【BL】喫茶・ナグモへようこそ

フウト

第1話

 喫茶・ナグモは21時閉店。

 ドア前の表看板をひっくり返すと、オープンからクローズの文字へと変わる。

 これで本日の営業は終了。

 思い切り伸びをして、店に戻ろうとしたら、いつの間にかフクが足元にいた。

 フクは真っ白い毛のおじいちゃん猫で、店の看板猫でもある。


「あれ、フク! ドア閉めてたはずなんだけどなぁ」


 ニャーン。可愛い鳴き声で何か言いたげに僕を見つめてくる。

 ご飯はもうあげたから、遊んでほしいのかな。

 フクを抱き上げようとしたら、するりとかわされてしまった。


「ああちょっと、どこ行くの!」


 幸い走り出すことはなく、少し進んですぐに止まった。

 良かった。この商店街の奥の路地でヤクザを見たって、隣の整体のおじちゃんが言ってたし夜は特に気をつけなきゃ。

 フクのもとへ駆け寄ると、暗がりでよく見えなかったが、目の前で人の気配を感じた。

 音もなかったから誰もいないとばかり思っていた。商店街の誰かかな。でも、みんな僕より先にお店を閉めるから21時を過ぎたら普段はほとんど人影もない。

 影が動いて、外灯の下に出る。

 照らされて浮かび上がったのは、思っていたよりも大男で、鋭く冷ややかな目をしていた。

 この人、なんか……。

 無遠慮にじろじろ見たことに男は気を悪くしたのか、小さくため息を吐いた。


「別に取って食いはしねぇよ」

「え?」


 取って食う? 何のことだ。


「えってお前、俺が怖いんだろ」

「いえ、別に。怖いというより……」

「なんだよ」


 沈黙が流れる。少し気まずい。

 続きを言えと言わんばかりの視線の圧を感じる。

 言ってもいいのかな。初対面なのに。

 気を紛らわすために、今度こそフクを抱き上げて撫でた。

 白猫は我関せずと大きくあくびをした。


「……寂しそう、ですね」

「あぁ?」


 男は声を荒げた。結構凄みがある。

 怯んでしまいそうになる。だけど、僕には約束があるから──。


「もし良かったら、うちに来ませんか」

「なんで俺が」

「僕、すぐそこの喫茶・ナグモの店主で南雲優紀なぐもゆうきといいます。朝の10時半開店で、夜の21時に閉店です」

「だからなんだよ」

「いつでもお待ちしてますので、ぜひご来店くださいね」

「フン。俺みてぇなやつに営業かけんなよ。どうせだったら女にでも声かけろや。お前無駄に面が良いみてぇだしよぉ」

「僕は、あなたに来てほしいです」

「なっ! ……ま、気が向いたらな」


 男はそう言って、一瞥もせずに夜の闇に溶け込んでいった。

 不思議な人だな。鋭い眼差しの奥に、誰にも触れられたくない過去をしまってるような──そんな気配があった。


「って、あ! 名前聞きそびれちゃったね、フク。……お店、来てくれるといいね」


 フクはニャッと短く鳴いて、同意してくれたように見えた。興味なさそうに見えてしっかりとことの成り行きを見守っていたのだろう。


「明日の仕込みもあるし、戻ろっか」


 カランコロン。

 ドアを開くと、年季の入ったドアベルが静かに鳴った。

 だけど微かに鈴が踊っているように揺れた。





 

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