第45話 ゴブリン

 ザクッ!


 オレの赤狼の牙でできたナイフが鹿の首を切り裂く。すぐにその場を離れると、鹿首の切り口から血が噴き出した。鹿は何が起こったのか分からないまま倒れ絶命した。

 今日仕留めた三匹目の鹿だ。鹿は魔核と素体に換わる事なくその場に死体として横たわっている。


(なんというか、存在感がスゴいな)


 魔核と素体に換わる魔物と違い、死をマジマジと実感させる。オレはそれをポーチのマジックボックスにしまった。獣の解体なんてオレにはできない。後でブルースにやってもらうのだ。


「今日はもう一匹仕留めたら終わりにしよう」


 オレの後ろでオレを操っていたマーチが話し掛けてくる。


「そうだな」


 今日でマーチの特訓を受けて三日目になる。格闘術のレベルがガンガン上がっているのは、ナイフ一本で鹿を仕留められることから自分でも分かるが、この方法、何故かスゲエ体力を削られるのだ。自分に合わない無理な動きをしているからかも知れないが、ゲームからリアルに戻った後でも疲労感が抜けず、授業中に爆睡してしまうほどだ。

 マーチとしても疲れるらしく、二日目は二匹でいっぱいいっぱいだった。



(さて、次の獲物を探すか)


 とオレがバフで視力を強化して辺りの探索に気を回した瞬間だった。オレの身体がマーチによって明後日の方向に動かされ、何かを叩き落とす。

 オレが叩き落としたものに視線を向ければ、そこには折れた矢が地面に転がっていた。


「マーチ……!」


 オレがマーチに声を掛けるのと同時に、茂みから何かが飛び出してくる。


「!?」


 オレの頭は理解が追い付かない動揺でパニック状態だが、マーチは冷静にオレを動かし、その何かの攻撃をかわしてくれる。

 茂みから飛び出しオレを攻撃してきたのは、林に紛れるような緑色の皮膚をした、子供ぐらいの大きさの「何か」だった。


「ゴブリン……」


 マーチが忌々しげに呟く。

 ゴブリンと呼ばれた小人は、手に銅の短剣を持ち、それでオレを攻撃してきた。だがマーチに操られるオレにはその攻撃は当たらない。

 何度か躱し、攻撃してきたゴブリンが隙を見せた一瞬を狙い、オレがナイフで攻撃しようとしたところに、また矢が飛んでくる。

 それを弾くと目の前のゴブリンが攻撃してくる。それを後ろに飛んで避けると、今度は後ろの茂みからゴブリンが飛び出してきた。


(挟まれた!)


 ナイフを持ったゴブリンの攻撃を、着地と同時に身体を捻って避けたが、避け切れなかった。左腕に浅い傷ができていた。


(クッ、今はマーチに操られる状態で斥力バリアが使えないからな。しかもこいつら賢い。オレをマーチから遠ざけるように誘導してやがる)


 二匹のゴブリンはオレとマーチを分断するような位置に陣取ると、オレをジリジリと後ろの茂みの方へ追い込んでいく。ということは……、


 ガサッ!


 と後ろの茂みから、二匹のゴブリンより一回り大きいゴブリンが飛び出してきた。


 ドシュッ!


 三度も同じ手は食わないよ。マーチとのリンクを素早く解除したオレは、ポーチから銅貨を出して後ろのゴブリンに一撃食らわせた。


「グアッ!?」


 右手を潰されたゴブリンは、銅の剣を落としうずくまる。

 そこにさらに攻撃を加えようとしたところに、後ろから二匹のゴブリンが、茂みから矢と強風が吹いて攻撃してくる。

 が、間一髪でそれらの攻撃を捌く一体の人形。マーチの人形だ。


「早くこっちへ!」


 叫ぶマーチに促され、オレは攻撃が通らなかったことで動揺するゴブリンたちの包囲網を抜けて、マーチの元までたどり着く。


「逃げるわよ!」

「ああ!」


 オレはマーチの言を聞くまでもなくその場を後にしていた。あのゴブリンとか言う魔物、かなり知恵が回る上に、オレなんかよりずっと戦い馴れしてやがる。このままなら全滅だった。

 オレたちは一目散にその場を離れ、トレシーへと引き返していったのだった。

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