第16話大崎の本心はどこに
駅前のカフェで清水さんと別れたあとのこと。
俺はバイトへ向かうため、一旦自宅に寄って着替えをとりに行こうとしていた。
すると、途中の道ばたで見覚えのある後ろ姿を見かける。ポニーテールに揺られた髪、スタイルのいい服装――大崎だ。
彼女はコンビニの袋を持って歩いているようだった。
「大崎?」
思わず声をかけると、彼女はくるりと振り返り、「え、なんでこんなところに?」と驚いた顔。
「こっちのセリフだよ。駅前の方に買い物?」
「ああ、そう。いろいろ買い出しとかね。あんたは清水と会ってたんでしょ?」
やはり情報が早い。清水さんが一瞬、「大崎にも今日会うかもって話した」と言っていた気がする。
俺は軽く肩をすくめる。
「うん、海の計画を立ててきた。来週末、行くことにしたよ」
「ああ、そう。それは良かったじゃん。清水も楽しそうだったし」
彼女は一見興味なさそうだが、微妙にテンションの低い返事をする。それが気になる。
誰に対してもそつなく接する大崎が、こういう曖昧なリアクションをするのは珍しい気がした。
「大崎は、土曜は何か用事でもあるの?」
「いや、別に……私は部活のメンバーとちょっと出かけるかも? まだ未定」
「そっか」
言葉が途切れる。
どうやら大崎も何か言いにくそうだが、俺も気まずさを抱えている。
その“気まずさ”の正体は、俺が清水さんと遊ぶことを少し“後ろめたい”と感じているからなのか。
そもそも大崎は清水さんとの関係を応援していたはずだ。にもかかわらず、俺はなぜか“大崎に悪い”と思っている――そんな自分に、戸惑いしかない。
「……まあ、うん。楽しんできなよ。清水と花火とかもするんでしょ?」
「なんで知ってる?」
「さっきLINE来た。『彼も花火やってくれるって言ってくれた!』って。あの子、すごい嬉しそうだった」
大崎の口調はやや冷めた響きを帯びている。
俺は何か言葉を探すが、見つからない。そのまま、わずかな沈黙が流れたあと、大崎が先に口を開いた。
「ごめん、変な感じにしちゃった。別に、私は清水のこと応援してるよ。“あんたが真面目に向き合うなら”だけどね」
「真面目に向き合う……うん、そうしたいと思ってる」
「じゃあそれでいいじゃん。がんばりなよ。……私、こっちだからじゃあね」
大崎はそう言って、そそくさと歩き去っていく。
(何だ、あの態度は?)
いつも大ざっぱに「じゃあねー」と笑って終わる大崎が、今日はやけに素っ気ない。どこか寂しげというか、不機嫌そうにも見えた。
しかし、追いかけていく理由もない。
俺はモヤモヤした気分のまま、彼女の後ろ姿を見送った。
自己嫌悪と焦燥
その夜、バイトが終わって帰宅した俺は布団の上で天井を見つめていた。
頭の中には清水さんの笑顔と、大崎の素っ気ない態度が交互に浮かぶ。
清水さんのことを考えると「ちゃんと向き合わなきゃ」と思うのに、大崎の姿を思い出すと「なぜか気になって仕方ない」という二重の感情。
これじゃあまるで、同時に二人を好きになっているみたいじゃないか。
そう考えると、自分が最低な人間に思えてくる。いや、実際そうなのかもしれない。
「誰かに刺されて終わる気がするって、冗談で言ってたけど、本当にそんな結末が待ってるんじゃないか……」
自嘲混じりにつぶやく。
恋愛ってこんなに厄介なものだったのか。複数の女性となんとなく“遊んでいる”ほうが気楽だった、なんて過去の自分を思い返す。
でも、もう戻れない。清水さんに期待を持たせている以上、中途半端な態度は許されないだろう。
そう自分に言い聞かせつつ、「明日こそは大崎のことをあまり考えないようにしよう」と決意する。
そして、決意したそばから大崎の笑顔が頭をよぎり、苦笑いしながら目を閉じた。
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