ウジムシ

 私のような身軽さを基準にすると、物事の融通の利かなさに辟易としがちだ。胸を張って自発的に私の就く仕事を声高々に宣言するのは憚られるが、有事に対する際の自由さは魅力的である。


「ありがとうございます。また後日、連絡させて頂きます」


 これで下拵えは済んだ。これから先は、事故の概要を均して固めていく作業の連続だ。全て上手くいくとは思っていないが、出来るだけ善処し、記事の作成に繋げていければ幸いである。


 金曜日の午後十五時。太陽が赤く熟する手前の微妙な案配に、制服を着た生徒達が、それぞれの方角を見据えて学校をあとにしていく。そんな人の波まにまに、私達は腕を組んで待ち伏せた。小林一葉と顔についての認識に齟齬はなく、恐らく全く同時に指を差す事ができるはずだ。


「そろそろかな」


 私は腕時計に目を落とす。彼が部活動に属さない、所謂「帰宅部」と呼ばれる生徒の一人であり、帰宅を阻む後ろ髪引かれるような事柄に感情を左右されていなければ、今この時点で顔を合わせていてもおかしくない。


「あ」


 小林一葉が不備を発見したかのように出し抜けに声を上げて、私の肩を揺すった。腕時計に落としていた視線を矯正された末に、「蓮井廉」と呼んで差し支えない顔形をする生徒を捉える。


「行こう」


 颯爽と風を切り、こぼれ話を手土産に近付く下心のようなものは排斥する。巧言令色にかまけて腰を低く見積もりすぎれば、それこそ胡散臭さが醸成される。ほんの少しの偏りで、蓮井廉に与える不快感の種類が変わってくる。ただ、言っておきたいのは、降って湧いたような赤の他人が賢しら顔で話し掛けてくる様子は、甚だ奇怪で心など許せるはずがなく、この前提を度外視して全てをより良くしようと考えるのは烏滸がましい。あくまでも、私という存在は蓮井廉にとって疎ましいものであると、自覚した上で取材を取り付けるべきなのだ。


「こんにちは。少しお話、聞かせてもらってもいいかな? 事故の事で」


 蓮井廉は、口内に苦味を湛えたような渋い顔をし、視線の行方を定めかねている。


「歩きながらでもいいから」


 負担は限りなく少ないと述懐するのが初対面の相手である為、全てが眉唾モノに成り下り、耳を貸すのも億劫に思うはずだ。だが、この私の執着心を切り離すには、肩を並べて歩く方が手っ取り早いと判断した蓮井廉は、一つ息を吐いて私にこう告げた。


「わかりましたよ。本当に少しだけですよ」


 根負けした蓮井廉に心からの感謝を捧げる。


「ありがとう」

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