名前、呼び方、好きなもの 03-3
「なにしてるの?」
「え、映画を見てました……」
「なるほど?」
「言い訳いいですか?」
「どうぞ──と言いたいところだけど、先座ろうか。両手ふさいだまま立ち話もなんでしょう」
「あ、はい」
いそいそ、と都合よく空いていた四人かけ椅子に腰かける。
千夜は手持ちのコーラに口に含みながら、「それで?」とうながす。
コーラは氷がとけていて、ひどく水っぽい。
「今日、友達と約束をしてたって話はしたじゃないですか」
「うん」
「……暇になったんです。それで、まぁその、映画もいいかなと思いまして」
「はいはい。いいと思います」
「また顔合わせるのも……と思っていたので、すぐ帰るつもりではあったんですけど……」
真魚は、自分の手元にあるポップコーンと飲み物を見つめていた。
千夜が手にしているそれと同じくらい、中身は減っていないように見える。
それを見て彼は、ぼくが言ったことを気にしたんだな、と思った。きっと普段は、あまり飲み食いをしないタイプなのだろう、と。
「食べきれないなら半分くらいもらおうか?」
「……いえ、自分で食べますっ」
「そ。じゃあお互いがんばろう。いや、結局ぼくもだいぶ残してしまった」
「……いつもそんな感じなんですか?」
「まぁ……そうだなぁ。捨てるのももったいないし、映画はじまる前に食べきれなかったぶんとか飲みきれなかったぶんは、終わってから適当に。捨てちゃうのはちょっともったいないし」
「なんか、おじさ──、こほん。……小池さんらしいですね」
「別におじさんでもいいよ。否定しがたい年齢であることに自覚はある」
「いえ、なんというかその……こういうことを言われると迷惑かもなんですが、あんまり他人っていう気がしないと言いますか、だいぶお世話になったので、おじさんって呼ぶのも失礼かなとか思ったりもしてですね」
「気にしいだなぁ」
「そう、でしょうか」
「いいと思うよ。君──、桶内さんのいいところだ。いい子なのがすごくよくわかる」
「……」
照れ臭そうに真魚は顔をそむけて、ポップコーンをしゃくしゃくとかじる。
千夜も苦笑して、ポップコーンを口にする。香ばしい。
「ところで見てた映画って何?」
「え? ……あぁ、小池さんと一緒です」
「なるほどなるほど。え、じゃあさ、ラストシーンなんだけど────」
千夜は、嬉しそうに好きだった点について話しはじめる。
演出。台詞。情景。キャラクター。表現。
今日彼らが見た映画は、とても完成度の高い話であった。
だからというわけではないが、千夜には話したいことがいくつもあった。というより、同じものを見たのだから、共通の話題として挙がるのが自然だったとも言える。
そして真魚も、相槌を打ちながら、怖かったシーンのことなどを話し、なんだかんだ、とんとんと話がつながっていく。
二人は、あまり会話に熱を込めるタイプではない。
大笑いをすることはあまりないし、大きく顔をゆがめることもないし、自己主張が殊更強いわけでもない。
だから二人の会話は、小さく笑って、ぼんやりとしたペースで進んでいく。
その会話のテンポは、特別楽しいわけではないが、ぬるま湯のような安心感がある。冷たくもないし、熱くもない。そういう、生ぬるい空気があった。
「────小池さん、ホラー好きなんですね」
ひとしきり映画の内容について話した後、真魚はしみじみとそう言った。
「……まぁ? それなりには……? でもひたすら陰鬱な感じのはだめだな。こう、日本のホラー映画とかは、本当にだめ」
「呪怨とかですか?」
「そうそう。途中で見るのやめちゃう」
「何が違うんです?」
「んー……表現が難しいんだけど、救いがあるか、救いがないか、かな。海外のは傾向的に、ゾンビとかさ、悪魔とか、そういうのを明確に敵として倒して終わってくれたりするからさ」
「今日の結構バッドエンドじゃありませんでした? それは別にいいんですか?」
「それねぇ……」
千夜は腕を組んで、うーん、とうなる。
真魚から見て、今日の映画はよくできていた、と思う。ホラーがあまり得意ではない少女にも、比較的口当たりが優しく、ただやっぱり怖くて──悲劇的な結末だった。
いわゆる一般的にはバッドエンドとされる展開のそれを、先ほど彼は『面白かった』と言っていて……ただそれは今言った彼の好む傾向とは異なるように思えた。
「すごく言葉にするのが難しいんだけど、悲劇は悲劇でも、有りと無しは結構きっぱり分かれるんだよね。今日のは大丈夫……。あー、綺麗か綺麗じゃないか、ってのは、あるかもしれない」
「……」
「いやごめんね。ちょっとだけ語ってしまった」
「あぁいえ。でもちょっとだけわかります、言ってること。私もあの結末は結構好きでした。……確かに言葉にしづらいんですけど、綺麗でしたよね」
「おぉ。うん。そうそう」
真魚はぼんやりと、一つの物語のことを思い出していた。
ポップコーンを口に運ぶ千夜を見て、真魚は、少しの期待を抱く。
もしかして、理解してくれるかも、と。
「人魚姫って知ってます?」
「自己紹介?」
「え?」
「いやごめんつい。……ええと、どの人魚姫?」
「あぁ、えと。原作……ですかね」
「ハンス・クリスチャン・アンデルセン?」
「はい」
「ついこの間読んだばかりだ。タイムリーだね」
「ついこの間、ですか?」
「そう」
「なんていうか、珍しいですね? 私が言うのもなんですけど、童話を読もう、ってなる機会ってあんまりない気がします」
「ぼくもそう思う」
「……もしかしてゲームとかですか? FGOとかやってたりします?」
「嗜む程度には」
「なるほど……そうでしたか……」
ううん、とうなずく真魚を横目に、別にそれが理由ではないが口に出すのも野暮だろう、と否定はしないことにした。
千夜が人魚姫を読んだ理由なんて、彼の隣に腰掛けている少女以外の理由なんてなかった。
夜、月、海。
それらを纏う少女が、人魚を彷彿させたと、ただそれだけの、理由。
もちろん彼も、当時から本気でそう思っていたわけではないし、高尚な理由で少女があそこにいたとも思っていない。
「人魚姫いいよね」
「! ですよねっ。人魚姫の結末、すごく綺麗なんですよっ」
人魚姫は、端的に言うと、報われない恋をした人魚の話だ。
恋をして、気付いてもらえさえしなくて、最後は泡となって消えていく。
悲劇的な話の、代名詞。
「悲しいのも苦しいのも痛いのも投げ出して、泡になって、空気になったんですよ。あの結末がすごく好きで、なんというか……救いがあるなって思うんです」
「いわゆるメリーバッドエンドってやつなんだろうね」
「めりーばっどえんど?」
「ああ。えーと、解釈によってハッピーエンドとバッドエンドが変わる──ってやつ」
「それなら確かに人魚姫は、メリーバッドエンドなのかもしれないですね」
視方が変われば世界は変わる。
人魚姫は確かに悲劇ではあるのかもしれない。ただそれを
「まぁでもそれはそれとして、人魚姫のことに王子様が気付く、順当なハッピーエンドとかも想像しちゃうな。物語の結末として、きれいではなくなるかもしれないけど、でもまぁそういうのもいいよねって思う」
「……それはそうですね。ただ幸せなひとたちっていうのは、見てて、いいなぁって思います」
「ね」
真魚は、少し目をほそめて、笑みを浮かべる。
悲劇を尊ぶからといって、喜劇を
「親身に寄り添う時間はあったわけだし、人魚どうのなくても仲は良かったし、あとは相互理解がもうちょいあれば結末は違ってたのかなと思ったりする」
「かもですね」
「あなたが好きです! みたいなアピールは、ちょっと大げさにやってもいいのかもしれないなぁとか思うよね」
「でもやっぱり難しいところもありますよね」
「それはそう」
人魚姫は声を持たない。
ゆえに、声を張り上げて主張することができない。
私はここよ、と。
曖昧な輪郭に、芯を持たせることができなかった。
それができたのなら、あるいは結末は違ってきたのかもしれない。
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