第2話「スネイリックスプリント(前編)」

 ラリオンとポカは小さな村へ来ていた。人通りも無い静かな村である。


「辛気臭い村じゃ」

「これじゃあ食欲も湧きませんね」


 村の中心部には、良く手入れのされた庭に囲まれた教会があった。村で唯一輝きを見せている場所だった。

 ラリオンたちは教会へと向かう。途中、ひとりの老人に止められる。


「これ旅の者」

「なんじゃばあさん」

「話し方のせいで両方年寄りみたいでっ、すねぐえっ!」


 小声で割り込むポカに手刀を入れて黙らせる。

 萎れた老人は何かを欲するように、ラリオンに縋り付いて話す。


「どうした、サングラスか? さては萎れ過ぎて教会が眩しいか?」

「違うわい! あそこの教会……あそこには、薬があるんじゃ……」

「ほう、毛生え薬か? 養命酒か?」

「阿呆! 若返りの薬が、あそこの教会にはあるのじゃ」

「はあん、あぁたには痴呆の薬が必要らしい。ポカ出せるか?」

「阿呆! たわけ! わしゃぁはまだ21じゃ!」

「な、なにおう!?」


 足にしがみ付く老人を振り払って驚く。2頭身の老人はひょうたんのように転がって、達磨のように起き上がった。


「教えてやろう。この村の悲劇を……」

「なんと。それは驚いた! 大変じゃな。さ、食えるもんもらってさっさと村から出よう? ポカ」

「ダメですラリー様。せっかくだし聞いていきましょうよ」

「オウイオウイ、鳥さんは話がわかる! 人よりも鳥じゃった!」

「いえいえ、それで何があったんです?」


 今度はポカの木の枝のような足を掴む。一度はのけようとしたポカだったが反対に転んでしまい、老人はポカの体に覆い被さって話し始める。


「それは先週のことじゃ……」

「随分と最近のことじゃな」

「村おこしの一環で思い付いたインチキ宗教を始める為に、わしらは神の使いをでっち上げた。その役は、近所に住んでいた単なる子供じゃ。しかし子供はいかんかった。子供はごっこ遊びを本気にしてしまったのじゃ」

「ほらポカ、もうロクでもない話になってきたろ?」

「ラリー様の言う通りさっさと去るべきでしたね。聞くだけ損ですよこれは」

「これ! 年寄りの話は最後まで聞かんか!」


 覆い被さったまま老人は、ポカに往復ビンタをする。ポカと老人を引き剥がして、ラリオンは村の外へ向かって歩き出す。


「これ! これ! 旅の者!」

「だあうるさい! あぁたさっき自分を21と言ったじゃろうが! どこが年寄りじゃボケ老人!」

「ややこしいですね……」


 歩くラリオンの足に目がけて、老人が飛びかかってきた。蛭よりも力強い吸い付きである。


「ぎゃあ! ばあさん! 見た目だけか! アクティブな動きしやがって!」

「聞けぇぇ。話を最後まで聞けぇぇぇ」

「わあった! わかったよ。聞くだけじゃ」

「では続きじゃ……。子供は、魔法使いじゃった。まるで先住民アヤシラ族のようじゃった。魔法でたちまちわしらはこんな姿になってしまったのじゃ」

「おい待て展開が唐突じゃ。どこか端折ってはいないか? 年寄りにさせられた理由は?」

「ああ、あぁー。合間のことなど忘れてしまったわ」

「やっぱりボケ老人じゃ!」


 ラリオンは振り返って、その足を教会へと向ける。回転の際に老人を再び振り払い、ポカを抱えて歩き出した。

 ラリオンには考えがあった。村での出来事を信じる信じないではなく、村で唯一輝きのある教会にならば金目の物がある、と思ったのだった。


「にしてもあのばあさんは何者じゃ」

「意外と村長クラスだったりして?」

「それじゃあ薬をでっち上げられれば褒美がもらえたりしてな?」

「ふふっラリー様ったら。魔法は使いませんよ?」

「んだよバカのケチ!」

「バカじゃなくてポカです!」



      ◇



「こりゃあ築7日じゃ! 新築も新築!」


 教会を間近に見てラリオンが言う。教会は村全体を見ても、その中であまりにも異質な輝きをしていた。

 入口にはローマ字で「メンバー募集、誰でもどうぞ」と書かれた張り紙があった。


「宗教のか?」

「さあ。でも普通『教団員』とか言いませんか? メンバーって、クラブ活動じゃないんですし」

「あ、子供だからか」

「なるほど! さすがラリー様」

「えへへがはは」


 勢いよく扉を開け放つと、光沢のある綺麗な内装が露わになる。ふたりは一歩踏み入れ、思わず息をのむ。


「おっと靴紐が。脇にちょうど寄りかかれる石があるわ」


 片足を上げてラリオンが寄りかかったのは、石造りの台座だった。上に置かれた石造が傾いて落下する。どんな形だったかを確認するまでもなく、石像は粉々になった。


「あら、あらら……?」

「がしゃーん?」

「工事の音とかじゃないよね?」

「目の前でしたね」


 恐る恐る台座の奥を覗き、粉々の石像を視認する。


「粉末じゃ」

「味噌汁作れますかね?」

「赤味噌がいいな」

「ワタクシはコンソメがいいです」

「味噌じゃないじゃん!」

「あっはっはー」

「えっへっへー。…………大丈夫だよな?」

「ええ多分」


 少しして、縦長に奥行きのある教会の最奥からふたりの少年が顔を出した。少年たちは青ざめた顔をして、入口に立つラリオンたちの所へ駆け寄る。


「さっきの物音は……!? きえやぁー!?」

「先程の大きな音は……!? きやえぇー!?」


 少年たちは「神の使い」を演じて、祭服を身に着けていた。子供の身長に合わず、巻かずにあるストールが床に付いている。ふたりは石像の無くなった台座を見て驚く。

 ラリオンとポカは、少年たちの瓜二つな顔を見てから、床を引きずるストールを見て話した。


「いやあ、なあ? これはなあ?」

「そうなんですよ! 欠陥住宅らしいんですよ! ほら、建物が斜めってるー! わぁー!」


 ほらラリー様も、とポカはラリオンに触れる。


「そ、そうじゃ。もう、傾斜も傾斜って! 反り立ってますねー! ってくらいの斜めりっぷりで!」


 大袈裟に身振りをして誤魔化す。

 少年たちはまるで繋がっているように、同じ動き、言葉を発する。


「こんなことをして何が目的ですか! 仮入部じゃありませんよね?」

「仮入部制度なんてあるのか……じゃなくて、これは事故! 事故じゃ!」

「目的を言ってください……」


 少年たちの目付きが変わる。子供の物とは思えない色濃く、力強い光を放つ瞳である。

 ポカがはっとする。老人から聞いた言葉を思い出して、ラリオンへ話す。


「ラリー様、恐らく『アヤシラ族』です。ここは穏便に済ませましょう! ささ、質問に答えて!」

「あなた方の目的を言ってください……」

「金目のもんじゃ」

「なっ! ラリー様!! なんて素直なお方!」


 少年たちの身体に具現化した気が纏い始める。ランプブラックの漆黒に近い色をしている。


「やっぱり、あなた方もが目的でしたか……」

「ラリー様、こりゃあまずいです! オーラが相当濁っちゃってます!」

「いやポカ君、そんなことよりも薬じゃ! 薬、って言ったぞこの子たち!」

「えっ、若返りの薬のことですか!?」

「俺が知るか! どうなんじゃ!」

「はは、わかっていらっしゃるくせに……。そうです、ここにはひとりだけ59年若返られる薬があります」

「なんと中途半端な!」

「あのばあさん、21って言ってたな。80にさせられていたのか」

「ファールアンクで80なんて、それこそアヤシラ族くらいなもんですよ! ご長寿!」

「偽りのな?」


 気を纏った少年たちは、1歩ずつラリオンたちに近付く。その度に歩幅を合わせて下がり続けるとやがて立場が変わって、ラリオンたちは教会の最奥に近付いていた。


「おのれ泥棒!」

「たまたまじゃ!」


 最奥には段ボールで囲われた小さな部屋があった。子供が作った「秘密基地」と呼ぶならば微笑ましい物である。


「ここに薬あったりして?」

「なぜわかった!? ……は、一筋縄ではいかない泥棒さんたちですね」

「ほかが鈍いだけじゃ? よしポカ、薬を取って来てくれ。俺は先に逃げる!」

「そんな殺生な!」

「鳥なら飛ぶなりなんなりしろって話じゃ!」


 手ぶらでラリオンは教会を走り抜けた。薬を持たないラリオンを少年たちは追わなかった。

 ポカは段ボールの中から壺を見つけて取り出した。蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


「これが若返りの薬ですね。厳密には、吸い取った命の余りでしょうか?」

「はは、それがわかるとは……。あなたも、ただの鳥ではありませんね?」

「ただの鳥だったらラリー様に、とっくに焼き鳥にされていますよ」

「ははは……。ここの村民は皆愚かでした。両親ですら……ええ、変わったことに気付かなかったんですから」

「そりゃあ、アヤシラ族の擬態能力って高性能ですもんねえ」

「はは、そうですね。面白かったのでつい双子にまでしてしまいましたよ。それでも誰も気付かない……」

「マヌケですねえ、ここの人は。そこは同意します。でも、とりあえず逃げますね」

「なに!?」

「ばさばさー」


 壺を鉤爪で持ち上げると、翼を広げ飛び上がって、そのまま教会の天井を突き破って外へ出た。

 上から見下ろすと、ラリオンが先程の老人に絡まれているのを見つけた。そこへ目がけて降りて行く。


「ラリー様あー!」

「おぉポカ! やったか?」

「やりました!」

「でかしたでかした! えらいえらい!」

「やっほーい! 褒めてもらえてワタクシ、幸せです!」


 壺を見た瞬間、老人はポカへ飛びかかった。動きに気付いたラリオンは、壺を持ち上げて老人を足払いした。


「こら、がっつくな!」

「そうですよ、がめついんだから……。それにまだ終わってません」

「え、そうなの?」

「ええ、あちらをどうぞ」


 ポカが教会を指差すと、建物が崩れふたりの少年が浮き上がってきた。

 教会の輝きは少年たちの力で、ふたりが離れた今、瓦礫は村のほかと変わらないくすんだ物になっていた。


「ひぃぇーお助けを!」


 老人がラリオンの足にしがみ付いて震える。

 ラリオンはポカを抱き上げて、少年たちを済ました顔をして見る。


「これは、次回に持ち越しじゃな」

「間に合いませんでしたね」



      ◆

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