女の子がせらぴーと称して添い寝を所望したことにより、大変なことになりつつある俺の秩序
ゴロゴロ ゴロゴロ
ゴーロゴロゴロゴロ♪
そんな猫が喉を鳴らすような音が聞こえてきそうな程に、自由奔放な愛奈様は絶好調かつご機嫌だった。
「くふ、くふふふふ♡ 触ってみるとわかる、このガッシリしつつも柔らかでしなやかな筋肉。腹筋、背筋、胸筋大臀筋、大腿直筋……ふへへへへ♡」
傍から見れば、完全にイッてしまっている輩の目をして涎を垂らしかねない女。そいつが仰向けに寝ている俺の身体(筋肉)を思う存分触り、撫で回し、堪能している。さながら現在の俺はヤベェ儀式に捧げられた生贄か何かか。
などと思わなくもないが、実際は儀式なんてものはない。
単に猫の耳と尻尾でも生やしてそうな筋肉フェチの後輩ギャルが俺に添い寝と称して圧し掛かり、あちこち触っているだけだ。
「十分ヤバイけどな」
「んん、何がですカ?」
「この状況の何もかもだ!」
別に縄で縛られたりはしてないが、束縛されているという点では似たようなものだ。もし俺がこの部屋から逃走を図った場合、愛奈は遠慮なく保護者兼師匠の九錠先生に連絡するだろう。
そうなった場合、俺はどんな目に遭うのだろうか。事故とはいえ愛奈のチチを鷲掴みにした代償として俺が知る由もない同人界隈流の罰でも受けるのか。何をされるのか全く予想できないのが恐ろしい……。
「もー博武先輩ってばー。可愛い後輩が添い寝を所望しているのに嬉しくないんですか? 今ならこっそりお触りし放題ですよ? ほらほら、手を伸ばせばおっぱいもおしりもすぐ届くでしょ♡」
「そんなあからさまな罠に引っかかるとでも?」
「ヤダナー、別にテーブルの上にカメラを仕込んでおいて、先輩があたしにえっちな事した証拠を残して脅そうとか……考エテル訳ナイデスヨ?」
こいつッ、やってんな?
ますますどこも動かせないじゃないか。
「勿体ないですね~。せっかくだから先輩も今を楽しめばいいのにぃ~」
「身体をくねらせながらすり寄るんじゃない。びっくりするから」
お前のでかい胸が形を変えながら押しつけられてるせいで、とは言わない。
言えない。そんな堂々としたセクハラが言えたものか。
「こうしなきゃ添い寝にならないじゃないですか」
愛奈がころんと俺の上から転がって、今度は横から俺を抱きしめる。
その様子は木に捕まっているコアラのようなのだろうが、生憎俺は動けない木ではない。ガッツリしがみついてスリスリしてくる愛奈のすべすべした肌の感触もぬくもりもしっかり感じてるし、反応してしまう。
「フハァ~~♡ 先輩の筋肉せらぴ~最高です♡ これからしか摂取できないエネルギーが間違いなくありまス」
「そんな言葉を使うのはお前だけだよ」
「いやいや、これで案外同志はいますって。先輩が即売会で引っかけてた女の人とか」
「アレはお前がやれって言ったんだよな!?」
まるで俺が望んでやったかのように言いおってからに。
「ええー、案外ノリノリだったじゃないですか~。よっ、この筋肉殺し!」
「何も嬉しくない……あとコレはいつまで続くんだ……」
「あたしが回復するまでですネ♪」
「具体的に何分か教えてくれ。俺に文句言われながら変に長引かせるのも嫌だろ?」
「全然余裕ですけど?」
“それが何か?”と返されては呆れるしかない。
コイツは正真正銘、心の底からこの状況を喜んでいるというのか。普通に考えれば女子というものは他人の男との接触なんて論外で、触れ合いを許すのはよほど仲の良い相手――恋人とかではないのだろうか。
「なあ、愛奈。お前以外の女の子もこうやって気安く人に触ったり、抱きついたり、身体を許したりするのか」
「しないデスよ?」
「しないのかよ!」
「そりゃそうですよ。どう考えたらそんな質問が出てくるのか謎です。それとも先輩の身近にいた女の子はそういうのなんですか?」
きょとんとした感じで尋ねられると俺が困ってしまう。
おかしい、俺が愛奈の変さに対して質問していたはずなのに、気付けば俺が変なやつ扱いされている気分だ。
「……俺が知ってる限り、こんなにスキンシップしてくる筋肉フェチはお前だけだ」
「ふふふっ、あたしもこんなに面白――抗いつつも受け入れる人は先輩だけです」
こいつ今『面白い』つったか?
「まぁまぁ、あたしも鬼じゃないんでー。先輩の行動によってはこうしてる時間も短くなったりしちゃったりするわけでしてー」
「ココから更に何をしろって?」
「せらぴーですからね。この疲弊している愛奈ちゃんを先輩なりに癒してくれればいいんですよ♡」
「……もっと具体的に」
「ハグとなでなでと励ましの言葉を! 心を込めて!!」
ニッコニコの笑顔でものすごい注文をしてくるなこの女。
だが、断れない。
むしろ向こうから必要な理由――言い訳を提示してくれたのだ。常識をぶん投げてしまえば、男として破格の条件ではないか。
「……後で訴えるなよ」
「かもんまっちょー♪」
意味わからん独特な返事を機に、今度は俺から大きく広げた腕で愛奈をハグする。
もう理由作りも難しい。
みずから望んで、この可愛い後輩を抱擁していた。
年下の女の子の身体はこれまでに散々味わわされたはずが、こうして改めて自分からいってみると非常に衝撃的かつ刺激的だった。
柔らかい。気持ちいい。触れた場所が吸いついたかのように離れがたい。口の中が乾くのと熱いのは夏の暑さによるものだと誰か言ってほしい。
「んふふ、もっと強くても大丈夫ですよ♪」
「こうか?」
「そそ、いい感じです。そんで、右手は腰の方、左手は肩の方へ回す感じで……んしょっと」
ポスンと愛奈の頭が俺の胸にあたり、そのまま彼女は顔を埋めてくる。
「すんすん……はぁ~~~、これが先輩の匂いですかァ男くさっ♡」
「臭うのか……?」
「いやいや、ディスってないので。むしろあたしはこの匂い、ラブですよ」
「そういう事は気軽に言うなよ」
「正直に言ってるだけでース。嫌いだったら嫌いって言いますしィ♪」
なんなんだまったく。
どうして俺の方が照れなきゃならないのか。
「愛奈、その、言い辛いんだが……ちょっと体を」
「どこかダルいですカ?」
「ではなく、ほら胸とかが、な?」
「ァー……じゃあ、これでどうですか♡」
俺は少し離れないと大事なところが当たる的な意味で言ったのだが、
愛奈はその真逆で受け取ったのか一段階ギュッと距離を縮めてきた。
もうコレは何を言ってもダメだな。
心の中の俺が匙を投げる。ついでに密かに男の欲望全開でガッツポーズしはじめた。
「……もういい。次はなんだったか」
緊張と興奮が合わさって頭がバカになりそうだ。
「なでなでデスね!」
「尻をか?」
「さりげなくキモい人には、エロ先輩の称号授けましょう。学校で会ったら大声で読んであげますネ♡」
人を気軽かつ社会的に殺そうするな。
やはりこの女は侮ってはならないッ。
「か、髪でよろしいでしょうか」
「髪というか頭の上?」
「聞きかじっただけだが、そういうところを触られるのって嫌なんじゃ?」
「先輩ならいいデス! というかこの状態でイヤとかないですヨ」
……くっそ、さらっと特別感を出してくるんじゃない。可愛いじゃないか。
あー、もうほんとにダメかもしれない。
俺はこの変なヤツにどれだけ参ってしまっているのか。
そんな葛藤を隠すように、愛奈の身体の後ろに回していた手を頭の上へ伸ばしてなでる。水で濡れたものではなく、こうやって渇いた髪に触れるのは初めてだったろうか。彼女の長い金色の髪はとてもサラサラで、許されるならいつまでもこうしてたくなる良い触り心地だった。
ふとその煌びやかさに惹かれて軽く鼻を近づけて嗅いでみると、愛奈が近くにいる時のいい匂いがより強く感じられる。が、すぐにベチッと背中をタップされて中断せざるをえなかった。
「女の子の髪の匂いをクンカクンカするなんて変態ですカ」
「いや、お前が嗅いでたからいいのかなと」
「胸と頭じゃ釣り合わないデショ!」
「それだと胸ならイイって話になるが」
「ヘァッ!? …………そ、そんなに……嗅ぎたいです?」
こんな至近距離でそう確認されて『NO!』と答える男がいるか!
……くっそ、俺の理性がもう少し崩壊してれば遠慮なんてしなかったろうに。
「冗談だ。男と女の部位の価値が違うくらい、俺にもわかる」
「ですよねェ」
とてもホッとした空気を醸し出す愛奈だが、せっかく人がストップしたのにお前がそこで顔をグリグリ押しつけてきたら意味ないだろ。
されても文句は言えないぞ。脳内裁判では満場一致で「無理もない」判決だ。
「それじゃフィナーレに励ましの言葉をプリーズ」
「が、頑張ったな?」
「ブッブー、それじゃ心がこもってないのでNGですネ」
「そうは言うがな。具体的に何に対して励ませばいいのかが……」
「んー、じゃあお話しながら適宜励ましてくださイ♡」
そう告げた愛奈が添い寝を続行したまま話しだす。
要するに愚痴だ。彼女が口にすると大分軽く感じはしたが、その感覚は俺が彼女の抱えたストレスをあまり理解できていないせいだ。
「師匠が言ってました。二次創作の同人誌と商業の漫画を書き手は全く同じものとして見ちゃいけない。特に愛奈はオリジナルがへたっぴだからっテ」
のっけから専門的な話らしく、俺は黙って先を促した。愛奈も全部が伝わるとは思っていないのか、深掘りすることもなく起きた出来事だけを記憶から抽出しているようだ。
「二次創作は自分の大好きを詰め込んで作ります。だから元ネタがあって、元になるキャラが既にあるわけです。あとはソレをどう自分なりに描くかになるんデスが、オリジナルは一から考えないといけませン。あたしの場合は、その一からが苦手なようで……描きたいイメージを上手く絵にできませんでした」
ポン、ポンとゆっくり背中を叩くと、くすぐったそうに愛奈が身をよじる。
「何が描けなかったんだ」
「理想の肉体――筋肉です!」
わかりやすすぎて涙が出そうだよ。
「ボディビルダーのようなゴリゴリのマッチョもいいんですが、あたしが大好きなのはしなやかな筋肉が一見細身に凝縮されてて服の上からだとわかりづらいけど、脱いだらスゴイんです的なアレでして――!!」
「話の腰を折ってしまうが、先に進んでくれ」
「えっ、人をこんなに火照らせといてですカ!? そんな殺生ナ?!」
「わかったわかった! 一回だけ好きな場所に触ってイイから!」
「え、マジですか。じゃあこ、股か――」
それは勘弁してくれの意を表すため、俺はガッチリ股を閉じて手が入る隙間を消した。巻き添えで愛奈の足を挟んでしまったが、さすがに今そのラインは超えては励ますどころの話じゃないのだ。
「ぶー、ぶー」
「許せ、そこは男の聖域だ」
「精逝き?」
「絶対字が違うだろ……」
「ソンナコトナイデスヨー……あ! そういえばあたし、パイセンに言いたい事があったんだっタ!」
目を泳がせたかと思いきや、ノリと勢いで誤魔化すように愛奈の話題が急転換する。
「こないだ先輩は『可能な限りなんでもお願いを聞く』って大変魅力的でありがたい提案をしてくれましたけど、アレは良くないでス! そんなことしてると今に大変な目に遭いますよ」
こ、こいつ……その大変な目とやらに自分が遭わせてる自覚がないのか。大物だな。
「そうならないように可能な限りって言ったんだよ」
「今度からは自己判断で厳しい物は不可、と契約書に書いたほうがいいです」
「わかった、イベント会場に無理矢理連れてくのはNGにしとこう」
「それはダメ」(キッパリ)
おいこら。
「まあこの件については後々代案があるので伝えるとしまして……。そう、それで理想の筋肉が描けなかった私は、あのプールに行ったわけです」
「なんで筋肉を描けないのにプールなんぞに……」
「話せば長くなるんですが――」
この後、愛奈の話はまとまりがなく本当に長かったので要約するとこうなる。
理想の肉体が上手く描けない愛奈は、ならば現実でソレに近い物を観察しようと考えた。第一候補は海だったが、当初の愛奈は見事なカナヅチ。そこでプールで泳げるようになる → 海へ行く → YES!! の流れで行こうとしたらしい。
「したら、プールでまさかの運命的な出会いがあったわけデス」
「仰々しい言い方だ」
「溺れてるところを助けてくれた人がドストライクの身体の持ち主な上に、水泳部のエース。大分お人よしでお願いしたらつきっきりで泳ぎも教えてくれて、カナヅチを克服できたってだけで十分ドラマチックでしョ!」
「た、確かに……」
そのあとソイツは挫けた心を立て直し、水泳を再開する決意を固めたわけだしな。
……ドラマチックなのは愛奈だけじゃない。俺もコイツにとても助けられてる。恩人といって良い。
そう思えたからココでこうしてる訳だしな。
「先輩のおかげで絶望の淵から這い上がれますよ。師匠と同じように『二次創作はまぁまぁだけど、オリジナルは微妙』とか言いおった編集の人もまとめて見返すチャンス到来です!」
「ああ、良かったな」
コイツもコイツなりに葛藤している。
その事実が共感を呼び、俺の心のブレーキを外した。一気に愛奈がいとしくなって、要求されるまでもなく抱き寄せてしまう。この初めて感じる強い気持ちがなんて呼ぶのかはわからないが……少なくとも頑張って立とうとしてる愛らしい子猫や子犬に感じるものには近い。
「ふえ?」
「頑張ったな愛奈」
すっとんきょうな声に被せるように、愛奈の耳元で励ましの言葉を囁く。
「お前には助けられた。訳わからん時もあるし振り回される事もあるが、お前が俺を救ってくれたんだ」
「……あ、あの」
「正直、絵や漫画の事はよくわからない。けど、愛奈の絵は良い絵だよ。少なくとも俺はそう思う」
「…………」
「二次創作が上手いけどオリジナルは下手? だからなんだ。そんなのお前ならすぐに越えられる。明日の愛奈は今日の愛奈より先に進んでるんだ」
たとえどんなに短い一歩でも進むのは大事な事だ。水泳がたったひとつの動作でタイムが変わるように。
「俺は伊達や酔狂で『なんでもお願いを聞いてやる』なんて言わない。それだけの事をしてもらったと考えたからそうするんだ。改めて愛奈が望むなら、いくらでも協力してやる」
だから――。
「だから、たくさん休んだら満足するまで頑張ってみよう。無理はせずに、な」
「…………」
幼子をあやすように頭をなでながら、俺は言葉をかけ続けた。
愛奈からは何の返事もない。果たして今の言動をどう受け止めたのかはわからない。
ただ、彼女がそう望んだのだから。
俺は出来る限り、励ましてやるだけだ。
「…………ふふふっ♪ せんぱい、励ますの上手じゃないですか」
「スポーツで誰かの応援をするなんて日常茶飯事だからな」
「なるほど……納得デス。ふわぁ……なんか急にすごく眠くなってきちゃいました」
「寝ればいい。九錠先生が戻ってきたら起こしてやるよ」
「はい……じゃあ、お願いしま……ス♡」
顔を下げると、とろんとした愛奈の目蓋が完全に落ちていくところだった。
よほど疲れていたのか、はたまた寝つきがいいのか。すぐに穏やかな寝息が聞こえてきて、ホッと一安心だ。
空調がしっかりしてるとはいえ身体が冷えるといけない。近くにあった薄いかけ布団を愛奈にかけて、それから起こさないように俺はベッドから離れようとする。
だが、身体を離そうとした時に何かが服を引っ張られた。ソレは寝ているはずの愛奈の手で、彼女のおねだりを伝えようとしているかのようだ。
「……おおせのままに」
軽く呆れながら添い寝を続行すると、心なしか愛奈の表情がさらに緩んだ気がする。
そのままの体勢でいると、俺にも眠気がやってきた。寝てはマズイと感じつつも、強烈な睡魔とほぼ密着している後輩ギャルの心地よさには抗えず……。
一分も経たない内に、俺の意識も沈んでいく。
――その結果、九錠先生に色々とお叱りを受けるハメになる事を、この時の俺はまだ知らなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ここまでお読みいただきありがとうございます!
本エピソードにて、また一区切りとなります。
もしよろしければ、
イイネと感じたら『♡』を。
面白い・イイゾ~・最高DAZE、等を想っていただけたようでしたら、★1~★3評価をお願いいたします。★1でも超ありがたいです。
引き続き読んだるでーとなるのならフォローもよろしくお願いいたします!
次回からは水泳の話になります。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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