第21話 攻撃と衝撃
「さよなら」
嬉しそうな声が店内に響く。と同時に火の手が上がった。すぐに床に飛び散っていた液体に引火して瞬時に火が回る。
入り口は塞がれた。ドアは木製。だが、簡単に破壊できそうにもない。それに壁はレンガ。武器を使ったとしても壊すことは容易じゃない。
穴掘りの杖を使えば壁に穴を空けるのは可能。しかし、炎は大きくなっている。下手に穴を空けるのは危険かもしれない。新鮮な空気が入り込めば更に火の勢いが増す可能性もある。煙が店内を包み始める中、タローが判断を迷っていると、ロジーネが大声をだす。
「タロー、オーガ!」
呼ばれたタローとオーガスタは慌ててロジーネにしがみつく。と、同時にオーガスタは詠唱を開始。煙が充満し、炎が降りしきる中、魔法を行使する。
時間にして数秒。魔法の発現まで多少のタイムラグがある。もし、ロジーネの魔法が完成する前に火に包まれれば、三人が助かる
普通の火事とは違う。炎の勢いが激しすぎる。争いの痕と思われた床に飛び散っていた液体は、計算して撒かれていたもの。魔法書や巻物は燃料として置かれていたもの。燃え広がる速度は計算されていたもの。犯人の狙い通りに数分を待たず店内は火の海と化す。
強力な炎の力は大量の煙を生み出す。ザラザラとした灰を含む煙が鼻と口に入り、生命の危険度が増す。それに、これでは、ロジーネが詠唱の息継ぎも出来ない。
くぐもった爆発音がする。何が起こったのか? 状況把握すら満足にできていなかった三人は……次の瞬間、転移していた。
瞬間移動の魔法だ。
ロジーネの魔法で間一髪、焼け落ちる店内から別の場所に移動した。階層は同じだが、位置はランダム。ロジーネの魔法では転移するだけ。位置制御までは出来ない。
それでも十分。火急の事態は逃れた。ダンジョンの位置を把握するために、タローのスキルが有る。
「どう? 大丈夫?」
ロジーネが二人の状態を確認する。体半分だけ瞬間移動してた。なんてのは笑えない話だ。
「ありがとうロジーネ。でも、私、オーガじゃない。ちょっと酷い」
オーガスタが文句を言うと、ロジーネは苦笑いしながら謝る。しかし、オーガスタはそんな謝罪など受け入れられない。とばかりにロジーネに頬ずりする。
「ちょ、ちょっと」
ロジーネがオーガスタを押し戻している横でタローは大きく息を吐く。正体不明の敵から距離を取れて、ちょっと余裕ができた。そう思いたいところ。
どれだけ距離を稼いだか。スキルを使って自分らが転移した場所を確認する。
転移してきたのは、ホールのような部屋。十分な広さがあり、長方形になっている。ヒカリゴケのおかげで、薄暗いものの歩くのに困るほどではない。
運が良い。近くに危険な魔物はいない。もし、ミノワウルスがいる部屋にでも転移していたら、それこそ最悪。まずは一安心。
位置は、転移前の店からは十分程度はかかる距離。それほど遠くまで瞬間移動したわけではない。とは言え、ダンジョン内。直線で移動できないから、実際は自分らの位置が特定されたとしても敵がここまで到着するためには、三十分はかかると予想する。
タローは攻撃を仕掛けていた相手の動きを確認する。スキルがなくても、魔物検索の巻物で自分らの居場所を特定される可能性がある。何が起こったか理解できない以上、慎重に相手の動きを確認する必要がある。
「まずいぞ」
「な、何?」
「すぐ目の前に、敵……か?」
弓矢であれば、多少の技量を持った人間なら外さない位置、気がつくとそんな場所に見知った人間が立っていた。
「クロエ……」
「ご機嫌麗しゅう。皆さん」
クロエ・サヴァチエは
「そこまで、どうして俺のこと♪ 恨んでる? やっぱりラップか、嫉妬か、どうしてそうなったんか? まだ、今なら変えれる。家に帰れる。悪いこと止めてさっさと出頭する。それ、お前のため、俺達のため、世界のため。YO! そんなにノリノリになれないのは、馴れ馴れしいのは、元々、俺達仲間、恨み合うこと無い。お前に才能ないの、仕方ないの、I know! しょうがないの♫」
タローがリズムを刻みながら話しかけると、クロエは目を細める。
「やっぱり、さっさと殺すべきだった。このウザイの。ねえ、そう思わない? オーガスタ」
「いいえ、そうは思いません」
オーガスタはタローの背後から返事をする。
「クロエ、どうして?」
ロジーネが戦闘態勢を取りながらクロエに話しかける。
「何が?」
「殺人鬼、にでも、なるつもり?」
「まさか」
「だったら、私達を、殺す理由、ない」
「そうはいかないのよね」
クロエは腰にぶら下げていた短剣を鞘から抜いて右手に持つ。
「タロー、オーガスタ」
「ロジーネ、無駄よ。こっちにはこれがあるから」
クロエは左手に持っていた巻物を見せつける。
「何だ? それ」
反射的にタローが訊くと、クロエはニヤリと嗤う。
「ああ、ここで死ぬ不幸な三人のために教えてあげる。これは祝福された瞬間移動の巻物。あんたたちが何処まで逃げたとしても瞬時に追いつけるアイテム。十個はある。もし、鬼ごっこしたいなら付き合ってあげる。でも、やっぱり面倒だから、ここで殺されてくれない?」
「待てよ。お前の狙いは俺なんだろ? だったら、二人は関係ないだろ」
タローがクロエを説得しようとする。タローは、三人がかりであればクロエを倒すことは出来そうだと考えていた。だが、それでも元、仲間だった人間と殺し合いなどしたくはない。それに、自分だけであれば、クロエから逃げれるような気がしたのだ。
「ねぇ、タロー。あんた、どうしてそんなに自惚れられるの?」
クロエは子供に話しかけるように言う。
「正直、タロー、あんたのことなんてどうでも良いの。初めっからね」
「はあ? だったら、どうして俺を追放したんだ?」
「追放したのはファーベル。私はあんたを殺そうとしただけ」
「だとしたら、何故俺を殺そうとした」
タローがクロエに訊くと、クロエは嬉しそうに口元を歪めるだけで答えない。言葉の代わりに、行動で示してくる。
クロエは跳躍して、彼我との距離を一瞬で詰めてくる。左手に持っていた巻物を下手でタローに投げつけてくるのと同時に切りかかってくる。
タローの体術では避けることなど不可能。巻物は顔面で受け、短剣を避けることだけに意識する。バックステップ。後ろに小さく飛び、ナイフの軌道から届かない範囲に移動する。
完璧に躱した。そう思った瞬間、クロエの足が飛んできた。腹部への蹴り。体重が乗っていてタローは弾き飛ばされる。
「お疲れさんタロー」
クロエが笑い飛ばすかのように言う。確信していたのだ。その一撃でタローなど十分だと。
事実、皮の鎧しかつけていない防御力のないタローにとって、レンジャーであるクロエのキックは強烈だった。即死するわけではない。それでも、戦闘継続できるほどの体力は失われていた。昨日までのタローであれば。
「ヤレヤレだぜ」
タローはクロエの蹴りに驚いていた。パーティーを組んでいたときと比較にならない速度・威力に。ただ、それと同時に自分自身の体にも強さを感じ取っていた。これが、金で買った神の加護の力だと。
「馬鹿な。タローごときが」
「三日も経てば、代わるよな。俺もお前も」
タローは背負っていた長剣を抜く。店内に陳列されていた剣。火事のどさくさに紛れて持ち出したもの。使えるかどうかわからない。呪われていれば短剣を使った方が効果的かもしれない。それでもタローは勝負する。今の自分であれば、長剣を十分に使いこなしてクロエを倒せるような気がしていたから。
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