第30話清水の涙
文化祭準備が進む中、週末に近づくとあいにくの雨模様が続いた。放課後の部活動や準備作業にも影響があり、外での作業はできなくなって、校舎の中に人が集中する。
そんなある日、たまたま廊下で掃除をしていた俺に、清水さんが声をかけてきた。
「ちょっと……いいかな」
「……ああ」
久々にまともに話す気がする。清水さんは相変わらず暗い表情だが、決意したような目をしている。
「屋上、鍵が開いてたから……そこで話したい」
雨が降っているので、屋上に出ても傘がないと濡れるが、屋根のある一角が使えるのかもしれない。
行ってみると、やはり屋上の端にある通路部分に多少の雨除けがあり、そこに身を寄せる形で話ができそうだ。だれも来ないだろう。
清水さんは濡れた窓枠に背をあずけ、まっすぐ俺を見つめた。
「私……このままだと、もう会話もできなくなりそうで、怖い。だからちゃんと気持ちを聞かせてほしいの」
「気持ち、って……」
「私のこと、どう思ってるの? 正直に聞かせて。もう中途半端に優しくしないで……好きなら好きって言ってほしいし、違うならはっきり断ってほしい」
清水さんの頬には、既に涙が伝っている。
ハッとする。あれほど健気に俺を支えてくれた清水さんを、ここまで追い詰めてしまった。
(どっちなんだ、俺の気持ちは……)
胸の奥で“大崎”の存在が叫んでいる。しかし、今ここにいるのは清水さんであり、彼女の瞳は必死に俺を求めている。
嘘をつくわけにはいかない。だけど、事実を告げるのも残酷だ。
俺は苦し紛れに言葉を紡いだ。
「……清水のことは、本当に大切に思ってる。でも、その“大切”が恋愛感情なのかは、まだ自信がない。お前を守ってあげたいとか、笑顔でいてほしいって思うけど、俺は――」
どんな言葉を続けても、清水さんの傷になってしまいそうで、声が震える。
清水さんはポロポロと涙を流しながら、うなずいた。
「……そっか。やっぱり、“好き”っていう確信は持てないんだね」
「ごめん」
「ううん。嘘をつかれるよりずっといい。……でも、私、もう限界かも。今まで私に向けてくれてる気持ちを、本当の“好き”だって信じたかった。でも、そうじゃないなら……これ以上期待しても私が苦しいだけだから」
彼女はハンカチで涙を拭いながら、雨越しの薄暗い空を見上げる。
「ありがとう……これまでたくさん楽しい思い出をくれて。でも、やっぱり“彼女になれない”んだね」
「清水……」
「私ね、本当はあんたに告白してもらいたかった。海でのキスだって、温泉旅行だって、全部あんたが“私のこと好きだ”って気持ちを確かめる時間だと思ってた。でも違った……それだけ」
嗚咽が漏れる。清水さんがここまで感情をむき出しにするのは初めてだ。
俺は言葉にならない後悔を噛みしめるしかなかった。
「……もう十分だよね。私が勝手に望みすぎただけだから。ごめん、こんなこと言って。さようなら……」
“さようなら”――まるで関係を断ち切るかのような言葉。
そう呟いて、清水さんは濡れた床を踏みしめて屋上の出口へ向かう。
止める言葉も浮かばない。俺はただ立ち尽くし、雨音を背にして遠ざかる彼女の背中を見送るしかなかった。
大崎の横顔
放課後、文化祭準備の作業で教室へ戻ると、クラスメイトたちがすでに動き出していた。
大崎はポスターを貼る位置を決めているらしく、脚立の上から指示を飛ばしている。
俺はそんな大崎の姿を眺めながら、自分がさらに罪深い存在になったと自覚する。清水さんを傷つけただけでなく、心の底で大崎を想い続けているからこそ、こうなってしまったのだ。
大崎は脚立から降り、ふとこちらに目を向けたが、すぐに視線をそらす。
(もう、これでいいのか? 清水さんも失って、大崎とも何も進まず、何もかも中途半端で終わるのか?)
胸の痛みが強くなる。
その日の準備作業が終わる頃、俺は意を決して大崎を探した。彼女は廊下の掲示物をチェックしている。
「大崎……」
「ん? ああ、お疲れ。なにか用?」
彼女は事務的な口調で答えるが、その瞳には警戒の色がうかがえる。
「清水と……もうダメになりそうだ」
「……そうなんだ」
「お前のせいじゃない。俺がはっきりしなかったから。でも……清水を本気で好きになれなかった理由って、多分……お前のことが忘れられないからだと思う」
大崎はバツが悪そうに眉を寄せ、「こんなとこで話すことじゃないでしょ」と呟く。廊下は人通りもあるし、誰かに聞かれてはいけない内容だ。
「わかったから、とりあえず人気のないところ行くよ。ついてきて」
そう言うと、大崎は校舎裏のほうへ足早に進んだ。俺もそれに続く。授業が終わってしばらく経ち、文化祭準備メンバーも屋内の作業で忙しい。裏庭あたりは人目が少ないはずだ。
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