第6話 スポーツで心は一つになる
というわけで、俺たちはボルジア家のグラウンドにやってきた。
ボルジア家はハミルトン家と比べて広大な敷地を有している。
だが、建物自体は結構古びており、訓練施設と思しき建物には結構ヒビが入っている。
経年劣化ではなく鍛錬によって生じたものであることがすぐにわかった。
グラウンドでは、俺たち4人(俺、ティアナ、エリカ、スカロン)以外にも執事服の姿の17人の執事たちがいる。
ちなみにヨハネさんは遠く離れたところにある木の下に座り、俺たちを見張っている。
「それで、カール様のおっしゃるサッカーというのを教えていただけますか?この真ん中にある材料と何か関係があったりとか?」
スカロンが礼儀正しく問うてきた。
スカロンが指差した真ん中には俺が持ってきた加工された長い丸太、麻紐、ゴム、布、貝殻を細かく砕いた粉などがある。
ゴールポストとボールとを作って、白線を引くために昨日、急遽使用人に頼んで用意させたものだ。
「はい!えっと、その前に色々準備をしないとだけど、ティアナ、教えた通りできるかな?」
と、俺がティアナに聞くと、彼女はドヤ顔で自信満々に答える。
「もちろんです!お任せください!」
そう言って、メイド姿のティアナがガーターベルトからワンドを取り出して、俺があらかじめ渡した設計図の紙をスカートについてあるポケットから出して、持ってきてある材料たちに魔法をかけた。
「ムービング!」
すると、綺麗に加工された丸太が宙に舞い、互いに合体して横長なフレームが出来がった。
ティアナは休むことなく麻紐にも魔法をかける。
すると、麻紐は無数の六角形の網に変わり、ティアナはこれらをさっき出来上がったフレームに被せた。
「鮮やかなもんだな」
「何作ってるかはわからんが、すげー器用だぜ」
「あの子ってハーフエルフだよな。なのにハミルトン家の長男に仕えてんのか」
「差別はあかんぞ。エイラ様は差別をとても嫌っておられるぞ!もし、俺たちがあの子を無視したりしたら、エイラ様の顔に泥を塗りつけることになるんだ」
「ああ、わかっているさ」
みたいな反応を見せつつエリカ含む執事たちは口を半開きにしてティアナの技を見る。
やがてティアナが二つゴールポストを作り、またそれらにムービングをかけて、俺が作った設計図通りに位置させる。
そして、天然ゴムと布などにもムービングを使い、あっという間にサッカーボールを作り上げた。
なので俺はその出来上がったボールを手に取ったり足で転がした。
ボールに関してはまだ全体的に工夫が必要だな。
でも、ここで使う分には問題なし。
後で時間をたっぷりかけて日本で使っていたサッカーボールと同じやつを作らせて見せる。
と、意気込んでボールをいじっていると、ティアナが貝殻の粉で白線を引き終えてきた。
「カール様!終わりました!」
「うん。ありがとう。よくやってくれた」
「えへへ……ありがとうございます」
そういえばティアナを褒めたのはこれが初めてだな。
転生前のカールは被害妄想ありすぎて、ひどいことをいっぱい言ったりもした。
俺に褒められて喜ぶティアナを見ていると、つい頭を撫でたくなってしまうが、今の俺はキモデブだ。痩せたら触るとしよう。
あのサラサラした明るいブラウン色の髪は見るたびに触りたいという衝動に駆られる。
そんなことを思っていると、今度はエリカが話かけてきた。
「それで、サッカーってどうやってするのよ?」
寝巻き姿のエリカが言ってきた。
すると、執事服を着ているムキムキな執事たちも俺を方を見てきた。
俺は説明を始めた。
X X X
「ゴオオオオオオオオオオル!」
「おお!!!また決めたな!!よくやったぜ!」
「すっげーおもしれ!!!」
「こんなに面白い遊びは初めてだぜ!!」
「楽しすぎるだろ!!!これ!!」
「いや、ゴールもいいけど、エリカ様がめっちゃ頑張っておられるぞ!そっちを喜べ!!」
「わあああ!」
サッカーの威力は凄まじかった。
ざっくりといった感いでルールの説明を終えてすぐにチームを決めて試合をしたら、すぐに執事たちが猛烈な勢いでボールの奪い合いをした。
そして敵チームがぎこちないパスをして最初のゴールを決めると、急に敵チーム全員が戦慄の表情を浮かべ、カルチャーショックを受けたように喜んだ。
最初はラフプレーを心配したが、スカロンの話によると、執事たちは毎日鍛錬をして体をぶつけることに慣れているから、力加減ができると言ってくれた。
俺は審判をやりながらエリカと同じチームでティアナとスカロンさんが敵チームである。
しかし、
「……」
現在のスコアは5対0。
俺たちが負けている。
運動不足のキモデブである俺は、ボールのコントロールはできても、ある程度走ったらものすごく疲れてしまうがため、やられっぱなしだ。
エリカは走るは走るがサッカーに慣れてないらしく踏ん切りのつかない動きを見せる場面が多々あった。
そして、だんだん点を取られるにつれて彼女はイライラした様子を見せる。
俺たちのチームがお通夜の雰囲気でいると、俺たちのゴールポストでゴールを決めた敵執事がゴールパフォーマンスを決めており、同じ敵チームであるティアナが彼を褒める。
「素晴らしいプレーでした!」
「あはは!こんな綺麗なハールエルフのメイドちゃんに応援されるとやる気が出るもんだな!」
一方、エリカは鋭い目つきでゴールポストの前のティアナたちを見つめて歯軋りしながら呟く。
「はあ……はあ……なんか悔しいわ。ずっと負けてるし」
汗まみれになっているエリカが悔しそうに呟く。
「そうですね。チームバランス自体はそんなに悪くないと思いますけど、やっぱりもうちょっと攻めないと」
俺が返事すると、エリカが握り拳を作り、俺をまっすぐ見つめる。
「頑張りましょう!私、絶対勝ちたいから」
確かに悪役としてのエリカは負けず嫌いだった。
彼女は綺麗な女性を憎み、その女性たちが俺にひどいことをされるように最善を尽くして仕向ける役割である。
つまり、目的を達成するためには死に物狂いで努力するタイプだといえよう。
だが、その努力をダイエットに注いだら間違いなく……
「はい!一緒に努力してゴール決めましょう!」
俺は笑顔で返事をする。
ハミルトン家とボルジア家は仲が悪い。だけど、ダイエットをして痩せたいという目標は一緒だ。
俺はエリカに手を差し伸べた。
すると、エリカは俺の手を握ってくれる。
気持ち悪い汗まみれの豚足のような手ではあるが、いつかこの二つの手が人間の手になることを祈りながら俺とエリカは歩き、最前線に立つ。
そしたら、俺のチームの執事たちが後ろに下がってくれた。
木の下にいるヨハネさんは微動だにせず、俺をただただ眺めている。
「さ、いくわよ!」
「はい!エリカさん!」
まず俺がボールを転がす。
それと同時にエリカが前に向かって走っていった。
ボールを持っている俺の周りに敵チームの執事数人が集まってきた。
どうやらボールを取りにきたらしい。
このまま突破することは至難の技だ。
なので、俺はロングパスを決める。
すると、そのボールは走っているエリカの方に的確に向かっていく。
ボールを受け止めたエリカは急に目を細めて、獲物を狙う鷹のごとくゴールポストに視線を向ける。
驚いた。
今までの表情とあまりにも違いすぎる。
エリカはドリブルをしながら凄まじいスピードで走ってゆく。
途中で他の執事が体当たりしてきたが、
「邪魔よ!」
「ああ!」
「おお!」
「うええ!」
あっというまに敵チームのムキムキな執事三人が飛ばされてしまった。
200キロを優に超えるであろう巨体とは思えないほどのスピード。
そしてサッカーを今日始めた人とは思えないほどの技量。
これもボルジア家の優秀な遺伝子を引き継いでいる所以か。
気がつけば、彼女を遮る人はスカロンだけになってしまった。
「エリカ様!ここは通れません!」
「スカロン、どけ!!!」
「これは勝負です!!なので僕も一生懸命……ぶえっ!!」
スカロンさんもまたエリカによって見事に飛ばされてしまった。
宙に舞うスカロンさん。
彼と俺の目が合った。
彼は
泣いていた。
感動を受けたように俺を見つめ、俺にサムズアップしたのだ。
俺がちょっと引いていると、エリカは、
「食らいなさい!」
そう言って、シュートを決めた。
ゴールキーパーはボールスピードについていけず、そのままボールがゴールポストに入ってしまった。
その瞬間、
「ゴオオオオオル!!!!」
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!!!!!」
「エリカ様がゴールを決められたぞ!!」
「すっげー!!」
「ずっと部屋に引きこもっていたエリカお嬢様があんなに体を動かして……あああ……」
「うう……うあああ……」
「嬉しい……嬉しすぎて涙が……」
俺の後ろにいた執事たちが泣きながらエリカのいる敵チームのゴールポストのところに走ってゆく。
「「エリカ様!!!」」
「ふえ?ちょ、ちょっと!!」
俺のチームの執事たちが感動したようにエリカを胴上げする。
「ちょっと!落ち着いて!!」
「「エリカ!」」
「「様!」」
「「エリカ!」」
「「様!」」
彼らは力持ちなので、エリカの体を簡単胴上げすることができた。すると、今度は敵チームまで泣き出して急に踊り始める。
俺がちょっとドン引きしていると、いつしかティアナが俺の隣にやってきた。
「サッカー、大成功のようですね」
「ああ。俺たちも行こうか」
「はい!」
俺たちがエリカがいるところに行くと、胴上げを終えたみんなが俺を歓迎してくれた。
「カール様。あなたは素晴らしい方です」
「お二方のダイエット、俺たちも全力で協力いたします!」
執事たちに褒められてちょっと照れくさくなっている俺。
そこへエリカが口を開く。
「カール、私もっとサッカーやりたい。5対1じゃ物足りないわ!」
「は、はい。それじゃ続きやりましょうか」
「タメ口でいいよ。カール」
「……わかった。エリカ」
俺とエリカがタメ口で話すのは魔法学園に入ってからだ。つまり、ストーリーが変わったといっていいだろう。
しかし、それは今重要じゃない。
スポーツによって一つになる心。
その大切な教えに俺は心が熱くなっていた。
おそらくここにいるみんなも同じ気持ちではなかろうか。
そう思ってグラドル顔負けの胸を撫で下ろしていると、
俺の目の前にエリカの兄であるヨハネさんが現れた。
鍛錬服を着ている筋肉ムキムキの彼は、俺を無言で見つめてきた。
彼もまた切れ長の目をしているので、向けてくる視線はギロチン並みに鋭い。
怖い。
原作だと直接関わるシーンはないから気にしてなかったけど、こうやってじっとみつめられたら俺が罪人のように感じられる。
確か騎士団長だったよな。
俺が汗と冷や汗を同時にかいていると彼が口を開いた。
「サッカーは11人でやるんだったよな?」
「は、はい。そうですよ」
「スカロン君がエリカにやられた」
「はい?」
ヨハネさんが頤で俺たちからちょっと離れたゴールポストの横をさした。
そこへ目を見遣れば、スカロンがくるくる目で仰向けになっている。
あ、ファウル取るべきだったか。
俺が苦笑いを浮かべていたら、ヨハネさんが口を開く。
「……俺がスカロン君の代わりになれば11人だな」
予想外のことを言われた俺は向き直り、ヨハネさんに訊ねる。
「ヨハネさんも一緒にしたいんですか?」
「……妹のためだ」
「なるほど。それじゃ、よろしくお願いします!」
「……」
彼は俺から目を逸らし、妹の方を見ている。
確かヤクザもビビるようなオーラを出しているイケメンだが、妹想いのいいお兄さんだな。
俺たちはスカロンを木の下に寝かせてサッカー試合を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます