第44話冬支度と些細な幸せ

翌日、学校で大崎と顔を合わせる。彼女はテストの勉強で忙しいらしく、朝から英単語帳とにらめっこしている。

(奏音さんとの再会、ちゃんと大崎に伝えなきゃ……)

そう思いつつも、タイミングが見つからない。大崎の機嫌を損ねたくないという気持ちが先に立ち、結局「昨日はバンドの手伝いしてきたよ」とだけサラッと話すにとどまった。


ほのかな温もり


放課後は校舎裏のベンチで大崎と一緒に冬の空気を吸う。手をつなぐと、冷えた指先が互いの体温を求め合うようで、少しだけ笑い合える。

「寒いね……もうすぐクリスマスか」

「だな。何か予定ある?」

「ううん、特に決めてないよ。まあ、もしよかったら私とどこか行かない?」

大崎が少し恥ずかしそうに誘ってくれるので、俺は「ぜひ行こう」と即答する。


(そうだ、クリスマスには大崎とデートしよう。奏音さんの件はあるけど、それはそれ、これはこれ……)


頭の中でそう切り替えようとする。けれど、心の奥に小さな罪悪感が芽生えている自分を感じる。奏音さんとの会話が拭えず、どこかで引っかかっているのだ。


清水の柔らかい表情


一方、清水さんは驚くほど元気に過ごしている。部活の練習も本格的になり、校外の大会に向けた準備で忙しいらしい。

廊下ですれ違うとき、すっと微笑んで「おはよう」「じゃあまたね」と自然に言葉をかけてくれる。

俺はその様子を見て、「ようやく吹っ切れたんだな」と安堵する。以前のように“張り詰めた痛み”を隠している感じはしない。


どこか“他人行儀”な安心感


しかし、その柔らかい距離感が、逆に少し寂しくもある。かつては清水さんが俺を強く想っていた時期があり、あれほど激しく感情をぶつけ合ったのに、今はまるで“ただのクラスメイト”として上手に立ち回っているように見える。

清水さん自身がそれを望んでいるなら、俺が踏み込むわけにもいかない。

(こういうのが大人になるってことなのかな)


と思いつつ、クリスマスが迫る雰囲気を感じると、心のどこかで清水さんのことも気にかけてしまう自分に気づく。でも、今はもう何も言わないほうがいいだろう。

“好き”と“嫌い”の間で揺れた過去があるからこそ、安易に関わるのは失礼だと理解していた。


第六章 冬休み目前:クリスマスが迫る予兆


大崎とのクリスマスデート計画


日に日に寒さを増す12月半ば。学校では冬休み前の補習やテスト、委員会の仕事に追われつつ、街はクリスマスイルミネーション一色で盛り上がっている。

大崎とは「クリスマス当日、どこ行く?」という話をしており、いくつか案を出し合っていた。

• イルミネーションの有名スポットへ行く

• おしゃれなディナーを予約する

• カラオケやアミューズメントでワイワイ楽しむ


どれも魅力的だが、最終的には「街の大きなツリーを見に行って、ご飯を食べて、ゆっくり過ごす」プランに落ち着きそうだ。


奏音の影がちらつく


しかし、俺のスマホには奏音さんから一切連絡がこない。バンドの件やライブの件が終わってから、彼女はSNSの更新も少なくなり、どうやら忙しくしているようだ。

(一度くらい「元気?」って連絡を入れたほうがいいのかな……でも、きっとまだ怒ってるかもしれない。連絡しづらいな……)


そんなモヤモヤを抱えながらも、あえて深く考えないようにしていた。今はクリスマスに集中して、大崎と二人の時間をしっかり楽しもう――そう心を決める。


授業中の回想


ある日の午後、退屈な社会科の授業中、俺は窓の外の灰色の雲を眺めながらぼんやりと過去を回想していた。

• 清水さんを振り回して傷つけたこと

• 咲さん(教師)との危うい関係と、最後の破綻

• そして奏音さんとも曖昧なまま終わらず、結果的に雰囲気を悪くしてしまった


自分の“恋愛観”がいかに未熟だったか、今さら思い知らされる。だが、そこで見つけたのが“本当の愛”――大崎と支え合う関係ができた今、俺は少しだけ前に進めた気がする。


(“愛”って、相手を想う気持ちだけじゃなくて、自分をさらけ出す勇気と誠実さも必要なんだな……)


そのとき、不意に大崎がこちらを振り返った。授業中なので声は出せないが、目が合うとニコッと笑ってくれる。

胸の奥が温かくなる。そう、俺は失敗を繰り返してようやく学んだのだ。過去の関係があったからこそ、今の“大崎との恋”が形になっている。


年末ライブへの招待


クリスマス直前の週末、なんと奏音さんのバンドが年末ライブに出演するという話がバンド仲間から届いた。

「せっかくだし、観に来いよ。奏音さんも“来たいなら来れば”って言ってるぞ」

微妙な言い回し。「来たいなら来れば」とは、やはり彼女はまだ俺と気まずいのだろう。しかし、俺が顔を出さなければ「報告をうやむやにして逃げた」と思われるかもしれない。


(でも、ちょうどクリスマス直前か……大崎とのデートの話もあるし、余計に気まずくならないかな)


悩みつつも、「会場には行くから」と伝えることにした。大崎に言ったらどう思うだろうか、と頭をよぎるが、俺は一応隠さずに「バンドの知り合いがライブするらしい」とだけ話す。

大崎は「ふーん、行くの?」とあっさりした反応。特に嫉妬の言葉もない。

むしろ俺のほうが後ろめたさを感じてしまうが、「ただのバンド仲間だし、そんな気にする必要ないか」と自分をごまかす。


ライブ当日の空気


そしてライブ当日、俺は夜のライブハウスへ足を運んだ。クリスマスムードで街は盛り上がっているが、このライブハウスの中は年末に向けてロックな雰囲気が満載。

奏音さんはリハーサル中で、ステージ上を忙しなく動き回っている。彼女の姿を遠巻きに見ながら、俺は物販コーナーの手伝いをしていた。

リハが終わり、奏音さんがステージから降りてくる。

「あ、来てたんだ」

声をかけられるが、その口調は冷たい。


「うん、誘ってもらったし、せっかくならと思って……」

「別に誘ってないんだけど?」

棘のある返答に息を呑む。


すれ違いの言葉


「……ごめん、勝手に勘違いしたのかもしれないけど、バンド仲間から“来れば”って言われたから。迷惑だった?」

「あんたの自由だけどね。私、別にあんたに来てほしいなんて言った覚えはないし。ただ、来るなら来るで……もっと堂々としてればいいのに。彼女に怒られたくないからコソコソ来てるわけ?」


その言葉に思わずカッとなる。

「コソコソなんてしてない。大崎にも言ってあるし。俺はただ、奏音さんのライブを見たいと思っただけだ」

「ふーん……大崎、ね。あんたが本気で好きなのはわかったけど、私にはもう何も残ってないの? こんな形でしか会えないなんて、笑えるよね」


奏音さんの瞳には孤独な炎が宿っているように見える。

(どうしてこんなに刺々しくなるんだろう。やはり俺がうまく断ち切れなかったからか……)


周囲のスタッフが気づかないふりをしているのも痛々しい。ライブ本番が迫っているため、長話もできず、結局俺は「頑張ってください」とだけ言い残し、視線をそらすしかなかった。



ライブが終わり、熱気と歓声が渦巻く客席を抜け出すと、街にはクリスマスの装飾が煌めいていた。

携帯を見ると大崎から「明日の予定、大丈夫そう?」とメッセージが入っている。明日はちょっとした食事に行く約束をしていた。

(奏音さんに見せつけるように言うのは違うし、でも俺はもう大崎を選んだんだ……奏音さんには今どう思われても仕方ないよな)


冷たい風が頬を打つ。俺は深く息をつき、返信を打つ。


「うん、楽しみにしてるよ。明日はいつもの駅前で待ち合わせね。」


送信ボタンを押すと同時に、俺の心に小さな痛みが走った。

奏音さんへの“申し訳なさ”が消えない。けれど、俺はもう引き返せないし、引き返すつもりもない。大崎との関係を大切にする――それが俺の今の答えだ。


(クリスマス……大崎との初めてのクリスマスを最高の思い出にするんだ)


そう自分に言い聞かせながら、夜道を一人歩く。街のイルミネーションが美しくきらめき、空には雪の気配が漂い始めていた。

だが、このとき俺はまだ知らない。**この先に待ち受ける“悲劇”**を――。


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