ようこそ悪の組織庁へ!

夏歌 沙流

第1話

 魔法少女やヒーローに、子どもの頃に憧れたことは無いだろうか?巨悪を倒し、正義を貫く――そんなテレビの中の妄想フィクションに。


「スターライトアロー!」

「バーニングナックル!」

「無駄だ!そんな攻撃など恐るるに足らん!」


 そんなテレビの中のフィクションだった話がある日突如としてテレビの中から出てきてしまったと言えば、子どものころの俺はどう思っただろうか?


 魔法や異能……まさにファンタジーな力が人類に発言し、人々は気軽に「魔法少女」や「ヒーロー」になれる世界に時代は変化したのだ。


「くっ、私の全力でも倒せないなんて……ッ」

「こうなりゃ2人で力を合わせるしかねぇ!」

「雑魚が力を合わせても、烏合の衆であることを思い知るが良い!」


 そんなが起きると何が起きるのか?そう、悪の根絶だ。悪という悪が正義の名の下に私刑に処され、迂闊うかつに犯罪を犯すような悪がいなくなったのだ。


 良いことだと思うだろう?国も最初は良いことだと思って放置していた……しかし、悪が無くなってから始まったのは「自分がより正義だ!」というマウント合戦による魔法少女やヒーロー達による同士討ち。


 荒れ狂う魔法によって周りは酷く破壊され、異能の力によって多くの死人が出た。


 家を破壊された者は相手を悪とみなして自分の正義報復行為を行使し、家族を殺された者もまた自身の正義を相手にぶつける復讐する


 そんな世紀末な出来事が繰り返される無法地帯になってしまったのが、8年前の事。


「はあああああぁぁ……」

「んんんんんんんん……」

「な、なんだこの力は!?」


 そんな事態になってしまった事を重く見た政府は、秘密裏にことを決定した。

 言ってしまえば、魔法少女やヒーローが力を使ってガス抜きをする場を用意したのだ。


『これが2人の力だ!バーニングライトシャワー!』

「ぐわあああああああああああ!!」


 人は『正義』という言葉に弱い。自分が絶対的に正しい立場にいると思ってしまったとき、時に残虐性を持って『正義』を執行しようと人々は行動してしまう……っと。


 そろそろ潮時か……俺は目の前にいる魔法少女とヒーローの合体技を食らった振りをして姿を消す。これで周りからは「悪者を倒した!」という風に誤認させることが出来るだろう。


 俺は路地裏にささっと隠れ、スマホを取り出す。


「お仕事完了いたしました」

『おつかれさまでした~! いやぁ、何度見ても惚れ惚れするようなやられっぷりでしたね!』

「褒められている気がしませんが……まあ、経験がなせる技です」

『いやいや褒めてますよ~魔法少女とヒーローをいなすことが出来るのは、世界中でもそういませんって』

「ははっ、ありがとうございます。報告に戻りますので、また後ほど」

『はーい、待ってまーす』


 ホッと一息を付くと白い煙が口から出る。もう冬だな、仕事終わりに缶コーヒーでも買うか……。


 『悪の組織庁』――俺が所属している裏の政府組織にはあらゆるが集まっている。誰にも知られることは無く、誰にも褒められない……そんな裏の政府組織だ。


 さっき言った『政府が秘密裏にあえて悪を作ること』を目的として作られたこの組織は、定期的に全国にを派遣する仕事を請け負っている。


 治安の維持という一面において、悪の組織庁は一定の成果を上げていた……水面下で広がっているを除けばだが。


「ふぅ……」


 俺は更衣室で仕事着である黒一色の燕尾えんび服を脱いで、普段着に戻る。『悪の組織庁』は服装自由ってのが売りの1つだ。


 更衣室に備え付けられている全身鏡に自身の姿を映す。24歳にしては目のクマが濃くなってきており、ますます悪人面が堂に入ってきている……。


 同年代と比べれば引き締まっているであろう自身の身体には、無数のアザが出来ており、この仕事のハードさを物語っていた。


 魔法少女やヒーローを倒してはいけないし、攻撃を避け続けてもいけない。正面から受けて『まるで何も無かったかのように振る舞わなければならない』。


 有望な人材ほど、そういった『なかなか倒れない強い悪』というスタイルを求められる。仕事を早く終わらせられる奴ほど無理難題な量を押し付けられるのは、どこの界隈でも同じだな……。


 紺色のセーターの上に黒いコートを着た俺は、そのまま更衣室に備え付けのベンチに座って自販機で買って来た缶コーヒーを開ける。


 かこっという小気味良くプルタブが開く音をボーっと聞きながら、俺は一気に中身をあおった。


 まあ、そんなハードな仕事が常人には続くはずも無く……『悪の組織庁』は慢性的な人手不足に陥っていた。


 先ほどの『ある問題』とは、まさに人材不足のことであり。「あらゆる悪が~」だなんて言ってはみたが現状は秘密のアルバイトとして学生を高い給料で釣っている状態だ。


 『悪の組織庁』のベテラン枠としてよわい24の俺がいる時点で、どれだけこの仕事が人手不足なのかよく分かるだろう。


 確かに悪の組織庁は一定の評価を出している。だが、このまま人材不足が長引けば「悪がいない地方」が出来てしまい……そこは8年前と同じ光景が広がることになるだろう。


 だが、効果的な人材募集の案を政府が出せていないことも事実……八方塞がりで、時間だけが過ぎている現状だった。


 はぁ……とため息をついた俺は、飲み切った空き缶を備え付けのゴミ箱に投げ入れて更衣室を出る。向かう先は『悪の組織庁』の受付だ。


「ただ今戻りましたー」

「あ、高野原たかのはら君!お疲れ様です~、商店街での戦闘なんて難易度の高い仕事を急に任せちゃってすみませんでした……」

「いえいえ、流石にアルバイトの学生には任せられませんから」


 俺は苦笑しながらそう言う。アルバイトすら貴重な人材だ、悪役に憧れた厨二病の学生さんですらも俺達にとってはありがたい。だから、商店街といった場所は行かせられないんだ。


 そこに味方は誰もいない。野次馬も、相手も……あるのは敵意の視線と存分に力を振るえるという本気の殺意。そんな環境に学生が精神的に耐えられるはずもない。俺も割と精神がギリギリの状態でやっている。


 攻撃を避ければ被害は周囲に及ぶし、受け止めるのをミスればそれこそ死……魔法少女やヒーローはそういった「悪役の命」など考えもしないから、攻撃は激化していく一方だった。


 赤いアンダーリムの眼鏡がトレードマークの受付さんが、そんな俺の言葉に力なく微笑む。彼女も分かっているのだろう、なにも言わずに唯々俺に頭を下げるのだった。


「もう嫌だ……っ、辞める……辞めてやるこんな仕事……」

「速く! 治療室に運び込むんだ!」

「傷が深い! できる限り揺らすんじゃ無いぞ!?」

「なんだよ……っ、どうしてだよ……」


 入口の方が騒がしい、俺が入口の方に視線を移してみると血まみれの担架が運び込まれてくる。担架の上には腹部に大穴を開けて苦しそうにしている若い学生の姿が苦悶の表情を浮かべていた。


 大粒の涙を溢れさせながらうわごとのように辞めてやる、と呟いているのが聞こえる……ああ、


「あれは、辞めちゃいますね……」

「仕方ないですよ、自分の命を賭けて『負けなきゃいけないんですから』」


 もう何度目だろうか?最初の頃は動揺していたが、何回も同じ光景を見ているうちに自分の中の何かが壊れたのか……冷静に状況を見られる様になっていた。


 確実に、人間としての当たり前から離れていっている。俺はいつまで、自分を『現実に生きている人間』だと思い続けることが出来るだろうか。


「――さん、高野原さん!」

「あ! はい、なんでしょうか!?」

「……高野原さんは、辞めないで下さいね?」

「……っ」


 受付さんが俺のコートの袖を引いて、すがるような目でそんなことを言われる。俺はそれに、すぐに答えられることが出来なかった……。

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