第3話 魔法

 やって来ました、そうここは森!!(やけくそ)


 もうね、バカじゃないの?

 月明かりがあるとはいえ、こんな暗い夜に魔獣がうじゃうじゃいる森に入るとか自殺行為だよ。


 森に足を踏み入れたはいいが、奥に行くのは危険だ。

 森の奥に行けば行くほど月明かりも届かなくなるし、強い魔獣がいるらしいからな。

 入り口周辺の弱そうな魔獣を狙おう!


「ぐはっ!?」


 魔獣を探そうと歩き始めたところでお腹に衝撃が走り、身体が吹っ飛ぶ。


「い、いてえ……」


 お腹をさすりながら顔を上げると、そこには血のように真紅に染まった瞳を輝かせるウサギのような魔獣がいた。

 

 可愛らしい見た目に惑わされちゃいけない。

 こいつはブラビット。通称ブラビだ。

 生物の生き血を啜る魔獣である。


 一体なら大したことはないが、こいつらは血の匂いを嗅ぐと瞬時に集まり、そして数の暴力で新人から中堅の冒険者を毎年何百人も殺しているという恐ろしい魔獣である。


 周囲を見る限り、他にブラビの姿はない。

 不意打ちを食らったが、血が流れなかったのは不幸中の幸いと言っていい。


 きっと血が流れていたら、瞬く間に集まってきたブラビたちに殺されていた。


 ぶっちゃけ逃げたい。

 だけど、逃げようとすると身体が硬直する。多分、家を出る時に選んだ選択肢のせいだ。

 目の前の魔獣を狩るまで俺は逃げられない。


 ゲームとこで強制戦闘ってあるけど、ああいう時キャラクターたちはこんなにも嫌な気持ちだったのだろうか。


「やるしかねえな」


 鞘を付けたまま、剣を構える。

 下手にブラビを斬ると、ブラビから流れる血を嗅ぎ分けブラビたちが大量にやって来る可能性がある。

 倒すなら、撲殺しかない。


「キュキュキュキュルルルル」


「泣き声こわっ!」


 甲高い鳴き声を上げながら飛び掛かって来るブラビット。

 ブラビの攻撃は基本的にその脚力を活かした突進と、鋭い牙による噛みつきが中心だ。

 だが、ブラビの顎はそこまで発達しておらず、きちんとした装備を付けていれば、その牙が肉に届くことは無い。


「おらっ!」


「キュル!?」


 噛みついてきたブラビットに左腕を突き出すと、ブラビットは意気揚々とそこに食らいつく。

 だが、噛みきれないことに動揺したのか一瞬だけ硬直する。

 その隙に、腕を振りブラビットを地面に叩きつける。


「うおおお!!」


 そして、ブラビットの頭目掛けて鞘がついたままの剣を振り下ろした。


「キュッ…………」


 当たり所がよかったのか、その一撃でブラビットは動かなくなった。


「ふう、危なかった。姉貴にブラビットの倒し方教えてもらっておいてよかった」


 回数こそ多くないが、俺は姉ちゃんに魔獣の倒し方を教わったことがある。

 ブラビットはその時に教えてもらった代表格で、実際に姉貴と護衛の兵士付きだが倒しに行ったこともあった。


 今回はその経験が生きた。

 サンキュー姉貴。


「はあ、ちょっと疲れた……」


 ただ、今回はあの時と違ってサポートしてくれる人も助けてくれる人もいな状況だ。

 精神的な疲労感が違う。


 ちょっと休憩して、それから安全に寝泊まりできる場所を探したいな。

 流石に夜の戦闘はもう御免だ。


 一旦、その辺の木に寄りかかろうとしたその時だった。

 再び、目の前に文字が浮かび上がる。


《① 森の入り口付近でブラビットと遭遇した辺り、やはり魔獣の生息域が徐々に人の生活域に近づいている。明日にでも被害が出るかもしれない。ここは、危険を承知でこの辺のブラビットを間引かなくてはッ! 俺は、逝くッ!》


《② いや、もう戦わない。怖いし、疲れたし、さっさと領地を出よう――》


 お、選択肢にしてはよく分かってるじゃないか。

 そうそう、そういうのでいいんだよ。そういうので。

 無謀なことに挑戦するより、先ずは自分の命を優先しないとな。


《――そもそも、ジョート家の人間は俺と血が繋がっていない。だから、例え俺がここで魔獣を間引かないことで増殖した魔獣がジョート家領に襲い掛かりたくさんの人が死んでも関係ない。家族が皆殺しの運命になろうと関係ない。寧ろ、勝手に死んでろってな。さ! 領地を出るか!!》


 出れるかぁ!!

 

 いくら血が繋がっていないとは言っても、ここまで育ててもらった恩だってあるし、大事な家族だ。

 そんな見捨てますみたいな選択肢出されて選べるはずないだろ!


 く、くそぉ。

 なんて卑劣な選択肢だ。

 こういう時、選択肢が無ければ折衷案を考えられると思うと、前世がいかに恵まれていたかがよく分かる。


 分かったよ! 逝けばいいんだろ! 逝けばよお!


 倒したブラビットの亡骸を剣で貫くと、ブラビットの身体から血が流れ、やがて血だまりを作る。

 そして、血の匂いに誘われた真紅に光るいくつもの目が木々の隙間や草の影から次々と姿を現した。


「出来たら一匹ずつでお願いします!!」


「「「キュルルルルル!!」」」


 俺の眠れない夜が幕を開けた。





「いや、普通に無理!」


 啖呵きってブラビに挑んだものの、数の暴力に敵うはずもなく必死に逃げまどっていた。

 

 いや、俺も頑張ったんだよ!

 最初の五匹くらいは倒した! でもさ、次から次へと出てくるんだよ!

 どうしろってんだ、こんちくしょう!


 この状況を打開する策はあるにはある。

 だが、その方法を使っても生き残れる気がしない!


「キュルルル!!」


「かはっ」


 必死に走り続けていたが、まだ十にも満たない子供の体力で野生の魔獣から逃げ切れるはずもなくブラビットの突進が背中に突き刺さる。

 そのまま、うつ伏せに倒れてしまった俺にブラビットが飛び掛かる。


「くそっ!!」


 慌てて仰向けになり剣を振るう。

 数匹は弾けたが、数匹は俺の足や腕、首筋に噛みついて来た。


「ぐあああ!! この……ッ! 離れろ!」


 足や腕、首筋に噛みついて来たブラビットを振り払う。

 装備を身に着けていた腕、足にけがは無いが、首筋からは血がダラダラととめどなく流れてくる。


 いってぇ……ちくしょう……!

 もう迷っている暇なんてねえ。

 このままじゃ間違いなく、ブラビットの群れに食い殺される。

 なら、ほんの少しの生きる可能性に賭けてやる!


 身体を起こし、首筋を抑えながら再び走り始める。


 ここじゃダメだ。

 もっと深い森の奥に!


「「「キュルルルル!!」」」


 ブラビットの鳴き声を背に、ひたすらに走り続ける。

 途中で、何度も突進を食らい死にかけたがそれでも起き上がって走り続けた。

 既に首や額から流れる血で視界は赤く染まり、意識は朦朧としている。


「あっ……」


 既に限界は来ていたのだろう。

 足元の木の根に躓き、その場に倒れる。

 振り返った時には、目前に数十のブラビットたちが迫って来ていた。


「「「キュルルルルル!!」」」


 視線を僅かに上げると、木々に遮られており月はもう見えなかった。


 条件は満たした。

 ここでなら、使える。


「呑み込め、闇沼」


 手を伸ばし、ポツリと呟く。

 その瞬間、俺の目の前に黒い穴が広がり、その穴が俺に迫るブラビットを吞み込んだ。

 暫くして、黒い穴の中から動かなくなったブラビットがボトリ、ボトリと地面に転がっていく。


 闇沼。

 それは俺が使える唯一の闇魔法だ。

 その力は魔力を呑み込むこと。魔獣は魔力ありきの生物だ。

 魔力が無くなれば、動くことは無い。


 そんな便利な魔法を何故ここまで出し惜しみしていたのか。

 その理由はシンプルで、光の下では俺は闇沼を使えないからだ。


 この世界の魔法は環境に左右されやすい。

 極端な話、炎が燃え盛る中で生み出す火魔法と、水中で生み出す火魔法では消費魔力も威力も規模も絶大な差が生まれる。


 俺の闇沼は非常に強力な魔法だ。

 だからこそ消費魔力もバカにならない。月明かりという少ない光量でも、俺が闇沼を発動できる時間は一秒にも満たない。

 だが、光が殆どない闇の中でなら数秒は持つ。


 結果、一斉に俺に襲い掛かって来たブラビットは数秒の間に闇沼にほぼ全て吞み込まれた。


 呑み込まれなかったブラビットたちも、仲間の無残な姿に異常を察知したのか、逃げて行った。


「運が良かった」


 一安心したいところだが、そうはいかない。

 闇沼は強力な魔法だが、デメリットも存在する。


 それは、吸い込んだ魔力は使用者の体内に全て流れ込んでくるということだ。

 最初にこれを知った時は『魔力が回復するじゃん!』と喜んだ。


 だが、その考えは大きな間違いだった。

 血液型A型の人の体内にB型の血液を大量に投入すると身体に異常事態が引き起こされるように、自分とは別系統の魔力は毒にしかならない。


 はい、ここで質問。

 闇沼で自分とは別系統の魔獣の魔力を大量に摂取した人間はどうなるでしょう?


「ギャアアアア!!」


 答え。体内の魔力同士が反発し合って肉体が破壊される。

 場合によっては死ぬ。

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