第3話
確かに初期装備から脱するくらいまでは、ソロプレイで問題なくできる。寧ろ基本的な感覚を身につけるのであれば、ソロプレイで苦労しながら集めるというのが理に適った行動であるともいえるはず。
そこはセコも通ってきた道だが、それを今、説教臭くいう気はない。
「その点だけは、間違いじゃない……ともいえるんだけど、でもマナーなんて、いっぱいあるから」
セコが
ただ、そういう性格であるから、セコは初期装備のヨウを手伝おうという気になったのかも知れない。
パンッと手を叩いたセコは、改めてヨウの頭から爪先までに視線を往復させる。
「時間があるなら、ちょっと相談しませんか?」
自分の頃を思い出しているのかも知れないが、セコの頃と今とでは事情が違う。二度のメジャーアップデートで装備が増え、敵モンスターも色々と変わっている。
しかし「相談」といわれた初心者が出す言葉は、それ程、変わっていない。
「お薦めとかって、あります?」
ヨウが出した言葉は、初心者らしいそれだ。
だからセコは一呼吸、置く。
「うん……?」
それはセコに、初心者ならば誰でも出す言葉だと解釈しないセンスがあったからだ。
――遠慮っぽい。
セコの洞察は正解である。
セコに助けられた初仕事、そして先程の忍冬とウイキョウの事件から、ヨウは当たり障りのない答えを口にした。
だからセコは聞き返す。
「まず、何が欲しい?」
敬語を止めたセコの口調が教師を思わせたのは、正解かも知れない。ヨウから言葉を引き出せた。
「とりあえず、足手まといにならない装備が欲しいです」
「手っ取り早く手に入る武器なら、今、持ってる短剣系、長剣、大剣、刀、槍、ハンマー……そういう接近戦用か、弓とか銃もある」
セコが顎をしゃくった先には、人の足下から肩くらいまである長大な銃を担いだキャラクターがいる。無骨な銃はベースとなっているファンタジー世界では異質だが、Arms Worldでは当たり前の光景だ。
ヨウが「おおー」と歓声を上げると、セコはフッと笑い、
「欲しそうだねェ」
笑みの意味は、ヨウが欲しそうにした事だ。
――それが大事。
セコは小さく頷く。
「現実にあったら、あんなの銃じゃなくって砲なんだろうけどね」
ただArms Worldでは銃も弓も、近接武器に比べて圧倒的とはいえない攻撃力になっているが。
「遠距離武器は、距離でダメージが変わる。近くても遠くてもダメージが減衰するし、銃は特に弾丸を別に持っていかないとダメだから、持ち物を圧迫するよ」
そういう欠点もある、といわれると、ヨウは若干、意気消沈したような顔になる。
「そうですか……」
忍冬やウィキョウが文句をいい出すような武器だと思ったからだが、セコはそんなヨウの鼻先をピッと指差し、
「それ。欲しいものを揃えていくのが、一番だと私は思う派」
最初から最強装備が欲しいといわれれば困るが、好みの装備を見つける方を優先していきたい、とセコはいった。
そうして見ると、セコの装備は見た目重視である。
そんなセコは、先程、ウィキョウがバカにしたヨウのゴーグルを指さす。
「そのゴーグルも、メガネに変えられるの。私はメガネ派。アイパッチとか、片メガネとか、照準器みたいなのもあるよ。外見を裸眼にする方法も」
性能は変わらない故に、効率プレイならば優先順位は低い装備であるといえるが、セコが最初に変えたのはゴーグルだった。
「防具も、布系、革系、甲殻系、金属系と、色々ある。性能も色々だけど、デザイン重視かな」
セコの防具は、海賊を思わせる革の上着とボトム、開けた上着の下はシャツという姿である。
だから欲しいものをいってほしい、というセコだが、それこそヨウにとっては漠然とし過ぎだ。
ただヨウの場合、このゲームで受けた大きな衝撃があり、それを口にする。
「セコさんが助けてくれた時の印象が強いから、飛行機に乗りたいんですよ」
そして返事を出せたヨウの性格は、セコにとって好ましい。
話は膨みさえすれば、自然と繋がってくれるのだから、セコも進められる。
「飛行機自体は、もっと先にならないと材料を集められる依頼がないからダメだけど、それを目指すなら、耐圧服になる革と特殊繊維かな? なら、革を集めていく事になるかな」
そういうと、セコは目を瞬かせてヨウから視線を逸らせた。
「もう一人、呼べそうだから、呼んでいい?」
誰かにメッセージを送ったのだろう。
「大丈夫です。お手伝いしてくれるなら、嬉しいです」
ヨウの返事に気をよくするセコだったが、笑みは若干の苦笑いを含ませてしまう。
「アクは強いけど、気にしないで」
アク――この場合はお調子者を意味している。
ややあって二人の元へ駆け寄ってくる者がいた。
「
小さな身体で精一杯、伸ばした手を振りながら近づいてくるのは、小柄な少女。女性キャラでSサイズのアバターそのものは珍しくなく、また着ている服がレースが大量にあしらわれたゴシック調というのも、こういったゲームでは珍しくないのだが、ゲームそのものに慣れていないヨウにとっては見慣れた光景とはいい難い。
セコは慣れており、少女の方も自分で設定したキャラクターと装備であるから、当然のようにヨウの眼前で立ち止まり、
「新しい人ですか? 初めまして。モモです」
スカートの裾を摘まんでお辞儀するものだから、セコはいよいよ笑いが堪えられないという顔をする。
「もも姫って呼ぶといい」
オンラインゲーム上での「姫」という呼称は、往々にして
二人の笑みに気を良くした風のモモは、改めてヨウの足下から頭までに視線を一巡させる。装備についての言及はない。初心者である事は、モモもセコから知らされている。装備よりもより、アバターをどういう設定にしているのかという事を見ていた。
「で、お兄ちゃんのお手伝いなんですよね?」
黒の短髪に設定しているヨウだから、モモは「お兄ちゃん」と呼びかけた。
それは突拍子もなく、呼ばれる事そのものに慣れていないヨウはしどろもどろになるしかない。
「え、あ、うん」
やはり、その態度が可笑しいとセコは笑う。
「年下だと思って、常体で話すといい。自然体でいる方が落ち着くよ」
「敬語や丁寧語は使わなくてもいいですよ」
モモも笑う。
「そう……? 気を付けます……いや、気を付ける」
ヨウが何度か言葉に詰まる様子に、モモは満面の笑みで大きく頷いた。
「徐々に慣れていってくれると嬉しいです」
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