第6話

土曜日。


涼那ちゃんは部活。桜花ちゃんは、あれだけ喝は入れられてたけど多分自分の部屋でゴロゴロしているのだろう。


「やることないなぁ」


課題らしい課題は出たその日に終わらせることをモットーに据えている私としては、週末はあまりやることがなくなりがちだ。普段なら料理だったり、それこそ読書だったりをすることが多いけれど、今日は別にそんな気もしない。


「……運動不足が加速してもよくないし、散歩にでも行くか…」


歩いて数分。そこに、決して大きいとは言えないけれど、小さな子たちが親御さんと一緒に遊ぶのには申し分ない広さの河川敷がある。今日は休日だからちょっと賑やかかもしれないけど、そこにでも行ってみようか。


そう思い立つと、私は自分の部屋を出た。



心地いい温度の春風を浴びながら数分歩いていると、やはり遊びに来たのだろう子供たちの姿があった。

賑やかな声とは裏腹に、時間がゆっくり流れるのが感じられる。


「いいなぁ…」


いっぱい遊んで、昼寝して…。そういう日常もあるのだろう。子供たちの日常に思いを馳せながら少し周りを見回すと、ふと真剣そうな嶺奈ちゃんの横顔が映った。その手先にはペンとスケッチブックが握られている。


「このあたりに住んでるんだ…」


驚かせたり、邪魔したりするのは好きじゃない。彼女の集中が薄くなるのを待ってから声を掛けるとしよう。


そう思って、もう少しだけこのゆったりとした時間に身を任せることにした。


それから数十分。絵を描いていたのだろう彼女の手が止まり、ふとこちらと目が合った。その瞬間、彼女はちょっと笑って、こちらに駆け寄ってきた。


「…隣、いい?」

「もちろん」

「……ありがとう」


そう言って、嶺奈ちゃんは私の隣に腰かけた。


「……ごめん」

「えっ?」

「…私、あなたのこと見たことある。だから駆け寄ってこれた。でも、私、人の名前覚えるの、得意じゃなくて……」


なんだそんなことか。ちょっぴり怯えた様子の彼女に笑いかけて、再び私の名前を教えてあげるのと同時に、彼女のスケッチブックとペンを借りて、名前の漢字とフリガナを振ってあげた。


「これで、いつでも思い出せるでしょ?」

「…うん。……ありがとう」


そう呟く彼女の表情には、安堵が見えた。


「絵、描いてたの?」

「…そう。いつもは、図書館で本読んだり、絵描いたりしてる。でも、今日はやってなかったから……」

「そっか」

「あなたは…?」

「ちょっと暇だったから、すぐ近くに住んでるから散歩ついでに」

「…そう」


私にとっては、絵を描くのは得意分野ではない。だからこそ、絵を描くことを好いている彼女の絵が気になった。


「どんな絵描いてたの?」

「…どんな絵?」

「あ、えっと、嶺奈ちゃんは、どんな雰囲気の絵を描くのかなって」

「…見る?」

「良いの?」

「うん」


そう言って、彼女はスケッチブックを開いてくれた。

そこには、今のここから見える景色がほぼそのままに映し出されていた。


「すごい…」

「…絵を描き始めたのは、写真が好きだったから。それを、自分の手で描けるようになりたいと思った」


何層にも重なりながらも、それぞれがお互いを邪魔しないような色の配置と、それを際立たせる線と。


一目見ただけだけれど、すごく引き込まれる何かがあった。

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