難い。

 そこで見つけたのが、憎しみというエネルギーを勇者召喚の代償として使用する方法だ。


 その方法を用いる為、私たちは帝国内外にある辺境の村を狙って襲撃し、勇者召喚の為の生贄を定期的に手に入れる計画を立案。

 損失なしで勇者を定期的に召喚する事が可能という所まで計画は進み。

 遂に、辺境の村を一つ犠牲にするだけで勇者を召喚する事に成功したのだった。


 後はこれを繰り返し、幾人もの勇者を魔女にぶつければいい。

 そのはずだったのに――



「勇者……クラリス……なんで、なんでお前達が私の邪魔をするぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


「お、口調が荒くなったな」


「ふふっ。皇女様ったら。そんな下品な言葉遣いはいけませんよ? なにせ、その上品なお姿はみすぼらしい雑巾以下のものとなるんですから。せめて言葉遣いくらいは上品にしないとでしょう? アハハハハハハハハハハッ」


 私たち皇族に復讐せんと迫るクラリス。

 勇者の方もクラリスの肩を持っており、私たちを逃がさないようにしている。


 結果――私たちは恐ろしい復讐者を前にして、逃げる事が出来ない状況にある。


「くっ……なぜ……私がこんな目に……」


 足に刺さったナイフを抜きながら、私は迫るクラリスから距離を取る。

 だというのに――


「しっかりしてくださいお父様っ!! 私たちの帝国を永遠の物とする。それこそが私たちの願いだったはずでしょう!? それなのに――」


 どうして膝を折り、呆然とただ勇者をみつめているのですか!?

 私はお父様の腕を引き、そう怒鳴りますが。



「――アンジェリカ。先ほどまでの問答を聞いていなかったのか? もうどうにもならんのだよ」



 お父様は変わらず膝を地に着けていて、完全に諦めきってしまっている。

 先ほどの問答?

 私が足に刺さったナイフの痛みに耐えている間、お父様と勇者は何か話をしているようだった。

 難しそうな話だった事もあり聞いていなかったのだが……一体何があったと言うのだろうか?


「あの生贄の女……アレが使役するアンデッドの集団の方はどうにでもなると思うがな。あの勇者の方はどうにもならん。いや、そもそもの話だ。勇者にこれほどの力を与えることが出来るとはな。さすがは魔女と言うだけある。先祖から決して手を出してはいけない自然災害だと伝えられていたが、まことにその通りだったな」



「魔女……ですか?」


「先ほどから奴らの間で交わされている会話。その中に魔女の名である『ルスリア』があった。あの黒いまゆに包まれた後、急激に奴らの強さが跳ね上がったのを覚えているか?」


「ええ、もちろんです」




 勇者とクラリスが手を組んだ直後。

 正直、その時の彼らは弱かった。

 しぶとく抵抗は続けていたが、すぐにでも制圧できそうなほど脆弱ぜいじゃくな二人。

 そんな二人だったが、どこからともなく現れた黒いまゆに覆われた。

 その繭は私たちの攻撃を全て吸収し、手の出しようがなかった。

 だからと言って敵対している二人を内包している繭を放置する事も出来ず。


 そうこうして時間を浪費している内に繭がドロリと溶け、ようやく中の二人を始末できると息巻いていたら、どういう訳か二人は劇的に強くなっていたのだ。


「あの時、おそらく魔女が何らかの干渉をして二人に力を分け与えたのだろうよ。そのせいでこのざまだ」


「なっ……そんな。あの魔女が他者に力を分け与えるなど……」


「あり得ぬ話ではあるまい。実際、おとぎ話ではあるが似たような話は他にもある」


「しかし、あれはただの創作の話で――」


「魔女は遥か昔から生きている化け物だ。そんな化け物の思惑など我らに計れるはずもあるまい」



 遥か昔から生きている魔女。

 それは幾年経とうとも老いず、誰にも勝る美貌を保っていると言われる憎き存在。

 規格外の力を持つと噂されているから、最大限の警戒をしていたつもりです。


 ですけれど……その最大限の警戒ですら計れない存在だったという事ですか?



「まったく……欲に目がくらんだ結果がこれか。歴代の皇帝の中で私は規格外だの、革命家だのと恐れられてきた。その私だからこそ、我らが帝国を永遠の物にしようと更なる力である不老不死を求めた。しかし……所詮は私はただの人間。自然災害とまで言われる魔女を相手するなど、自殺行為でしかなかったという訳か」


 諦めきっているお父様。

 でも、でも、でも……。



「私は――諦めないっ!!」


 私が欲しい物。

 それは誰よりも強く、そして美しい自分。

 誰もが私を美しいと言ってくれるけれど、まだ足りない。


 ある兵士はただの村娘であるクラリスの方が皇女である私よりも可愛いなどと妄言を吐いていた。

 また、どこぞの貴族は私の美しさを魔女に劣らぬ美しさと評した。


「誰かと比べられる事すらおこがましい。そんな自分に私はなりたいのですっ!!」


 だから――


「たとえお父様が諦めても私は諦めません。諦めてなるものかぁっ!!」



 迫るクラリス。

 そして彼女が使役する骸骨達。



「消え去れ。薄汚い亡者どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 それらに向け、私は浄化魔法を放ちました。

 しかし――



「ふ、ふふ。どうしたんですかぁ? そんな浄化の力じゃみんなは成仏できませんよぉ? くすくすくす」



 私の放った浄化魔法。

 それはなんの効力も示していませんでした。


「くっ……セイクリッドサンシャインッ!!」


 私は再び浄化魔法を放つ。

 渾身の力をもって亡者を一掃しようとしたのだ。

 そして――


「アハハハハハハハハハハッ。無駄無駄無駄無駄無駄ァァッ。父親の皇帝は賢いのに娘のあなたはとんでもないお馬鹿さんなんですねぇ? 可愛いぃぃぃぃ。アハハハハハハハハハハ」


 私の眼前には相も変わらず、クラリスが使役している骸骨達が並んでいた。

 そいつらはクラリスと同じように私をあざ笑っている。

 そんな風に私は見えてしまって――



「この……亡霊風情が私を見下すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 


 気づけばそんな事を叫んでいた。


「この……どうして……どうしてよっ。どうして皇女である私をアンタみたいな村人風情が見下してるのよっ!!」


 耐えられなかった。

 私よりも可愛いなどと評されていたクラリス。

 かつて私が踏みにじった存在に、見下されているというのは本当に耐えがたい程の屈辱だった。


 どうしてこんな奴が皇女である私を見下しているのか。

 それが本当に不愉快で不愉快で――


「あれぇ? そんな事も分からないんですかぁ?」


 クラリスが私を見下したような笑みで見つめながらゆっくりと歩いてくる。

 逆に、彼女が操る亡者共はその場で停止して――



「簡単な話ですよ。今の私があなたより強いからです」



 ダァンッ――



 頭の中が一瞬真っ白になった。 


「いっつぅっ――」


「ほら、ほらほらほらほらぁぁぁ? 土の味はいかがですか? 臭いですか? まずいですか? 汚いですか? 皇女様がそんなに土塗れになって。騎士の人たちが見たら失望されていたでしょうねぇ? あぁ、そう考えたら幾人か観客用に残しておけば良かったです」


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ――」


 顔全体に何かを塗りたくられているような不快感。

 それから逃れようと私は必死に体を動かそうとするけれど、万力のような力で後ろから首と頭を抑えられているようで、じたばたと手足を動かす事しかできない。


「あぶぅぅぅぅぅっは、はっ――」


「アハハハハハハハハハハ。なんて言ってるか全然分かりませんよぉ? 皇女様ぁぁぁ? 人間なら人間の言葉で喋ってくださいませんかぁ? あなたが地下で私に仰っていた事じゃないですかぁ? それとも皇女様は下賤げせんな私と同じブタなんですかぁ?」



「ほの、はまぁぁぁぁぁぁぁ(この、あまぁぁぁぁぁぁぁぁっ)!」



 息が出来ない。

 思考が回らない。

 ただ、あるのは尋常でない怒りの感情のみだ。



「ひぃ加減に……ひろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 サクッ――



「あら?」



 私が太ももに隠し持っていたナイフ。

 それは呆気なく、クラリスの喉元のどもとに刺さっていた。


 クラリスが支えのなくなった人形のように倒れる。

 それと同時に彼女が使役していた骸骨達はその姿を薄れさせていて――



「ふ、ふふ。あははははははははははははははっ。油断したわねクラリス。下賤げせんな村人風情がこの私を相手にいい気になっているからよ」



 地に伏したまま動かないクラリス。

 それが本当に愉快で愉快でたまらなくて――



「まったく……お遊びが過ぎるぞ」



 ――パチンッ


 誰かが指を鳴らす音。

 それと同時に――


「へ?」


 吹き出る赤い血。

 べっとりと私の手は赤に染まっている。

 でも、目の前には倒れたクラリスしか居なくて――



「は……れ?」


 どうしてでしょう?

 苦しい。

 まるで喉に何かが詰まっているかのような……。



「はに……これ?」


 いつからだろうか?

 私の喉にはなぜかナイフが刺さっていた。

 

 

「ふふっ。ありがとうございます、お兄さん」 



「いや、礼を言われる事でもないというか……。気持ちは分からんでもないと言うか……。それにクラリス。お前、今のわざと喰らってただろ」


「あ、ばれちゃいましたか? ほら、今の私ってこんな何の力も宿っていない刃物で刺されてもどうってことないじゃないですか? だから、どうせなら皇女様には一瞬だけ希望を持たせてあげようかなーって思ったんです。だって、その方が――」


「絶望させることが出来るから、だろ? その辺のあれこれは裕也のやつから耳にタコが出来るくらい聞いてるから分かってるつもりだよ。あれだろ? 希望の絶頂期から絶望させた方が心に負うダメージがでかいとか、そんな話だろ?」


「さすがはお兄さん。その通りです♪」



 苦しむ私の目の前では憎き勇者とクラリスが楽し気に話している。

 でも、分からない。


 なぜついさっきまで倒れていたクラリスが。

 その喉元にナイフを刺され、死んだはずのクラリスがなんともない様子で立っているのか?



「ふはひすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


「あはははははははははははははは。ざまぁないですねぇ皇女様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!! そのまま自分の血に溺れて一回死んでみるといいですよぉぉぉぉぉぉっ。あはははははははははははははは」



「ごの……ぼふっ――」



 息が出来ない。

 頭が回らない。


「ほんな……ほころで……」



 嫌だ。

 こんな所で惨めに死にたくなんてない。

 それもよりによって気に喰わない村娘なんかに殺されるなんて最後。


 嫌だ。

 イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤ――


「っ――」



 そうして私は。

 私の事を見下しながら高笑いをするクラリスを睨みつけながら、その意識を閉ざすのだった。


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