第14話 悩み
数日たって、性別不詳組の四人で通話を開いた。次のコラボ配信を決める予定だ。アマネさんからも「わたしも参加できる」とのことで、久々に全員がそろう。
「……アマネさん、漫画はあれからどう?」
配信の話ではないが、俺は気になっていたことをたずねる。「参加できる」のが話し合いだけなのか、配信もなのか、たしかめる必要もあるはずだ。
『やっぱりわたしには難しそうね。編集の人と話して、話自体なかったことにしてもらうつもり』
「そ、そんなっ!」
『ごめんなさい、あれだけ手伝ってもらって悪いんだけれど』
「そうじゃなくて……あきらめちゃっていいの!?」
アマネさんの家に行ったとき、休憩がてらとアマネさんが描いた絵や、ボツになったネームの山を見せてもらっていた。散々悩んで、苦労していたのがわかる。だから、よくよく考えた結果なんだろうし、第三者の俺が軽い気持ちで考え直せというのもおかしい。
だけど――。
『漫画自体、絵を描くことの延長で始めて、たまたま商業誌にのるようになっただけだから。今も編集の人とうまがあって、漫画を続けてきたけど、無理に描きたいわけじゃないの』
アマネさんの声は平坦で、そこにどんな感情があるのかはわからない。
『だから漫画のことは一旦気にしなくていいわ。配信、しばらくできていなくて悪かったわね。また前のように再開するから』
「それは、うれしいけど……」
どうにもやりきれず、気持ちが沈んでしまった。
ミィさんがそれを察したのか、ただ考えなしに茶化したのかわからないけれど、俺たちがこないだアマネさんの家へ行った話を聞いて、
『んーっ! ズルいですよーっみんなだけ楽しそうなことっ! 令も、アマネ先輩のお家行きたかったですっ』
とはしゃいで、
『へー、漫画の取材したんですか。それうまくいかなかったの、ケイ先輩が男らしくないからじゃないです? 言ってくれたら令、全然やりましたよ、王子! 令、実はリアルでも男装とか得意なんですっ』
などと失礼極まりないことまでぬかしていた。この中学生め。VTuberではイケメン王子で女子人気あるけれど、リアルではさすがに俺が負けるはずないだろうに。
結局その流れで、次の配信では『性別不詳組No.1イケメン対決』などという企画案が出てきてしまった。
(女子三人が男子である俺と勝負になるわけがないし……企画失敗なんじゃ……いや、でも俺がぶっちぎりで勝って……視聴者から見直してもらえるのは悪くないな)
そんなこんなで、また性別不詳組の配信活動が前へと進んでいたのだけれど。
――やっぱり、俺はまだあきらめられないっ!
よくよく思い返せば、アマネさん自身が青春めいた経験不足という話だったのに、青春っぽいシチュエーションを決めたのが全部アマネさんだったのは間違いではないか。もちろん俺も経験自体は少ないけれど。
(ずっとトモとリアルであったらこんなことしたいって妄想してたから、アマネさんよりもリアリティのある青春シチュエーションを提案できたはずじゃないか!?)
これはアマネさんではなく、俺の後悔かもしれない。
だからよけいな自己満足かもしれないけれど、俺はアマネさんにもう一度、青春漫画へ挑戦してほしいと連絡した。
『……ケイ、そうまでしてなにが目的なの? わたしの配信を心配して、手伝ってくれてたんでしょう。それなら、もう復帰するんだから漫画のことはいいんじゃないの』
「それはそうなんだけど」
『わたしの漫画が順調になって、そしたら結局忙しくなって、また配信の頻度は減る可能性もわよ。仕事が増えるわけだから』
正直、そこまで先のことは考えていなかった。
俺の自己満足で、性別不詳組の活動がなくなってしまうかもしれない。
「でも……俺の男らしいところをもう一度見てほしくて……時間もらえないかな?」
『次の土曜日。土日でネームができれば、ぎりぎり期限に間に合う。ただ提出したところで、今のままだと編集の人にNGもらうだけね』
「行くっ! でも土曜日か……トモは、忙しいかも。……俺だけでも、いい……のかな?」
『……わたしはどっちでもいいけど。もうあきらめもついていることだから』
俺のわがままで、期限もある以上、日程は変えられない。
しかしトモがいないとなると――。
(えっ、どうしよう……やっぱりあきらめましょうって今から言えないし……いやでも、一人だってできることはあるはずだよねっ)
アマネさんをつきあわせる以上、ダメ元なんてのも迷惑だろうが、俺はそれでももう一度自宅へお邪魔することにした。
二度目となると、豪邸を前にしても心持ちは穏やかだった。
「それで、どうするつもりなの?」
「今日は俺が、いい感じに青春っぽいシチュエーションを実演してみせるので! ……俺一人なんで、ちょっとにぎやかさにはかけるけどっ」
さっそく、俺はここ数日必死に集めた青春らしいシチュエーションをアマネさんに披露する。
ちなみに今回は俺から来たいと言ったこともあって、手土産を持ってきたが、
「なにこれ……メンチカツ?」
「地元で人気なやつだよ。美味しいから食べて」
「……斬新な手土産ね」
どうやらチョイスを間違えたようだった。洋風な家で、ようかんよりもカタカナの食べ物が似合うのではないかと思ったが、揚げ物は違ったのかもしれない。ご両親が不在だったのは幸いだった。
「えっと、まず太鼓ってある?」
「……太鼓?」
「アマネさん、演奏用の防音室あるって前に言ってたよね。ピアノの他にも楽器ないかなって」
「……演奏用の防音室はあるし、楽器もいくつかあるけど」
アマネさんは子供のころ、ピアノをやっていたと聞いたことがあった。
「あるのは、ドラムスくらいね」
やってきた防音室には、残念ながら太鼓はなかった。ドラムも打楽器だけれど、俺が求めているものではない。
「……すみません、太鼓じゃないと」
「太鼓になにがあるのよ」
「俺、子供のころ町内会でお囃子やってたから、たたけるんだよね。太鼓ってやっぱすごい男らしいし、青春って感じするでしょ!?」
いろいろ考えて、結局太鼓をたたくという日本古来の益荒男らしいふるまいこそ一番だと思ったのだが――。
「ねえ、ケイ。あなたずっと勘違いしていない? 青春って……多分あなたが思っている類いのものじゃないわよ。わたしが描こうとしているのは、青春恋愛ものだから」
「え? ……恋愛? 青春って……友情じゃ……」
なにかが、ガラガラと崩れていく。
「待ってよ! じゃあ、俺とトモが散々やっていたことは!?」
「高校生の恋愛イメージね」
「俺たちになんてことさせたの!?」
だまされていたとまでは言わないが、知らずの内にとんでもないことをさせられていたようだ。
どうりで、なんか俺の思う友情と違ったはずである。
「逆に、なんだと思ってたの」
「だって……っ!」
トモがすんなりと従っていたのもあって、こういうものなのかと納得していた。しかし俺もちゃんと確認しなかったのが悪い。悪いけど――。
(トモは俺と青春恋愛のまねごとをしてなんとも思わなかったのかな……もしかしたら、トモも気づいてなかったとか? ありえるな、トモって外見が美少女だけど思考は俺と近いし、ぬけてるところも多いし)
「じゃあ俺がいろいろ考えて……練習もしてきた、片手で缶ジュース開けるやつとか、カタカナの料理つくるとか、バスケのフリースローとかは役に立たないってこと!?」
「それがケイの男らしい青春なの?」
アマネさんの目が、いつもより細くなった。
「いろいろ準備してもらったのに、悪かったわね。わたしも、もう少ししっかり説明するべきだったわ」
「くっ……いや、こういうのってよくあるからっ」
先日俺もトモに同じような行き違いを起こしたばかりだ。しかも今回に関しては、むしろ気づかなかった自分が恥ずかしい。
「……でも、本当にありがとう。そんなに本気でどうにかしようとしてくれていたのね」
表情の読めないアマネさんは、てっきりあきれかえっているんだろうと思ったが、突然頭をさげられた。
「まあ、役には立ちそうにないけど」
「すみません……」
「いいのよ。気持ちだけでもうれしいから」
アマネさんは「来てくれる?」と言って防音室から別の場所へ移動した。黙ってついていくと、アマネさんの自室へ案内される。
「ピアノの話はしたと思うけど、他にもヴァイオリンと横笛……あとは楽器以外にも、テニスとか弓道とか、語学なんかもね……趣味でいろいろやっていたのよ」
俺の家のリビングよりも広そうなアマネさんの部屋は、きれいに整頓されているけれど、いろいろなものが並んでいた。壁には楽器のケースがいくつかたてかけられていて、大きな本棚には専門書や教本が大量につめこまれている。
一番目立つところには、美術系の本や資料の山が並んでいて、シンプルで広々した机の上にもデジタルで絵を描く環境が整えられている。
「多彩だ! アマネさんはスーパーキッズだったんだね」
「なにその横文字。やめて」
「……神童?」
「そういうのでもないのよ。どれも結局中途半端にやめてばかりだから」
そうは言うアマネさんだったけれど、端に置かれたガラスケース棚にはトロフィーやら賞状が並んでいた。どれもこれも、それだけの実力があるということだろう。どう考えても、十分すごい。
ただ、スタンドつきの額縁たちは、どことなく窮屈そうにしていた。
「小さいときは、本気でピアノやっていたのよ。それこそ、プロになりたいって」
「そ、そうなんだ」
「なに? 今も小さいって言いたいわけ」
「いやっ! そんなことは……」
アマネさんが今よりも小さい姿が想像できないな、とは思っていたけど。
「理由はたいしたことないんだけれど、たまたま親と行ったレストランで演奏していたお姉さんがきれいでね……それで憧れて……背が高くて、きれいな人だったの」
そう言って、アマネさんは棚から楽譜をパラパラとめくっていた。かすれ具合や、表紙の角で年季が入っているのがわかる。
「でもね、わたしは見てのとおり、背がこれだったから。ピアノって手の大きさがけっこう大事なのよ。センスがいいって先生にほめられてたんだけどね。どうしても、上を目指すには厳しいなってわかって、あきらめちゃったわ」
ピアノのことに詳しくはないけれど、たしかに広い鍵盤を縦横無尽に動くには、手の大きさや指の長さは必要なのだろう。
「そのあと、だったらヴァイオリンはどうだって勧められて、けっこう楽しかったわよ。コンクールにも出たし、ほら、それとか」
アマネさんが賞状の一つを指さす。英語なのかフランス語なのかドイツ語なのか、よくわからない言葉が並んでいる。
「ずっと続けようってつもりになれなくて、他のもそうね。短いと半年くらいで、長くても数年もすると満足しちゃうみたい」
「えっと……つまり……?」
アマネさんがなにを始めてもすぐ上達して、賞状をもらえるような才能の塊だって話――ではないんだろうけれど、
「漫画のことも同じ。ケイがそんな、気にかけるようなことじゃないのよ」
「アマネさん、それが言いたくて……別に俺はそんな」
「あら、ずいぶんと身を入れてくれたいたみたいだから、わたしも普段あんまり話さない身の上ってやつ、教えてあげたんだけど」
「……VTuberのときは、ぽやぽやなんでも話すみたいな感じだったのに」
本当に、リアルのアマネさんはVTuberのときとは全然違う。
VTuberのアマネさんは、ぽわぽわとなんにも考えていないようで、どんなことも受け入れてくれるような包容力があって、それに全然人のことを警戒した素振りを見せない。
リアルのアマネさんは、無表情のせいで不機嫌そうに見えるし、外見に似合わず年上らしいしっかりしたところがあって、どこか人を寄せ付けないオーラがある。
でも、やっぱりどちらもアマネさんで――。
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