ラリオン・バームクーヘン ~愉快な奴らと投げっぱなし異世界チックコメディライフ~
薺鷺とう
「俺らが愛したマルゲリータ」編
第1話「パンプキンチキン」
ファールアンク北西部の田舎町「マルゲリータ」。
建物の外壁が一面銀色に覆われる眩しい飲食店の中で、1羽の鳥が44杯目のバターチキンカレーを食べ終えた。
「店主、おかわりください!」
「よしきた!」
その鳥、「ポカ」は行儀が悪いと理解しながら、テーブルの上に座り込んで食事をしていた。人間の椅子に座っては到底テーブルに、手も顔も届かない程小さな体をしているのだ。
ふわふわとした体から綺麗に畳まれた手巾を取り出して、汗、口を拭く。オーダーメイドで作られた、ポカの為の小さな丸眼鏡を羽の生えた手でかけ直す。
「やっほー。おいしくやってる?」
「あ! ラリー様!」
顔をテーブルから正面へ向けると、窓から今まさに足を入れて、店内へ入ろうとする男がいた。ポカがラリー様、と呼ぶ男「ラリオン」である。
ラリオンは目が隠れない程度に深く、着ているポンチョのフードをかぶっていた。それがラリオンの普段着だった。
「さあラリー様、おいでください! どうぞどうぞ」
「なんじゃ皿いっぱい。食べ過ぎじゃないかあ」
「ワタクシ嬉しくて! こんなもんじゃ済みませんよ、今日は!」
銀色で覆われた飲食店「クエ」をひとりで営んでいる店主が、ラリオンとポカの席へやって来た。手にはバターチキンカレーと、水、おしぼりがあった。
「いらっしゃい! お前がこの鳥の飼い主かい? よく食うねエ。いい食いっぷりだよ」
「いや、飼い主じゃあない」
「そうです店主、ラリー様はワタクシときっぱり主従関係! ワタクシはラリー様の召使い……下僕? ど、奴隷…………?」
「こら、変なこと言うな。ポカは俺と一緒に旅してる……なんだ、鳥で、老眼で、頓珍漢で? バカだ」
「バカじゃないです。ポカです!」
「はっはっは、仲が良さそうでいいこった! スポンサーがいる、って聞いていたからな、ちゃんと人間で安心したぜ。それで、何食う?」
店内の壁には、屈強な肉体を持つ巨体の店主からは想像できない繊細な文字で書かれたメニューが、全面に貼られている。
ラリオンは席から離れずに見渡して、数秒のち答えた。
「チキンライス」
「あいよ! 待ってな!」
店主はキッチンへと入っていった。
「ちょっとラリー様! あなたの目の前にいる鳥をどうお考えです!?」
「なんじゃ、チキンカレー食ってる鳥に何も言われたくないわ」
「そ、そうか……。じゃあいっか」
「な」
ポカはどこにあるか分からない首を傾げながら、45杯目のバターチキンカレーを食べ始めた。
チキンライスはすぐに完成して、店主が伝票と共に運んで来た。
「これ食ったら帰るぞ。宿は確保してきたから」
「それじゃあこれが最後の1杯……。噛み締めなくちゃです……! ラリー様が初めて奢ってくれたこの日を忘れないように!」
裏向きで置かれている伝票を見てから、間を置いてラリオンが言う。
「忘れていい。時として、忘れるべき思い出もあるんじゃ」
「なんですそれ。ワタクシとしてはこんなに沢山の幸せ、もうこれ以上はないくらいですよ!」
「今から食い逃げするとしてもか?」
「……は?」
ポカのスプーンを動かす手が、45杯目にして初めて止まった瞬間であった。
「え、ラリー様何を」
「バカ。食う量くらい弁えろ!」
「えぇー! え、えぇー! 確かにラリー様の財布はいつも空っぽですが……! だって奢ってくれる、って言ったじゃないですか!」
「バカバカ! どこにカレー45杯奢ってくれる奴がおるか!」
「う、うぐ……。だって、だってラリー様、どの町に行ってもポンチョばかり買ってるから、ファッション貧乏だろう、って思って……」
「ぬおあっ」
熱くなるラリオンとポカのふたりは一斉に立ち上がるも、すぐに冷静さを取り戻して座り直し、そのまま急ぎ気味にチキンライスとバターチキンカレーを平らげた。
テーブルに座っているポカへ顔を近付けて、ラリオンは再び話し始める。
「いいか、さっき俺が入った窓、あそこは通称『食い逃げポイント』と呼ばれてるそうじゃ。タイミングを見計らって脱出するぞ」
「うぅ、前科一犯。さよならワタクシの聖なる人生……」
「お前さんが食い過ぎたのが悪いんじゃ! 1食に7万エスコ近くも払えるものか! あと
「うぅ、ごめんなさい」
建物は2階建てながら、店は1階にあった。窓から飛び降りても問題のない高さである。
「よし、早速だが今じゃ! 行くぞ!」
「は、はいっ!」
跳ねるように席を立ち、真っ直ぐに窓から飛び出した。しかし外の風を感じながらも、地面に足を着けることは叶わなかった。
ふたりは極太の2本の腕に捕まれて、店内に引き戻された。
「てめえらも食い逃げか! 畜生!」
「あ、い、いやあ、深い事情というかなんと言うか……」
ラリオンが急ぎ取り繕う。暑苦しい格好に似合う量の汗が溢れてくる。
「あ、ああ! 俺ら、食い逃げ取り締まるから! タダで! ね! ね……?」
「……ああん?」
◇
日付は変わり、飲食店「クエ」の開店前である。
クエはマルゲリータの町の人気飲食店で、昼の営業には列が出来る程である。その店の前には今、西洋甲冑を身に纏ったラリオンがいた。
「なんのつもりだお前」
異様な光景に気付いて、2階の窓から店主が声をかける。西洋甲冑は銀色の建物よりもくすんでいるが、眩しい物であった。
「これはこれは
「雰囲気はまあ……合っていなくもないか。いいかお前! 今日の食い逃げがゼロ、売り上げをしっかり出せたらお前らを許してやる!」
「はっはっー、お任せあれ!」
フードの代わりに、兜で頭部を覆っている。ラリオンは店主に軽く手を振ると、上がっていた兜の面頬を顔を隠すように下ろした。
「ポカ。お前さんはレジじゃ」
「計算は得意ですよ!」
「守銭奴だもんな、頼んだぞ。会計をしたら客に領収書を書いて渡すのだ。俺は店から出てきた客の持ち物を調べて、領収書を持ってない客をボコボコにすれば任務完了じゃ」
「単純明快! 承りました!」
「よおし、持ち場に付け!」
「はい!」
ラリオンと違って普段と変わらない素面のポカは、背筋を伸ばして敬礼。店の中へと入っていった。
店が開き、客が次第に集まっていく。ラリオンは建物を見張るように、一歩引いて監視をしている。客足は多く、店内は賑わいを見せていた。
「それ、そこの君! 止まれ!」
「なんスか」
店から出てきた客を呼び止める。パーカーのポケットに両手を入れて歩く青年だった。
「荷物検査じゃ。領収書見せろ、領収書」
「なに、嫌ですよ。忙しいんです。さよなら」
「この、出せ! まずは手を!」
両手を引っ張り出して、パーカーとズボンのポケットを調べる。しかしそのどこにも領収書は無かった。
「それ、ボコせ! リンチじゃ!」
「ウオオオオ!!」
「え、なに!?」
ラリオンの合図で、草むらに身を潜めていた見知らぬ男たちが一斉にパーカーの青年へ飛びかかる。何人もの声が聞こえるが、砂埃が立って何も見えない。
煙が風に消えていくと、膨れた顔のパーカーの青年がいた。
「観念したか食い逃げ犯! 食事をしたらお金を払う、これ世の常識じゃ!」
「は、払ったよ……。紙いらないからすぐ捨てただけだし……」
「あらま」
パーカーの青年は無罪だった。
ラリオンは見知らぬ男たちを草むらへ戻すと、青年の手を取って起き上がらせた。
「いやあ悪いことをした。どうしたら許してもらえるだろうか?」
「いやいいよ……。証明を捨てた俺も悪かったっス……」
「良い奴じゃお前さんはあー!」
西洋甲冑が青年を抱き締める。いつの間にか元の顔に戻った青年が、苦しそうに青ざめる。
◇
「……ということがあったのじゃ」
「でも良かったですね。あの一部始終をお客さんが見ていたおかげで、無銭飲食一切なしでしたよ」
「でかしたでかした! 過去最高売り上げだ!」
閉店時間になり、売り上げを確認した店主が喜び、西洋甲冑の背中を叩く。鎧に負けない頑丈な平手が、ラリオンを痛めつける。
「ま、ま俺にかかればこんなもんじゃ!」
「趣味でやってるから金自体は本当はいらねえんだが、気持ちの問題だな。これで今後食い逃げがなくなればいいんだが」
「趣味……? ほほぁ……」
ラリオンが何かを思い付いたように、ゆっくりと頷く。
行動を起こしたのは店を出た直後である。
「我が友ポカよ」
「なんでしょう?」
「魔法で紙を出してくれ。束じゃ束」
「紙束を? 急にまたどうして? いいですけど……」
ポカは魔法が使える。羽を広げると、体と同じオパールグリーンの光が夜の暗くなった辺りを照らし始める。
「それじゃあ、紙束出しますよ! くいーん!」
ポカが呪文を唱えると、一瞬にして紙束が現れた。いいね、と言って普段着に戻ったラリオンが1枚取る。
「でも、何するんです? こんな紙、沢山」
「広告じゃ。せめてもの償いパート2じゃな」
マジックペンを取り出して、1枚の紙に文字を載せていく。
書き終わった紙をポカに渡して、今度は紙束に複製するよう、魔法を願った。
「それじゃあ、ラリー様の広告を複製しますよ! くいーん!」
「さっきと詠唱一緒じゃん、って完成しておる……!」
「ざっとこんなもんですよ。ふふ」
「よし、朝までにばら撒きじゃ!」
「それそれぇー!」
◇
朝を迎えると、町中の住人がクエに集まっていた。
騒がしさに目を覚ました店主は窓から顔を覗き、驚く。
「な、なんだこれは!? どうしたことだ!?」
「早くお店開けてー! タダ飯食べに朝抜いてきたんだから!」
「はあ? なんのこと……」
風に乗って1枚の紙が2階窓から入って来た。
紙には「飲食店『クエ』は明日から永年タダ!」と書かれていた。
「な、なんだ、これはぁぁぁ!!」
地鳴りが起こる程の叫び声だった。
「いいことをすると、目覚めがいいな!」
「ですね!」
ラリオンとポカのふたりは、幸せな顔をしていた。
◆
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