19話「女体化の時来たれり」

 妙な視線の数々を身に浴びながら優司と幽香は昼食を終えるとそのまま寮へと戻り、部屋の模様替えや荷物整理を改めて行っているとあっという間に時は過ぎていき、今では窓から見える景色はすっかりと漆黒色に染まっている。


「なんか色々としていたら、もうすっかりと日が沈んでしまったな」


 優司が窓に映る景色を見ながら呟くと既に時刻は十九時を迎えていて、幽香の女体化時間でもある十六時を優に超えていたのだ。


「そうだね。私が女体化する前に夕食を済ませれて良かったよ」


 女声に変わった幽香が彼の背後からそう言ってくる。

 そう、時間的にはそろそろ夕食の頃合なのだが女体化して女性になった幽香が食堂に行ったら、さらなる混乱や面倒事を招くと思った優司達は早めに夕食を終わらせていたのだ。


「あ、もうこっち見ても大丈夫だよ。ごめんね? この体になった時はちゃんと下着類を変えないと落ち着かなくて」


 幽香から振り返っても良い許可が出される。


「なに、これぐらいお安い御用だ。しかしその姿ではもう部屋の外には出られないな」


 何処か緊張にも似た感情を抱きながら優司は背後でさっきまで生着替えをしてた彼女へと顔を向けながら口を開く。


 優司が窓辺に立って外の景色を眺めていたのは単純に夜になったことを確認していたわけではなく、女体化した幽香がバック一杯に詰め込んできた女性用の下着や服に着替えていたからなのだ。


 なんでも幽香曰く、女体で男用の下着は違和感しかなく胸の方は大きいがゆえにちゃんとブラを付けないと何かが擦れて変な気分になるらしいのだ。


「う、うん……。だから十六時を過ぎたら優司に色々と頼む事になっちゃうかもだけど……大丈夫かな?」


 優司が振り返って視線を幽香の元へと合わせると、そこには薄い無地のシャツを着て水色のショートパンツを履いて手をもじもじとさせた幽香がなぜか頬を赤らめていた。


「くっ……。あ、ああ全然もーまんたいだ。それに改めて俺は幽香と同じ部屋で良かったと思えるよ。これがもし別で相方が変態だったら今頃幽香は……」


 その圧倒的な萌えと可愛さが混ざりあった光景に優司は心を締めつけられると、咄嗟に心臓辺りの服を掴んだが本当に同じ寮部屋で良かったと心底思えた。

 もし仮にこれが違っていたら最悪の場合だってあったのだ。


 なんせ今の幽香は紛うことなき美少女であり、こんな野生の男児しか生息していなさそうな場所で一人の女性が居たらまさに食べられてしまうだろうと。


「あははっ、優司は気にしすぎだよ。むしろ気味悪がって誰も近寄らなくなるかもよ?」


 幽香は笑いながら言っていたが少なからず自身の事をそう思っているのだろうか。

 だとしたらそれは違うと優司は魂を声に込める勢いで彼女に向けて口を開いた。


「それはないっ! いいか幽香? 男子という者は皆内側に狼を数匹飼っているのだ。その狼達はふとした事がきっかけで本性を現すと、例え相手が可愛い元男だったとしも襲う事は意図はない筈だ!」


 優司は力説しながら一歩ずつ幽香へと近づいていくと、やがて鼻先が触れ合いそうなる寸前で言いたい事を全て伝え終えて足を止めた。

 だが幽香は彼の話を聞くと何を思ったのか瞳を潤ませながら、


「そ、そうなの? じゃぁ、優司の中にも狼がいるのかな……?」


 と言って弱々しい声を優司に向けてきたが彼女はしっかりと拳を構えて守りの姿勢を維持していた。


「あ、いや俺はいない。ああ、いないとも。だからそんなに身構えなくても良いぞ」


 幽香に警戒されるような事を自ら言ったのがいけないのだが、変に警戒されるのはなんか嫌だったので優司は直ぐに手を左右に振って身の潔白の証明に急いだ。

 すると幽香は一歩後ろに下がってから疑いのような眼差しを向けてきて、


「……いくら優司でもいきなり襲ってきたら踏むからねっ!!」

 

 と強めな口調で念を押すように言ってきたのだ。

 けれどそれは彼にとって寧ろご褒美となり得たのだが、ここで変な事を言うと信用問題に関わると優司はぐっと堪える事にした。


「りょ、了解した。……それよりも、時間的にはそろそろ寮の大浴槽が使える筈だが……俺達はこの部屋に付いているシャワーで済ますしかないな」

 

 優司は壁に掛かっている時計に視線を向けて時刻を確認すると男子寮の大浴槽が開放されている事を呟くが、幽香の事を考えると備え付けの小さいシャワー室で済ますのが妥当だと思った。


「えっ、別に優司は入ってきても良いんだよ?」


 当然のようにシャワー室を使う事を提案する彼に幽香は疑問を覚えたのか首を傾げながら大浴槽を使って来ても良いと言うが、自分だけが手足を伸ばして湯に使って癒されるなんて優司は気が引けてしまうのだ。


「いや、辞めとくわ。なんか女体化した幽香を一人にするのも気が引けるし」


 それに優司としてはこの場に一人幽香を置いていくのも嫌なのだ。

 それはいつ誰がこの部屋に訪れてくるかも知れないという不安があるからだ。


「そ、そう……意外と優司って優しいところもあるよね。じゃ、じゃあさ? 私が先にシャワーを使っても良いかな?」


 幽香から意外を付けて言われると普段はどう思われているのだろうかと優司は頭の片隅で悩む。


「それは別に構わないなけど……。どうしたんだ急に?」


 だが敢えて聞かないようにすると急にシャワーを使いたいと言い出した理由を尋ねた。

 別に理由は聞かなくとも良かったのだが単純に彼が気になったのだ。


「な、何でもないよっ! 本当に何でもないからっ! ただ、学園見学で歩き回ったせいで少し汗掻いちゃっただけだからさ!」


 幽香は理由を聞かれるなんて思っていなかったのか焦った素振りを見せたあとそう言って彼からまた一歩距離を取ると、優司が考えるに汗を掻いたから匂いが気になると言った所だろう。


 しかし彼としては幽香の汗の匂いは特に気にならないどころか、それはそれでありなのではと思えてしまうほどだ。


「お、おう分かった。じゃあ、お先にどうぞ」


 けれどそんな事を言ってしまえば確実に生ゴミを見るような視線を受けると優司は確信していたのだ。だからこそ彼は幽香が着ている薄いシャツから微妙に透けているブラを見て我慢したのだ。


 言わば幽香が女体化している時は優司にとって我慢の連続であり、これは精神との戦いであるのだ。


「う、うん……」


 幽香は戸惑った様子で近くに置いてあった黒袋を持ってシャワー室へと入って行くと、それを目で追っていた優司は一体なにをそんなに慌てているかと少しだけ気になった。

 そして彼女が中へと入って扉を閉めようとすると、

 

「あ、絶対に覗いちゃ駄目だよ? ……でも、もし――――や、やっぱなし! 今の忘れて!」


 顔を半分だけ覗かせ優司を見つめながら言ってきた。

 しかし急に顔を真っ赤に染め上げると勢いよく扉を閉めて部屋に音を響かせていた。


「な、なんだ? 幽香が段々と情緒不安定になって気ている……」


 それを見て優司は女体化した時の幽香は情緒がおかしくなる傾向にあるのかと、また一つ新たな知識を得た瞬間であった。

 まるで昼間の気が立っていた時は別人のようだが、性別が変わると思考まで変わるのだろうか。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから優司が暫くシャワー室から漏れ聞こえる音を聞いて、悶々とした気持をスマホを弄って紛らわせようとしたのだが……頭に浮かぶは幽香のあられもない姿だけで何も手に付かなかった。

 

 しかし幼馴染に対してこんな感情を抱いていいものなのかと彼は自問自答することで、一時ひとときだけだが煩悩を無の境地へと誘った。


 ……が、そんな事をベッドの上で正座しながらしているとシャワー室から水の流れる音が止まった事に優司は気が付いた。即ちもうすぐで幽香が湯気を纏って出てくるという事であり、彼は邪な気持ちを悟られないように自身の頬を数発殴ってから無理やり気を沈めた。


「噂では女性というのは男の視線や考えていることが分かるらしいからな……。これぐらい自分を痛めつけておかないとまずい」


 少しだけ力の加減を間違えて両頬がじんじんと痛むがそれと同時にシャワー室の扉が開かれると、そこからは先に湯気が溢れてきて後から幽香の傷一つない綺麗な手と足が出てきた。


「お、おぉ……って駄目だ! 冷静に、ここは冷静に行かねば……!」


 自分に言い聞かせるようにして何度も同じく事を呟くと、幽香が頭にタオルを乗せた状態で出てきた。勿論その姿は先程の格好と同じで、強いていうなら湯上りということもあってか何処か血色のいい肌が色っぽく見えることぐらいであった。


「ん~、さっぱりしたぁー! 先に使わせてくれてありがとうね!」


 幽香は相変わらず透けブラに気がついていないのか濡れた髪を丁寧に拭いている。


「あ、ああどういたしまして? ……じゃ、じゃあ俺も浴びてくるかな~ははっ」


 これ以上見ているとナニとは言わないが何かが反応しそうになり、優司は急いで事前に作っておいた着替えだけを抱えてシャワー室へと駆け込むのだった。

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