第81話 抜け駆け

「おい! まだ出航しないのか!? 王女が館にいる今がチャンスなんだぞ!?」


 豪華に飾り立てられた一等船室で、周りにつかえる下男に毒づくこの男の名はトゥナ伯爵。フィーアポルトの領主である。

 先程から下男を船長のところに何人も送っているというのに、返事が無いどころか、帰って来た者さえ一人もいない。何やら様子がおかしいことは肌で感じていたが、それを自身で確かめに行く勇気は無かった。

 なのでまた下男を差し向けるのだが、結果は同じ。最後の一人を送り出しても下男は帰って来なかった。


「くっそッ! あいつら逃げやがったな!?」


 自身の周りを囲う護衛に文句を垂れたところで、誰一人返事は来なかった。


「くっそッ! あいつだ! あいつが来てからおかしくなったんだ!」


 伯爵が罵るあいつとは、リンタロウという一介の冒険者プレイヤーのことだ。

 それまでの冒険者といえば、伯爵にとっては太鼓持ちのようなものだった。自分があれをしろ、これをしろと言えば、エサにつられてホイホイ尻尾を振る粗野な犬だ。

 人工宝石の作り手も冒険者だった。街で自分に逆らう者がいないか光らせていた『目』が、人工宝石を売る冒険者を見つけたのだ。

 それはまさに錬金術だった。あれよあれよという間に人工宝石は伯爵に一財産を与え、海賊どもにそれを与えることで、フィーアポルトを裏からも支配する絶対権力をトゥナ伯爵に与えた。

 邪魔だった冒険者ギルドのギルドマスターであるセイゴは殺し損ねたが、病床から動けなくすることに成功した。

 人工宝石さえあれば、こんな地方の領主ではなく、中央の有力貴族の仲間入りだって夢じゃなかったのだ。


 さあ、これからだ。というときにその男は現れた。

 人工宝石のことを嗅ぎ回っていたその男の『目』は、あっという間に伯爵じぶんをその視界に捉えてみせたのだ。

 海賊をけしかけ、街から追い出し、傭兵まで遣わしたというのに、そのどれも決定打とならず、あのリンタロウという男は自分の首に噛みつくために戻ってきた。

 トゥナ伯爵は会ったこともないその狂犬を想像するだけで恐ろしくなり、ベッドで布団をかぶり震えるしか今はできなかった。

 だがもう少しである。外国行きのこの船が出てしまえば、あいつもさすがに追ってくることはできないだろう。伯爵の地位と権力は惜しかったが、命には代えられない。何、財産ならいくらでもあるんだ。何なら行った先の国で爵位を買えばいい。人工宝石の作り方もあの冒険者から聞き出している。金ならいくらでも産み出せるのだ。

 今頃は自分の影武者が人工宝石の作り手と一緒に捕まって、尋問でも受けているのだろう。そう思うと伯爵は自身の胃の腑から笑いが漏れるのを抑え切れなかった。


 コンコンコン……。


 そこにノックの音が響く。


「だ、誰だ!?」


 伯爵は思わず大声で叫んでしまっていた。


「トゥナ伯爵、もうすぐ出航だそうです。それで船長が一言お話がしたい、と」


 なんだ下男が戻ってきたのか。と人心地ついて気を大きくした伯爵は、護衛の一人に部屋のドアを開けさせる。と、


 ドスッ!


 ドアを開けた瞬間、向こうに立っていた一見したら街人のような男の蹴りで護衛は倒されてしまった。


「ひいっ!? なんだきさまは!?」


 ゆっくりと部屋の中に入ってくる男。それに合わせて残る護衛が、トゥナ伯爵を護るように剣を抜く。


「いやぁ、やっぱりこんなことだろうと思ってたけど、当たってたねぇ」

「誰だと聞いているんだ!」


 伯爵を無視して豪奢な船室を眺めていた男は、伯爵と目が合うとニヤリと少年のような顔に笑みを浮かべた。


「どうも、リンタロウでっす。冒険者やってまーす」


 それを聞いた伯爵の顔は、蒼白を通り越し土気色に変わっていた。

 同時に伯爵の護衛たちが剣を振るいリンタロウに襲い掛かるが、その全てをかわされ、皆リンタロウの一撃のもとにKOされていった。残ったのはトゥナ伯爵だけだ。


「だ、誰か! 誰か来い! 賊が侵入しているぞ!!」


 伯爵は声を荒げて助けを呼ぶが、返事をしてくれる者は一人もいなかった。


「ざ〜んね〜んでした。悪いがこの船に乗ってたやつらには全員気絶してもらっている。残ったのはあんただけだぜ、トゥナ伯爵」


 リンタロウのその言葉だけで、


「ひぃ…………」


 トゥナ伯爵は白目を剥いて泡を吹いて気絶したのだった。



 トゥナ伯爵の館にいたアキラたちが、トゥナ伯爵が影武者だと分かって港までやって来たのは、それから一時間後のことだった。

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