第10話 すれ違い勘違いすれ違い

 VTuberの配信は、できる範囲でおこなうことが基本だ。

 専業じゃないんだから生活優先。


 部活にも入っていなければバイトもしていない高校生の俺は、ありあまる時間というリソースの大半を配信に費やしていた。

 青春がこれでいいのか。いや、俺にとっての青春はVTuberなのだ。


 大学生というのがどれくらい忙しいものかはわからないが、アマネさんの場合はプロの漫画家でもあるという。忙しくないはずはない。


 だから配信が止まってしまうのも、仕方ないことだった。


 ただあの漫画家のオフ会――打ち入りでアマネさんと別れたときの顔は、悩みと聞いていたはずの飲み会が終わっても、まるで晴れた様子には見えなかった。


(やっぱり、一番の悩みは別にあるってことだよね。それっぽいことも言ってたし……)


 できることなんてないかもしれない。漫画の邪魔はしたくないけれど、俺はそれでもアマネさんに通話をかけてみた。


『どうかしたの? 悪いけれど、配信は――』

「ごめん、急に! 配信のことは別で……俺にまたできることないかなって」

『……またお姉さんに遊ばれたいってこと? 飲み会はしばらく先になるわよ』

「そうじゃないって! アマネさんの本当の悩み……そっちでも力になれないかって」


 俺がお姉さんに遊ばれるの目当てだと思われるのは抗議に値する不名誉だったが、アマネさんに冗談を言えるだけの元気があるのはよかった。

 メッセージのやりとりしかしていなかったから、アマネさんが思い悩むあまりに寝込んでいるんじゃないかって想像まであった。


「なんでも言ってよ」

『ふぅん、そうまで言うならお願いしようかしら。……明日にでも、わたしの家に来てくれる? 放課後ならどうせケイは暇でしょう』

「えっ、暇だけど……アマネさんの家!?」


 急に家へ呼ばれておどろくが、漫画の手伝いとなれば自宅での作業ということになるのだろうか。しかし俺に漫画の作業でできることなんてほとんど見当たらない。


「威勢のいいこと言ったけど、絵とか描けないよ?」

『そこは期待してない。ただその代わり……トモも呼んでおいてくれる? あなたが呼べば多分来るでしょ』

「あーその、アマネさん、実は俺もなんでかわかんないんだけど、飲み会のあとくらいからトモが様子おかしくて……」


 アマネさんが忙しくとも、性別不詳組の残りの三人や、俺とトモはよく二人でも配信していたのだから、やることはやれるはずだった。

 しかし理由は不明なのだけれど、飲み会のあと――正確に言うと、飲み会の話が決まったあとあたりから、トモが俺とまともに話してくれない。


『男の子ってそうだよね。……女の人と飲み会に行くのは浮気じゃないって思ってるんでしょ。そのくせ、なにかやらかしたら、酔ったから覚えてない、酔ってたから仕方ないって。だったら飲み会に行く時点で浮気なんだって、どうしたらわかってくれるのかな』

『……え、なんの話?』


 本当によくわからない。

 しかも俺がなんとか対話を試みようにも、『ひどいっ、ケイの嘘つき! 私のこと一番って言ったのに!』とか『女と畳は新しい方がいいって言うんだ!』などと『女なんて港の数だけいるのが普通だって!』としまいには声をかすれさせ始めた。

 状況は理解できないが、親友が落ち込んでいるのなら元気づけたい。


 どうにかしないといけないと思いつつ、原因がわからないまま行動すると余計に怒らせてしまうのではないかと悩んでいた。


 トモも興味があったみたいだし、飲み会へ行けなかったことを不満に思っているんだろうか。

 でも日程は決まっていてどうにもできなかったし、俺だってアマネさんの付き添いとして参加しただけだ。


(いくらうらやましいからって、あんなに怒らないと思うけど……そんな漫画家さんに会いたかったのかな?)


『……ケイ、トモになにかしたの?』

「うーん、たいしたことしてないと思うんだけど」

『あの調子なら、押し倒すくらいなら歓迎されそうだったわね。よっぽどのこと、したんじゃないの?』

「いやいや! アマネさん、俺とトモは親友だけど、じゃれあうにしても、それはさすがにしないって。いくら仲良くても怒られるから!」


 異性なんて関係なく親友だけれど、やはり守るべきラインというものはある。

 でも親友だし、肩くらいは組んでも大丈夫だろうか。いいよね、肩組んで夕日に向かってバカ笑いみたいな。ちょっとしたいざこざでケンカするのも青春っぽい。


『トモがわたしの家に来られないのはかまわないけど、はやめに謝っておきなさい』

「謝るって言われても……まずなにを謝ればいいのか」

『じゃあ、ほめなさい』

「ほめるってトモを? トモのなにをほめればいいの?」


 アマネさんは『それくらい自分で考えなさい』と話が打ち切られてしまった。

 俺よりずっと背丈が低いけれど、やはりアマネさんは年上だ。ぴしゃりと言われると、反論できないなにかがある。


 どうして俺とトモを呼ぼうとしているのはか謎だし、絶対につれて来いというわけでもなさそうだったけれど、それとは別にトモをどうにかするべきなのは事実だ。


(せっかく、リアルでも親友だって二人して向き合えたばっかりだもんね……変なところでこじれてそのまんまなんていやだ)


 俺はアマネさんとの通話を終えると、そのままトモへ連絡をとった。メッセージにするか迷ったが、文章にするより声で伝えたかった。


「あっ、トモ!」

『……なに?』


 あからさまに不機嫌そうな声だったが、急な通話に応答してくれただけでもよかったと思おう。


(ほめろって言われたけれど……そんないきなりなにをほめたら……)


『全然連絡してこなかったけど……飲み会できれいなお姉さんとたくさん知り合ったら、もう私のことなんてどうでもいいってことなのかと思った』

「えっ!? いや、そんなことは……」


 トモに聞かれるまま、漫画家オフ会の様子は教えていた。お姉さんばかりで肩身がせまく気まずかったと話したはずなのだけれども。


(たしかに……きれいなお姉さんばっかりだけれど……トモだって可愛いしきれいで……正直俺の好みで言えば……え、ほめるってそういうことか?)


 しかし、親友相手に可愛いとかきれいとか直接言うのも気恥ずかしい。変に異性として意識しているような感じもしてしまう。


(だいたいお姉さんたちもきれいだったけど、俺は遊ばれてたばっかで……)


 ものめずらしい男子高校生相手だからって、はっちゃけすぎだったと思う。俺はだいぶ脱がされかけていたくらいで、悪い意味でエロいお姉さんだったんじゃないだろうか。いや、なんだエロいお姉さんって。


(エロい……そうだよ、トモはエロガキで、漫画家のお姉さんたちはあのノリにちょっと似てたな……でもやっぱり……)


「お姉さんたちより、トモが一番エロいと思う」

『わっわっ私が一番エロい!? ケイの中で、私では私が一番エロいってこと!?』

「うん。まあ……そうかな?」

『そっ、そんなっ!』


 しまった。

 いくらトモ相手とは言え、リアルでは女性である相手にエロいなんて失礼だったろうか。でも会う前は「トモ、いっつもエロいことばっか考えすぎだよ!」って散々言ってきてたし、今更そこに気をつかうのもおかしい。


 トモと言えばエロガキ。エロはVTuber藤枝トモにとってのアイデンティティみたいなものだ。多分、これ以上にないほめ言葉である。


「あ、あの……ほめてるんだよ?」

『うん……突然だからびっくりしたけど、私もケイにエロいって思ってもらえるの、うれしいよ』

「え? うれしいのか……ならよかった。トモはずっとエロいかったからなぁ。もう頭の中それしかないくらいで」

『わっ私のことをそんなにエロい目でっ! ケイったら……それは……そのっ』


 ちょっと予想以上なのだが、最初の冷め切った声が嘘だったみたいにトモの声が明るくなった。


(アマネさんのアドバイスのおかげだ。ほめるのがこんな効果あるなんて……)


 機嫌も取り戻せたようなので、


「それでさ、実はトモにお願いがあって」

『お願い? な、なに……?』

「家に来てほしいんだけど」

『こばっ!? ふぇっ……だ、だってそんな、家に呼ぶって……そんな、いくら私がエロいからって……だってその……私たち……そういう関係だってこと?』


 急な話でトモもおどろいているみたいだ。オフ会したとはいえ、まだリアルでは関係の薄いVTuber同士だ。でもトモは俺のこと家に呼んでくれたわけだし、そんな抵抗があるとは思わなかった。


「ダメかな? ……気が進まなかったら、いいんだけど」

『ダメじゃっ‼ ダメじゃ……ないけど……私も……でも、まだはやいんじゃないかなって……本当言うと私も待てないくらいだけど、でも段階とかはあるよね?』

「え、なに? 階段? 階段ならあると思うけど……」

『そう! ……ケイは、私と一緒にのぼっていきたいってこと? 大人の……階段』


 大人の階段とはなんだろうか。

 アマネさんは俺たちからすれば先輩で、大学生だ。アマネさんの家に行くのが緊張するということなのか、それとも階段が苦手なのか。


(トモはお嬢様っぽいし、もしかしたら階段とか普段つかわないのかな? どっちにしても――)


「トモが不安でも、俺が一緒だから! 安心してよ」

『そうだよねっ。ケイと一緒なら私も……で、でも頼もしすぎないかな? ……だって、ケイもそういう経験はないって……』

「経験って?」

『もっ、もしかしてだけど。飲み会のあとで……っ! ケイ、アマネさんと!? それともお姉さんと、経験したの!? ……私と初めてじゃないの!?』

「え、ないって。俺も初めてだよ」


 アマネさんの家には俺も行ったことはない。飲み会のあとはたしかに二次会もあったみたいだったけど、すでに疲れ切っていた俺は真っ直ぐ家へ帰った。


『ほ、本当に!? じゃあ……ケイも私と一緒に……私で……初めてっ‼』

「う、うん? えっといいってことかな? ……急なんだけど、明日の放課後って予定あいている?」

『こばばっ!? 明日の放課後!?』

「ごめん、さすがに急すぎるよね」


 暇人の俺と違って、トモはいろいろと忙しそうだ。家の手伝いがあって、部活動はどうなんだろうか、友達も――。


(俺以外にも友達がたくさんいるのかな……いてもいいんだけど……)


『きゅ、急だよっ! 予定は……あいてるけどっ、準備あるし!』

「心の準備?」

『それもだけどっ!』


 どうも俺より気合いの入っているトモだったが、もうすっかり気を取り直してくれたようだったし、アマネさんの家にも来てくれるようだった。


「それじゃあ、明日よろしく。場所は……あ、駅で待ちあわせよっか?」

『うっ、うん! ……すっごく、緊張するけど楽しみ』


 俺もナズナ以外の女子の家というのは初めてで緊張するし(トモの洋菓子店のイートインコーナーは多分カウントしなくていいよね?)、遊びでわけではなくアマネさんの悩みを解決するためにいくのだけど、なんだかた楽しみになってきた。


 ――あ、アマネさんの家に行くって言い忘れた。まあ、家に行くってのは言ってあるし大丈夫かな? 集合して行くから、場所のことも大丈夫だろう。

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