はめつクレーム-002
──声が聞こえた。
それは絶望だった。あるいは希望だった。
それは肯定だった。あるいは否定だった。
それは悲壮だった。あるいは楽観だった。
それは正義だった。あるいは不義だった。
過去から未来に渡り、無数に広がるあらゆる世界を見つめ、繰り返されるそれらに、ついにどこかの誰かは諦めの吐息を吐いた。
いっそ無くなってしまった方が良いと。
こうなってしまったのならば、ゼロからやり直した方が良いと。
諦観から生まれた、次なる希望を見つめる声とも言えた。
「君たちは間違えた。いいや、君自身が間違いなんだ」
気付けば多くの声は止み、俺はただ一人、光の一つもない真っ黒な空間に放り出されていた。
何も見えない──いや、正確に言えば、一つだけ見える。
暗闇しかない空間の真っ只中で、一つだけしっかりとした輪郭を持つ誰かが、静かに声を紡いでいる。
「間違いは伝播する。伝播した間違いは、やがて世界を覆い、破壊する。それが、分からないという訳ではないだろう?」
声は力を増し、その輪郭は徐々にハッキリと描かれていき、やがて人の形を象った。けれどもそれは、本来の形という訳ではないようだった。
ただ、対話するのにちょうど良い形だった。あるいは、対話ではなく、主張かもしれないが。
とにかくそれ────第四の破滅は、此処まで来た俺に、言葉を投げかけてくる。
「僕たちは、この世界の仕組みそのものだ。僕たちがいるからこそ世界は成り立つし、世界が在るからこそ、僕たちは成り立つ。であれば、そう。僕らは絶対的な正義であるとも、言えるのに。どうして君たちは、君は抗うんだ」
「……昔から、正義は自称した時点で正義じゃなくなるって、相場が決まってるだろ。つまりは、そういうことなんじゃないの」
「戯言だな。言葉遊びをしたいんじゃないんだよ、僕は。僕たちは」
文字通り、のっぺらぼうである第四の破滅は、小さく溜息を吐く。
相互理解は不可能であることを悟ったように。
もしくはそうであることを、再認識したように。
力を交わし、言葉を交わしても、なお理解には程遠い。
決して相容れない存在であることを、言葉以上に肌で感じ取っていた。
「君の存在は、世界そのものに傷をつける。ただ生きているだけで、星に消えない痕を残せてしまう、厄介なバグだ」
「随分失礼な物言いだな……ていうか、別に俺だって、望んでこうしてる訳じゃないし……」
気付けば
というか、普通に俺のアンチなんだよな……。
人気者にアンチは付き物とは言うが、それならもっと俺にもファンが付いていて然るべきだろ。
このままじゃアンチしかいない配信者みたいな図になってしまう。泣くぞ、俺が。
「けれども、今の君があるのは、君だからこそ──バグだからこそだ。許されない、許されてはいけない間違いだからこそ、君はここまで辿り着けている」
「いや、俺を悪し様に言い過ぎだろ……傷ついちゃうからね? だいたい、そんな存在から否定されても、困る。俺が何したってんだよ……」
能動的に何かした記憶があんまりないんだけど……。大体の場合において、起こった事件の対処に回ってばかりなイメージがある。
仮に第一、第二の破滅を倒したことについて言われているのであれば、それこそお門違いというものだ。
そっちが襲って来た、だから叩きのめした。
シンプルかつ正当性のある理論だ。ひっくり返されることはない。
「ただそこにいる、それだけさ。間違いそのものがイコールで君なのだから、当然いるだけで訂正されるべきだ。そうだろう?」
「それで納得できるほど、俺は自分に関心がない訳じゃないんだけど……とんでも理論でごり押すのはやめろ」
「世界と自身を天秤にかけて、迷わず自分を取れるのか。天晴れだな、ここまで来れば」
「そっちの言い分が自分勝手すぎるだけだろ。上から目線でマウント取ってくるのはやめろよ」
ハッキリと言って、対話のようで対話になっていなかった。
とにかく俺を否定したい第四の破滅くんと、気合で肯定する俺って感じである。
どのような言葉であっても、その一片も伝わる気がしない。
互いの言葉や意志というものが一方通行で、ただ通り過ぎているだけだった。
このままでは、ただ俺のメンタルが削られるだけで終わってしまう気がしたので、問答無用で肩を掴んだ。
この世界は、ザックリと言ってしまえば精神世界──のような場所である。
この辺はどう定義するかによって、コロコロと変動しそうなものであるのだが、とにかく気持ちを強く保っていなければならない世界だと思えば、間違いはない。
気持ちで負けた時点で、召喚は失敗して、俺は実質的な死を迎える。
そして、口喧嘩になったら勝てる気がしなかった。だから、さっさと力ずくで引きずり出す。
つまり──
「ごちゃごちゃめんどくさいな……良いからもう、殴り合いに移行しろよ……!」
「急に理性をかなぐり捨てたな、特異点。しかし、ああ、そうだ、そういう在り方の方がらしくて僕たちとしても、気が楽だよ」
「今更になって哀れみの類を向けようとしてたことを開示するのはやめない? 遅すぎるんだけど……」
後悔してももう遅い系の、長文ラノベタイトルみたいなことを口走ってしまった。てか、やっぱり
第一の破滅みたいなのがデフォルトで、第二の破滅みたいに、情緒豊かなのがイレギュラーなのかと思っていたのだが、どうにも違うらしい──いや、いいや。そうじゃないのか。
第二の破滅が感情を取得したから、それがそのまま他の破滅にも適用されたと考えた方が、辻褄が合いそうだ。
まあ、初めに聞いた声も踏まえてみれば、取得したのではなく、思い出したの方が近いのかもしれないが。
その辺りは考察しても仕方がない。今はただ、こいつを召喚する為に、全力を尽くすべき時だ。
「……傲慢だな。僕たちから僕を切り離し、なおかつ持っていけると、本当に思っているのか?」
「思ってなきゃ来ないし、その可能性がないなら、お前がこうやって姿を現すことはなかっただろ」
「僕の、僕らの中身というものを、まるで理解していないな。しかし、ああ、そうだ。望むのであれば、見ていくと良い。その先に理解があることを、願っているよ」
言いながら第四の破滅が、俺の手を外して握る。
冷たくも、暖かくも無かった。そこには一切の熱はなく、ただ”何も無い”と握手させられているようだった。
そしてその困惑が、次々と塗りつぶされていく。
苛烈なまでの精神の引っ張り合いが起こっている──訳ではない。その段階は、握手した瞬間に通りすぎた。
第四の破滅は、やれるものならやってみろと言わんばかりに、全てを俺に委ねた。
だから、第四の破滅は今や俺の全身に……全魂に、そのまま寄り掛かっている状態だ。
必然、その中身、その精神性、全てが詳らかに共有される。
声はなく、音はなく、言葉はなく、文はなく、文字はない。
あらゆる表現を飛び越えたその先で、ただ、間違いがあった────俺があった。
それが過去か、現在か、あるいは未来なのかは分からないが。
俺があることで、全てが終わっていた。
誰かが傷ついているだとか、苦しんでいるだとか、死んでいるだとか、そういうことではなく。
ただ、そこには終わりがあって。
それこそが、俺自身だった。
「なるほど、全然分からん」
いやもう、本当に分からなかったので、そう言うしかなかった。
言葉にすると全部比喩表現みたいになっちゃうんだけど。
何だよ、俺自身が終わりって。
最後の月牙天衝か何かか?
そうだとしたら、ちょっとカッコイイなと思ってしまった俺がいた。
「え!? 全然違う! 君のせいで星が、世界が終わると言っているんだ! 僕は!」
「知らねーよ。てか俺、あんなことしないし。したくもないし……」
そもそも世界をリセットしようとしているのは破滅側であり、俺はそれを食い止める側だ。
立場が逆転しているし、俺にそうするだけの理由がない。
とんでも幻覚見せるのはやめろよ……普通に落ち込むだろ。
「だっ、だから、何度も言っているだろう!? 君の存在そのものが許されないんだ! それはつまり、君の意志は関係ないってことだ。故にバグであり、特異点なんだよ、君は……! あぁもうっ、全然分かってない顔するんじゃない……! くそっ……!」
それが、第四の破滅の最後の言葉だった。
元より引っ張り合いではなく、背負っていたような形である。
精神の共有を行われてなお、正気を保てた時点で俺の勝ち……なんだと思う。
魂が自身の身体へと戻る感覚に、第四の破滅が付随して来るのを感じる。
此処に来た時とは真逆で、真っ白に染まった光に、視界は完全に覆われた。
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