第12話舞台の音と夏の匂い
都内のライブハウスでのバイトは、俺にとって息抜きでもあり、生活費の足しでもある。
慣れない大人たちとの駆け引きや雑用をこなすうちに、接客にも多少は慣れてきたが、ステージ裏の空気感はやはり独特だ。
今日は一日中リハーサルの手伝い。夜になれば本番を迎えるバンドが入り、俺は受付やドリンク提供などを行う。
「お疲れ。今日も客多そう?」
いつも顔を合わせるオーナーが俺に声をかける。
「そうっすね。奏音さんとこ(=奏音のバンド)の取り巻きがたくさん来るらしいです」
「そうか、じゃあ忙しくなるな。よろしく頼むよ」
高校生の俺にとっては、ライブハウスという場所は大人の事情が渦巻く空間でもある。けれど、奏音さんやバンドメンバーはみんなフレンドリーだし、客も熱気があって面白い。
夜の本番前、バンドメンバーが続々と楽屋に集まってくる。
スキンヘッドにグラサン姿の優斗さんもその一人。彼は大学院生でありながらバンドのリーダーを務めるという忙しい人だ。
「おう、久しぶりだな、最近来れてなかったけど元気してたか?」
「はい。テストがあったんで、ちょっと学校優先してました」
「そりゃ大事だ。お前、まだ高校生なんだからな」
そう言いつつ優斗さんは笑う。そして楽屋の隅でシールドをチェックしている奏音さんに声をかける。
「奏音、準備は?」
「OKー。あとはステージで音合わせするだけ」
奏音さんはギターを抱えながら、ちらりと俺を見て微笑む。
「来てくれてありがとね。今日も掃除とか手伝ってくれて助かるよ」
「いえいえ、こっちの仕事ですから」
以前なら、こうやって奏音さんに微笑まれるだけで少しドキドキした。けれど今は不思議と胸の高まりはあまりない。むしろ、頭に浮かぶのは学校での“あの子”――いや、“あの二人”のこと。
バイトに集中しないと怒られそうだ。俺は気持ちを切り替え、受付やスタッフ控室の準備を進めていく。
咲さんからの声
バンドメンバーがステージに上がる頃、楽屋に現れたのは図書委員会の顧問でありながら、俺の“知り合い”でもある咲さん。
咲さんは仕事終わりにライブを見に来ることがあるのだ。彼女は私服になるとまったく先生らしくないカジュアルな服装で、ふわりとした巻き髪が大人の余裕を醸し出している。
「お疲れー。今日は手伝いに来てるんだ?」
「はい、バイトです。咲さんは?」
「ちょっと息抜きに。仕事が忙しくてね」
顧問の先生に“咲さん”と呼ぶのは、正直どうなんだと思いつつ、私生活ではそう呼んでくれと咲さんが言うのだから仕方ない。
咲さんは受付を通って客席に向かう前、俺に小声で訊ねてきた。
「図書委員のほう、ちゃんとやってる?」
「ああ……まあ、ぼちぼち。図書室あんまり人いないし」
「そっか。まあ、清水さんと一緒なんだよね? 仲良くやってるんでしょ?」
「一応……」
咲さんはそこで一瞬意味深な笑みを浮かべる。
「一応、ね。うーん、あなたの性格だといろいろ難しそうだけど、頑張ってね。じゃ、ライブ楽しむから」
そう言って人波に消えていく咲さん。
図書委員といっても大した仕事はないし、咲さん自身も放任主義の先生だ。ただ、俺のプライベートにはやたら首を突っ込んでくる。
それでも嫌な感じはしないから不思議だ。
(大人の余裕……ってやつなのかもな)
そう思いながら、俺は受付でチケットもぎりを再開した。
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