第46話 ~抱かれた疑心~

 初めて祖父に会った翌日から、私の朝は12㎞のジョギングスタートとなった。


 ゴールのセレクタント城に到着後は直ぐに、5時間の剣術練習へと入る。


 なんて偉そうに言っても、結局はド素人。

 当たり前に、基礎から教え込まれた。


 平服時と武装時、それぞれの足構え(足さばき)。

 間合いの取り方、入り方。

 目線の動き等……。


 しかし日が浅い為、まだ剣はおろか木刀すら触れさせてもらえなかった。


「ふぅー、今日もいい汗をかいたわ……」


 トレーニング終了後に冷たい外気を浴びながら、水を口に含む。


 初日こそ嫌々だったが、稽古2日目には『苦』が『爽快』へと変換されていた。

 ジョギングも基礎練も自ら望んだ事ではない。しかし午後のお勉強よりも断然、稽古(運動)の方が性に合っていると『脳』が認識したのだ。


 私は人間でも、前世から日々運動は続けていた。

 サボれば嫌悪感から吐き気や目眩等、心身ともに悪い形で影響が出るからだ。

 勿論、この異世界でも初日から継続中。

 だからこそ、ジョギングや長時間のトレーニングだって即順応ができた。


 稽古開始3日目の本日――。

 ある事情で急ぎ迎えに来たヤプが、ロドと数十年振りに再会を果たす。


「久し振りだな、ヤプ」


「ああ、ロドか……暫く見ない間に年を取ったな」


「そう言うお前は……変わらないか?」


「妖精と人間では、時間(とき)のが違うからな」


 ヤプと親交がある祖父のロドは転生者……つまり救世主で『過去の日本』から来た。


 過去、現在、未来……妖精曰く、これらは同列に存在し、どの時代でも自由に往来ができるらしい。


 祖父は出生から『ロド・キュラス』として、異世界人生が始まったという。

 ヤプの話によれば江戸時代末期――大きな戦争の最中さなかであった彼を異世界(ここ)へ連れて来たそうだ。


 幕末に赤べこ……会津藩とか?

 日本史はあまり得意ではなかったが、なら私でも知っている。


 (だとすれば、ロドの威厳やズバ抜けた剣術の説明がつくわ……)


 ロドのルーツに触れた昨晩――ホットミルク片手に、私は身震いした。



「またな、ヤプ。」


 軍の総帥=ロドに見送られて城を後にした、ヤプと私。因みに護衛役でもあるクガイは、珍しく王城へ出張中だ。


「おかえりなさい……ませ」


 セレクタント城からキュラス邸に馬車で戻ると、が私達を出迎えた。



 遡ること4日前――。

 私が城へ向かった約2時間後、彼女は目を覚ました。


「ネムゥゥゥーッッ!」


 その日の内に泣きながら彼女を強く強く抱きしめたが『痛い、五月蝿い』と、相変わらずの塩対応。


「……お腹が空いた」


 主より腹の虫を優先したネムの望みを叶えるべく、私はユーセにミルク粥を頼んだ。


「……食べさせてよ」


 熱々のお粥を前に、そうポツリと呟く少女。

 

『可愛いぃぃぃー!』


 ネムのツンデレが健在で、私は心から安堵した。




「殿下が目を覚ましたのっっ!?」


 コートを脱ぎつつ、ネムや妖精に戻ったヤプと共に、足早でブレイムの元へ向かう。


「ええ。重湯おもゆだけれど食事は済んだし、意識もはっきりしているわ。普通に話せる状態よ」

 

 私はドアの前で一呼吸置いた後に、やや強めにノックをした。


「はい。どうぞ!」


『彼の声だ……』


 全身から力が抜けるのを感じる。

 限界まで気を張っていたのは、セージだけではなかった。


「殿下……」


 その一言で、私の思いは彼へ伝わったと思う。


「ライリー、心配をかけたね……すまない」


 ブレイムが頭を下げる。


「お体はもう、何ともないのですか?」


「ああ、君達のおかげで元通りだ! 本当にありがとう」


「そうですか、良かった……」


 私と彼の短いやり取り。

 それでも元々部屋に居たユーセは涙し、セージは大きく頷いた。


 ネムが唐突に話を切り出す。


「……早速ですが殿下、お聞きしたい事があります!」


「後にしなさい、ネム。殿下は回復をされたばかり……失礼ですよ!」


 私は主らしく、彼女を諭した。


「でもっ! 貴女だってっ……」


 そう言い掛けたネムだが、私の顔を見て「分かりました」と口をつぐむ。


 (私も……でもまだ、問い詰めるべきではない)


『好きだから』こそ、誰よりも早く感じた違和感。


 間違いなくブレイムは、妖精姿のヤプを……。

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