第366話 早朝のホコ天通り

 この世界の宿泊施設の中で一番寝心地が良く、爽やかな朝を迎えた。


 二度寝したにもかかわらず、まだまだ朝早かったので皆して歩行者優先大通りに朝ご飯を食べに行く。


 朝早くから馬車が通行止めになっているホコ天は、小さなカートに食材を乗せた荷運び人がそれらを納品すべく行き交っていて、さらに昨日の夕方に負けないくらいの人出があって非常に混雑している。


 ホコ天通りの入口に看板があるので詳しく読んでみたら、馬車が入れるのは夕ご飯商戦が終わってから翌朝の日が昇る前くらいまでらしい。

 日本的な時間感覚でいうと、二十時から翌日の朝四時くらい?


 看板の表記が、日が沈んでからしばらくとか日が昇るちょっと前みたいな書き方なんだよね。

 ホコ天じゃなくなる日があると表記されていたが、それが具体的にいつなのかは書いてなかった。

 カレンダー的な物は再現しなかったのかな?


 現代日本の知識があっても、時計を一から作り出すのは難しいから二十四時間制での説明はしていないのかもしれない。

 こよみもこっちの世界の週の数え方が七日じゃないから、無理やり日本の暦を当てはめるのも難しそうだし、そこら辺に手は入れてないっぽいか?


 前に少し説明したんだが、こっちの世界の一年は三百六十日で。

 一週間が十日で、一月が三週なんだよね。


 日本みたいに月曜日とか火曜日ではなく、火の日とか水の日とか、そんな感じのが十日分、えーっと、月、火、水、木、風、土……後なんだっけ? まいいか。


 たぶん地球から転移してきたダンジョンマスターが、こちらの世界に見合う形で広めた暦っぽいんだけど。

 そもそも庶民は暦とかあんまり気にしないらしい。


 時間にせよ暦にせよ共通認識させるには、住民だけでなく観光客や商売に訪れる全ての人が義務教育みたいなのを受けないと無理だろうからなぁ……難しいよね。


 ホコ天を利用する人は、夜の酒場だけ開いているような時間帯だけホコ天じゃなくなるのが分かっていればいいのかもな。


 その荷馬車が通れる時間帯にしても、酒場に馬車で乗り付けて止めておく駐車場的な場所がないので、ホコ天通りのお店が物資の搬入に馬車を使うくらいなんだろうなと思う。


 高級な食事処や酒場には馬車をとめておく場所や厩舎も備えていると、メイド長さんが言ってたっけか。


 高級なお店はホコ天の東側の方に何本か通りをまたいだ、東側の競魔場とか大人の社交場みたいなお店が集まる場所の近くにあるっぽい。


 俺らが来ているホコ天通りは庶民的な通りって感じなんよね。


 ホコ天通りに入ると、朝早くから街の住民達が家族連れでご飯を食べに来ている。

 昨日も思ったが、自炊しない人が多いのよな。


 自炊するより外食した方が安上がりになるのかねぇ?


 はしゃいで急に目の前に飛び出して来る子供達に気を付けながら、ホコ天を仲間と一緒に歩いていく。


 服屋や雑貨屋は閉まっていて、開いているのは食事処と、昨日の夕方は見なかった屋台が閉まっている店の前に並んでいる。

 閉まっているお店の前なら屋台を通りに設置していいのかもしれない?


 日本の有名な朝市に立ち並んでいる屋台飯ゾーンが思い浮かぶ光景だよね。


 早朝で寒さもそれなりなので、屋台で温められている鍋からの湯気がそこかしこから立ち昇っている。


「鍋で何かを煮ている屋台が多いな」


 朝ご飯を購入しに来ている住民達の間を縫ってホコ天を歩く俺達。


 立ち昇る煙から美味しそうなスープの匂いが漂い、何処で買うか迷ってしまう。


「麦粥が多いっぽい」


 銀髪碧眼メイドのルナは、キョロキョロと周囲の屋台飯の状況を確認している。


「どうやら薄味の麦粥を買って、味変用に好きな屋台でスープを買う様式が多いみたいです」

「味の薄いお粥……昔を思い出します……」


 茶髪ポニテメイドのローラが近くの屋台の店員に話を聞いてくれたみたいで、俺らにその内容を教えてくれた。

 そして金髪ロングメイドのアイリは、粥という単語を聞いて、病気でベッドに寝た切りだった頃を思い出したようだ。


 アイリは主治医に、精米されたうっすい米の粥だけを食わされていたんだよな……。

 そのせいで脚気みたいな症状を起こしていた。


 というか今でも、栄養が偏った事でおきる病気が〈光魔法〉で治るのが意味分からんねん……。

 ファンタジーな魔法って不思議だよな。



「クンクン……ゼン兄ちゃん! あっちの屋台から美味しそうな匂いがする! あそこで買ってみない?」

「白っぽいスープに見えますねゼン兄様、前に食べた事があるような?」


 ダイゴ達に釣られてそちらの屋台を見てみたら、パイタンスープみたいな見た目の鍋を屋台主がかき混ぜているのが見えた。


 前にルナが作ってくれたけど、この世界だと骨を煮込むのは珍しいかもな。

 これもたぶん知識チートで、豚骨……オーク骨? とか鳥ガラを煮込むと美味しいスープが出来る事を伝えたっぽいよなぁ。


 あれは美味しそう……まて、豚骨や鳥ガラを煮込む事を教えているなら、何処かにラーメン屋台もありそうじゃね?


 朝からラーメンを食いたいのか? と言われそうだけども。

 皆がお箸を上手く使えるまではと、我慢していたんだよな。


 ダイゴやローラ達もそこそこお箸を使えるようになったし、ここはラーメンを探してみるのはどうだろうか。


「あそこの衛兵さんに話を聞きに行こう」


 俺は早速皆を促して、近くにあった衛兵の詰め所を目指す。


 いわゆる交番ね。


 交番にはホコ天通りを俯瞰した地図が掲げられていて、観光客相手に道案内もやってくれるっぽいんだよね。


 日本の昔のドラマには交番で地図を見せて貰うシーンとかあるけど、そういった知識チートから再現したのかな?

 今では携帯端末を持っている人はアプリで調べちゃうだろうけども。


「すいませ-ん」


 交番の中で椅子に座っていた年若い男女の衛兵さん達に声をかける。


「はい、どうしました?」


 若い女性の衛兵さんが椅子から立ち上がり、交番の外に出て対応してくれるようだ。


「私は昨日この街に初めて来た商人なんですが、朝食用に目当ての食べ物を出す場所を探していまして、そういう事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ、元々この衛兵詰め所は観光の道案内も仕事ですから」


「ありがとうございます」


 衛兵さんの対応がまろやかなので、これも知識チートで教育しているっぽい。

 この世界の衛兵の中には酷いのもいるからなぁ……。


「それで商人さん、どんな食べ物を探しているんですか?」


「えっと、小麦粉に塩やかん水を入れて混ぜ合わせて熟成させた物を細く切り、それを茹でてスープに入れて食べる物なんですけど」


 ラーメンという単語が通じるか分からんかったので、詳しく製造工程を説明しながら聞いてみた。


「小麦粉にかん水? 熟成? えっと……」

「なぁ、それって、ラーメンの事じゃね?」


 若い女性の衛兵さんが考え込むと、交番の中に残っていた男性の衛兵さんも外に出てきてラーメンの単語を出してきた。


「ああ! ラーメンの事ね、知らない単語や熟成とか言い出すから何の事かと思ったわ」


 ……そういや、ラーメンの製造工程を聞かされても分からん可能性があったか。

 細長い小麦製の麺をスープにつけて食べる、と言った方が良かったかな?


「ラーメンがあるんですね! どのあたりに行けば食べる事が出来るでしょうか?」


「えっと……ラーメンは高級料理のお店に行かないと食べる事が出来ないわ」


「え? ラーメンが高級料理店で?」


 なんだそのラーメンは……金箔でも乗っているのだろうか。


「ええ、ここの歩行者優先通りにはないわねぇ」

「食いたいなら通りを三つくらい東に行かないとねぇな」


 男の衛兵さんが情報を追加でくれる。


 確か東側は高級店が多いエリアだっけか?


「ちなみにラーメン一杯でおいくらくらいしますか?」


「んー……実は私、自分でお金を払って食べた事ないのよね……衛兵研修の時に案内する人間が実物を知らないといけないっていう話の流れで、ギーオン領の予算で出してくれた物を食べたっきりなのよ」


 交番にいる衛兵さんの道案内知識のために、マイさんが自腹を切ってラーメンを食わせているのか。

 細かい配慮が日本人ぽいというかなんというか……。


「俺は同僚に聞いた事があるぜー、確か……とんこつラーメン? とか塩ラーメンとか色々な種類があって、大銅貨十枚前後するとかなんとか?」


「ラーメン一杯でですか?」


 俺の感覚でいうと、日本のラーメン屋で『へい、豚骨ラーメンおまち! 一杯一万円ね!』と言われる感じで。

 どんなインフレやねんって話だ。


「まぁそういう訳で、この通りにラーメンはないのよ」


 申し訳無さそうな表情の衛兵さんだが、別に貴方が悪い訳ではない。


「あ、はい、朝食は麦粥にしておきます、教えていただきありがとうございました」


「麦粥にするなら、俺はあっちの方の屋台で買える生姜が効いた肉スープがお勧めだぜ!」

「私は向こうのお店で買える野菜たっぷりスープがお勧めね!」


「ええ、色々と買ってみようと思います、これはお礼という訳ではありませんが」


 そうやって俺はいつものように、情報を教えてくれた衛兵さんに、賄賂……お礼のドライフルーツを渡そうと〈インベントリ〉から葉っぱの包みを取り出す。


「あ、わりぃが金は受け取れないぜ?」

「ギーオン領はそういうのに厳しいのよね」


「そうなのですか? お金ではなくうちの商会で扱っているドライフルーツなんですけど……」


「お、そういう心遣い程度なら大丈夫だ、受け取るよ商人さん、あんがとな」

「私達以外の衛兵や役人達もお金は一切受け取らないなから気をつけてね、まぁ、ちょっとした食べ物くらいのお礼品なら違反にならない決まりだから受け取るわ、ありがとう」


「はい、こちらこそ教えていただきありがとうございます」


 俺と仲間達は軽く頭を下げて交番から離れる。


 うーむ、さすがに昨日のメイド長さんから、賄賂に関するルールまでは聞いてなかったんだよね。

 お金は駄目でちょっとした食べ物くらいならいいのか……昔、爺ちゃんから聞いた昭和の頃の話みたいだよな。


 昔は交番の警察官に差し入れを持っていく地域住民とか普通にいたんだってさ。

 お正月に餅をついてそれを差し入れたり。

 お花見の時に作った桜餅を差し入れたり。

 地域の夏祭りの屋台の焼きそばを差し入れたり。

 お彼岸の時に作ったぼた餅とか……なんか餅が多いな。


 まぁ、そういう事があったって言うし、そういう時代の交番を目指しているのかな?



 とまぁ、ラーメンは食べられなかったが、交番のような衛兵詰め所で、爺ちゃんから聞いていた昭和の日本っぽさを感じる事ができた俺達でしたとさ。



 ちなみにこの後、ホコ天で食べた麦粥なんだけど。

 パイタンスープの麦粥は結構美味しかったし。

 女性の衛兵さんが教えてくれた野菜たっぷりスープは豚骨ベースだったので、チャンポンラーメンっぽさを感じてこれまた美味しかった。


 スープ系は十分美味しいので、麺を作るコストのせいでラーメンが高級品扱いなんかねぇ?

 まぁ、そのうち食べに行って確かめてみようと思います。

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