第6話揺れる想いと大崎の視線

いつもと違う屋上


テスト期間が始まると、午前中で授業が終わるため、放課後の学校は意外に静かだ。

俺と清水さんは、ここ数日ずっと図書室で勉強を続けている。

その日はちょっとした変化があった。図書室での勉強を終え、校舎を出ようとした時、清水さんがふと提案した。


「屋上って、今は空いてるのかな?」

「どうだろうね。見に行ってみる?」


普段あまり行かない屋上。気まぐれに二人で足を運んでみると、鍵は開いていた。

扉を開けると、強い日差しと風が吹き込む。じりじりと熱いコンクリートの感触が夏を思わせる。

辺りを見回すが、生徒の姿はまばらだ。部活の休憩に来ている子がちらほら。


「おお、結構暑いね」

「うん。でも風があって少し気持ちいいかも」


清水さんは風に髪を揺らされながら、柵のそばへと歩いていく。

そして眼下のグラウンドや校舎を見下ろし、しみじみとした様子で言った。


「高校ってあとどれくらい残ってるんだろうね。なんだか、まだまだある気もするけど」

「まだ二年だし、一年半くらいか?」

「そうだね……でもきっとあっという間だろうなって気がするんだ」

「かもしれないな」


清水さんの横顔は少し寂しそうにも見えた。

俺は何か気の利いた言葉をかけようとしたが、言葉が見つからない。

代わりに、鼻先をくすぐる夏の風が心地いいなと思った。


そのまましばらく景色を眺めていると、屋上へと通じる扉が開く音がした。

振り返ると、そこには大崎の姿がある。

大崎はクラスカーストのトップにいるというより、あっけらかんとした態度で皆と接しつつも、自分の主張をきちんと通すタイプだ。

いわゆる“リア充グループ”の中心……というより、天然なのか計算高いのか、よくわからない雰囲気の子。


「やっぱりいた。清水、どこ行ったかと思ったら屋上かー」

大崎は笑顔で近づいてくる。そして俺に目をやり、少し表情を変えた。


「あれ、あんたが一緒なの?」

「別に変じゃないだろ」

「いや、変じゃないけど意外」


まるで、俺と清水さんが一緒にいることを不思議に思っているようだ。

清水さんが慌てて説明する。


「図書室で一緒に勉強してて、それでちょっと息抜きに屋上に来てたの」

「あーなるほど。テスト前だからね。……にしても、あなたが誰かと一緒に勉強なんて珍しいわね」

「おい、俺の勝手だろ」


大崎はまるで俺のことを昔から知っているかのように言うが、別にそこまで親しいわけじゃない。

ただ、彼女は人を見る目があるというか、妙に核心を突いてくるところがある。


「でもさ、清水、帰り支度しようよ。これから斎藤たちと集まるんでしょ? 勉強会やるって聞いてたけど」

「そうだった……すっかり忘れてた。ごめん、もう行かなきゃ」

「うん、いいよ。じゃあまた明日」


清水さんは申し訳なさそうに微笑んで、急いで屋上の階段を下りていった。

あとに残されたのは俺と大崎。

ここで一緒にいる意味もないなと思い、適当に挨拶をして去ろうとすると、大崎が声をかけてきた。


「待って、ちょっとだけ話していかない?」

「……何を話すんだよ」

「別に深いことじゃないわ。あんた、最近清水とよく一緒にいるじゃない。どういう気持ちなのかなーって気になって」


やはり大崎の勘は鋭い。

俺は顔に出さないように目をそらすが、どうにも居心地が悪い。

本当のところ俺自身も清水さんにどういう感情を持っているのか、はっきりとはわからないのだから。


「別に、テスト前だし、たまたま勉強が合ってるだけだよ」

「ふーん、そっか。……まあ、清水はわかりやすいタイプだからね」


大崎は柵の向こうを眺めながら続ける。


「清水にはあんまり変な気持ちで近づかないであげて。あの子、少しピュアだから」

「……俺が何かするって思ってんの?」

「わかんない。でも、あなたは“顔広い”って噂あるからさ、いろんな女性と付き合ってるんでしょ?」

「別に付き合ってるわけじゃない。向こうが勝手に俺のところに来るだけで」

「そっか。まあいいわ。……気をつけてね」


大崎は最後にそんなことを言うと、「私も行くから」と歩き去っていった。

まるで俺が清水さんを傷つけるかもしれないとでも思っているような口ぶりだ。

少しだけイラッとしたが、彼女の言っていることも的外れではない……のかもしれない。


“恋愛”への戸惑い


実際、俺はこれまで複数の女性にちやほやされて、ずっとその状況を楽しんできた。

誰かひとりに本気になったことは、正直ほとんどない。

バンドの奏音さん、昔から何かと面倒を見てくれる美香さん、顧問としても生活指導役としても近い距離にいる咲さん……

そんな大人の女性たちと曖昧な関係を持ちながら、同級生の彼女たちとも軽く遊びで付き合ってきたこともある。

でも、この頃清水さんと過ごす時間が妙に楽しい。それがいわゆる“恋愛感情”なのか、まだ自分でも分からない。


「……面倒だな」


そう呟いて、屋上をあとにする。

誰かに“恋愛”がどういうものなのか、教えてもらいたい……なんて考えが一瞬浮かんだが、すぐに頭を振って追い払う。

わざわざそんなことを考えるのはバカバカしい。俺は俺なりに生きていけばいいんだ。

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