第4話
ある商店街を、若頭に探ってこいと命じられた。
敵対する
といっても、噂に過ぎない。
最近の俺は働き過ぎてたらしく、若頭の命令には“少し休んでこい”って意味もあったらしい。兄貴がそう言ってた。
若頭のお情けにゃありがてぇ話だが、俺は動き回っている方が性に合っている。
噂だろうがなんだろうが必ず尻尾の一つでも掴んでやる。そう意気込んでいた。
……だけど、実際に行ってみると驚いた。
俺が中学生の時に世話になった喫茶店のある商店街だったからだ。
――あの時、俺を介抱してくれたじじいは、まだ生きてんのか?
確認しようと店に行こうと思った。でも、こんな平和な商店街に俺みてぇなヤクザがのこのこ歩いてりゃ客が引いちまうかもしれねぇ。そう思って、中々行けなかった。だから、夜に活動することにした。
商店街は20時を回ると大抵の店が閉まる。あの店をのぞけば。
閑散とした夜闇に一つの明かり。喫茶・ナグモは闇を照らす一筋の光のようだった。
「……じじいみてぇな店なんだな」
胸が妙に温かくなる、変な感じがした。
ホテルに帰ろうと、路地裏の前を通りかかった。暗がりで影が動いて、コソコソ何かしている。……怪しい。
幸いあちらは俺に気づいておらず、息を殺して様子を伺う。
2人組だ。男がもう1人の男に何かを手渡している。渡した方は、辺りを見回してから奥の闇に消えていった。
……何かの取引か?
もう少し近寄ってみようと動いてみると――ガサッと足音が鳴ってしまった。
「誰だっ!?」
男が辺りを警戒し、懐に手を入れる。
……まずい。でもこの様子じゃカタギじゃなさそうだな。
「クソッ、出てこい!」
今にも懐のものをぶっ放しそうな剣幕で、逃げるのは難しそうだ。
観念し、両手を上げゆっくりと男の前に立つ。
「おいおい。さすがにここで銃声はまずいんじゃねぇか」
男の方を見据える。捲られた袖の中から赤い刺青が覗く。左手は封筒を握り、鋭い眼光を飛ばしてくる。
顔には見覚えがあった。確か以前写真で見た。秋山組の構成員だったはずだ。
「……てめぇ、
相手も自分の顔を知っていた。まぁ幹部ともなれば他のヤクザにも顔と名前は覚えられるものだ。
「お前はここで何してた?」
「俺が聞いてんだろ!」
「……吐かせた方が早いか」
闇に目を凝らす。周囲に俺たち以外に人はいないことがわかった。耳を澄ませる。目の前の男の荒い息遣いが聞こえる。
――よし。銃を構えるより先に俺が間合いを詰めれるな。
一気に距離を詰めて、手から封筒を払い落とす。
男が慌てている隙に壁に押しつけ、両手を右手で頭上にまとめた。喉を絞め上げれば、相手はもう抵抗すらできねぇ。
「もう一度聞く。お前はここで何をしていた?」
「ぐっ……誰がっ、話すかよ」
「そうか。残念だ」
喉に更に力を込める。
「……っあ、話す……話すからっ、手を……離してくれ」
「わかった」
下っ端構成員なのだろう。やけにあっけなく折れた。
解放すると、男は咳き込んだ。
「……取引してたんだ」
男は肩で荒く呼吸しながら、小声で吐き出した。
「なんの取引だ」
「この商店街の……再開発がスムーズに進むように、反対してた地主に金を握らせて、黙らせる……そういう手筈だった」
再開発は噂ではなかった。
封筒を拾って中身を確認する。中には商店街の地図と契約書のような紙が入っていた。よく目を凝らすと、その契約書には、地主と思しき名のサインがある。
……じゃあ、さっきのもう1人の男は地主ってことか。
懐にさっさと封筒をしまう。これを証拠に事務所に持って行くか。
一瞬、気を抜いていた。
眼前に拳が迫る――寸前、ギリギリで躱す。
「ッチ。 やっぱ幹部はつえーなぁ!」
「見逃そうと思ったが、訂正するぜ」
躱したその勢いのまま、男の頭に思い切り拳を入れた。
ゴン。鈍い音がした。
その場で男が倒れる。殴った衝撃と地面に頭をぶつけた衝撃が重なったのか、頭からは血が流れている。
意識を失ってはいるが、死にはしないだろう。
とりあえず、誰かにバレる前にここを離れなきゃな。
路地裏に背を向け、来た方へ戻って行く。
すると――猫がいた。
白い猫。こいつ、喫茶店の……?
そのすぐ後ろから人の気配を感じた。
まさか、じじい――確認するべく外灯の下に出て、光を浴びる。その期待は裏切られた。
若い男。大きな瞳に整った顔をしている。
……誰だ?
若い男は、無遠慮にこちらをじろじろと見てきた。
ああ、そうか。俺が怖いのだろう。
はぁ。溜息が出る。
面倒臭いが、相手はカタギの人間。
「別に取って食いはしねぇよ」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、若い男は口をぽかんと開けている。
「えってお前、俺が怖いんだろ」
「いえ、別に。怖いというより……」
「なんだよ」
怖くない? 俺を初めて見たやつは大抵怖いという印象を抱く。それ以外になんの感情が湧くってんだ。
急いでこの場を去らなきゃなんねぇんだから、続きを早く言え。
若い男は白猫を抱き上げて撫でた。白猫は大きくあくびをする。
「……寂しそう、ですね」
サビシソウ。あまりに聞きなれない言葉に、頭が解釈を拒んだ。
何を言ってるんだこいつ。意味わからねぇことぬかしやがって。
俺が声を荒げてみせても、怯まずに言葉を続けた。
「もし良かったら、店に来ませんか」
店って、じじいの店のことか。それともこの男の店のことか?
「何で俺が」
ヤクザが来たら店の迷惑になるだろ。
「僕、すぐそこの喫茶・ナグモの店主で南雲優紀といいます。朝の10時半開店で、夜の21時に閉店です」
その店は――よく知ってる。
そして悟った。
……じじい。死んじまったんだな。
今の店主はこの若い男なのか。
柔和な笑みにじじいの顔が重なる。少し、似てるか。
ずくんと胸が痛み、足から力が抜ける。
まだ何か若い男――南雲が話しかけていたけど、適当な返事をした。
深く考えられない。
「僕は、あなたに来て欲しいです」
――あ。記憶が蘇る。
じじいも、同じようなことを昔、俺に言った。
俺みてぇなヤンキーなんか来ても困るだろうと、半ばやさぐれながら言った。でも、じじいは真っ直ぐに俺を見て
「私は君に来て欲しいんだよ」
って。
……そうか。そうだった。
あの時、周りが敵だらけだった俺の唯一の……居場所。
それがじじいの店――。
どうして、忘れちまってたんだ。クソッ。
……南雲には気が向いたらと返事をしたが、間違いなく俺はまた喫茶・ナグモに行ってしまうんだろうな。
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