第26話大崎の“秘密”

走るようにして向かった駅前のコンビニ。その駐車場の隅には、大崎が肩にバッグをかけて立っていた。街灯の光が彼女の表情をかすかに照らす。

「悪い、待たせたか?」

「ううん、私も今着いたところ……」


大崎はどこか沈んだ表情をしている。普段のクールな雰囲気とは違う。

「こんな時間にどうした? 何かあったのか?」

俺が尋ねると、大崎は唇をぎゅっと噛みしめる。


「……明日から新学期じゃない? だからその前に、ちゃんとあんたに言っておきたいことがあって……」

「言っておきたいこと?」

「うん。いろいろ悩んだけど、どうしても今日じゃないとダメなの。私、たぶん新学期が始まったら、あんたとはもう……あんまり会わないほうがいいかもしれないって思ったの」


突然の“会わないほうがいい”宣言に、心臓がバクバクする。

(なぜだ? 大崎は俺を避けるつもりなのか?)

彼女は目を伏せて続ける。


「清水の気持ちも知ってるし、あんたもあの子とちゃんとしようとしてるってわかってる。……私が下手に絡むのは邪魔だなって思ってたんだよね。自分が余計に揺れそうで、あんたにも迷惑かけそうで……」


確かに、大崎と関わるたびに俺は揺れ動いてしまう。彼女も自分で「気になってるかも」と言っていたし、もしかするとずっと悩んでいたのかもしれない。

俺は思わず言葉を詰まらせる。


「そんな……“会わないほうがいい”って、同じクラスなんだし、無視するのは無理だろ」

「無視はしないよ。でも、あんまり一対一で話したり、二人で出かけたりはしない。ちょっと意識的に距離を置こうかなって」

「……そうか」

胸にずしりと重い痛みが走る。大崎と接すると混乱する一方で、彼女が遠ざかろうとするのも苦しい。理不尽かもしれないが、そう感じてしまう。


大崎はバッグの肩紐を掴み、震えを抑えるようにしながら続ける。

「本当は、もっといろいろ話したいんだけど、あんたが清水を幸せにするなら……私はいないほうがいいと思う。変に期待して、私が“割り込む”ような形になるのは嫌だから」


彼女がここまで素直に気持ちを吐露するのは初めてかもしれない。

俺はどう反応すればいいのか分からず、彼女を直視できない。

――その時、大崎がゆっくり近づいてきた。鼻先がかすかに触れ合うくらいの距離感で。


「だから……最後に、ちゃんとケリをつけたいの。あんたに聞きたい。“もし清水がいなかったら”、あんたは私を選んでた?」

突然の問い。息が止まる。

「そ、そんなの……わからないよ」

「正直に言って。わからないっていうことは、つまり“可能性はゼロじゃない”ってことでしょ? それだけで十分だよ。私は自分で動く前に、あんたが清水といい感じになっちゃったから……すごく悔しかった」


大崎の瞳には、うっすら涙が浮かんでいるようにも見える。

こんな彼女の姿は想像していなかった。

情けなくも胸が苦しく、俺は何も言えないまま見つめ返す。ほんの数秒、それはとても長く感じられた。


「でも、いいの。私も意地を張るのはやめる。ごめん、わざわざ呼び出してこんな話して。もう帰るね」

そう言い終わると、大崎は足早に踵を返し、駅の反対側の道へ向かっていく。

行かないで――と声をかけたい自分がいる。

しかし、清水さんとの約束や、彼女への想いを考えると、ここで大崎を追いかけるのは裏切り行為に近い。

全身が石のように動かなくなり、結局俺は見送ることしかできない。

歩道の向こうへ消えていく大崎の姿が、視界にじわりと染み込んだ。

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