三章⑩

 雹華の為に鶏鬼の真似をした春菊は、その現場を天佑に目撃され、縄で拘束されながら叱られている。

 事情を説明してもなお、呆れた様子の天佑は質問を重ねる。


「で、その鶏蠱けいことやらはどうするのですか?」

「君に縄をかけられてここに連れて来られたから、あの子は中庭に放置したままだよ。たぶん陰陽の画で封じたなら、おとなしくなるはず。もうこの屋敷の多くの使用人は鶏の真似をする僕の様子を見たり聞いたりしただろうから、鶏に蠱を入れておく必要なんかないだろうし」

「蠱を抜き取った鶏は殺処分するとしましょう。地中奥深くにでも埋め、大きな石でも乗せておけば、問題はないでしょう」

「ええっ!? そのまま育てて、卵を食料にしようと思ってたのに! も、もちろん卵は独り占めしないで、楊家にも食材として提供するつもり……だよ?」

「やめてください! 考えただけでゾッとする!」

「僕を信じていないの?」

「……信じる信じないの話ではなく、気分的に食したくないのです」

「そっか! じゃあ僕一人で食べるからね!!」

「好きにしてください。はぁ……」


 疲れた様子の天佑を見ながら、春菊は悩む。

 あの事を伝えるべきなんだろうか?

 雹華の話によると、この屋敷には郭家の息のかかった者が多く入り込んでいるようだ。自分自身、普段の生活を監視されていると知ってしまったので気持ちが悪いし、天佑の場合は春菊よりも深刻だ。

 政治的に繋がりのある人間を屋敷に呼んで談話などをしているから、仕事に実害が出てそうだ。

 天佑にこのことを伝えなかったら、結果的に彼への裏切りとなり、己の”倫理”に背く行為となるだろう。


「あの……さ、これ言ったらびっくりするかもしれないんだけど」

「もう十分すぎるほどに驚いていますが、……まだ何かあるのですか?」

「うん。この屋敷に君を監視している人達が使用人として雇われているみたいなんだ」

「は? なんですって」

「だから話す内容には気をつけて生活したほうがいいと思う」

「ちなみにどなたの間諜ですか? ……貴女にその情報を告げた者は、その間諜どもが誰の手の者達なのかについて話したのでは?」


 天佑の鋭い言及に、春菊は言葉に詰まる。

 縄で縛られているから、痛みはじめた腹を抱えられないのがもどかしい。


「えーと……ね。そんなに酷い人ではない……と思うよ? ちょっと恋する気持ちが重すぎるだけで……」


 思いつくままに話していたせいで、天佑が彼の元婚約者への感情を形容した”重い”との言葉をそのまま口に出してしまった。まずいと思って天佑の顔を見上げれば綺麗な微笑みが浮かんでいた。


「ふぅん。なるほど? 貴女の違和感のありすぎる言動はに関しているからってわけですか」

「うあぁ……。き、君の想像している人と同じ人かどうかは分からないよ?」

「貴女の無駄なかばい立ては、意味をなしていませんね」

「庇っているわけではないけど……」

「まぁいいでしょう。ちなみに、貴女には使用人の中で誰が怪しいと思いましたか?」

「うーんと」


 実は楊家での暮らしの中で、なんとなく怪しい言動をする使用人を複数みていた。だが、これは春菊の感覚や感情がかなり入っている。

 間違って吊し上げたなら大変なことだから、なるべく天佑にも納得されやすいような炙り出し方を考える。


「よしっ! 今から僕が例の鶏を持って使用人達の部屋を回ってみるとするよ。鶏の秘密を知っているなら酷い怯え方をするだろうけど、君には報告しに来ないと思う。鶏に蠱がついていると知らないならおかしな行動をする僕に呆れて、天佑達に報告しにくると思う!」

「貴女の選別法は悪くなさそうですね。……ただ、鶏蠱の話が、間諜達の口から、普通の使用人達にすでに広まっている可能性もあるのでは?」

「広まっていたとしても、あくまでも蠱の存在に半信半疑の人と、本物の鶏蠱だと信じ込んでいる人とでは、僕と鶏を見た時の反応が大きく異なると思うよ」

「それもそうですね。とりあえず反応で大まかに怪しい者を絞り、私がその者達に対して「春菊から『この屋敷に間諜がいるようだ』と聞いた。心当たりはないか?」と問います。屋敷から逃げ出す者は実際の間諜でしょうし、貴女を害する者も間諜とみなしましょう。貴女は危険な目に遭うでしょうが、それに耐えるのであれば今回の騒動は不問とします」

「わかった! そこまでやったなら、たぶん確実な気がするよ!」

「私の従者も貴女について行かせますから、何かあれば使ってください」


「春菊殿、自分はなんでもします。遠慮せずにお声がけください」

「うん!」


 天佑の従者の手によって縄が解かれた後、春菊はすぐに中庭で鳴きわめく鶏を拾い、廊下で待ってくれていた天佑の従者と共に間諜のあぶり出しのための行動を開始する。

 時刻はちょうど使用人達が寝静まる頃合い。

 使用人それぞれが自分達の部屋に入っているだろう。

 春菊は中庭に出てから南側の棟に移動し、端から順番に部屋を回って行く。


 ––––日付が変わるまでたっぷり時間をかけて使用人全員の部屋を回った結果、ほぼ全員に驚かれた。

 しかし、やはり反応は一様ではなかった。

 深夜だと言うのに笑い出す者が居た。呆れ顔でさっさと寝るように促す者が居た。そして、恐怖のあまりがたがたと震える者や叫びながら逃げる者も居た。

 後者の二種類の反応を示した者達の名は天佑の従者がきっちりと記録し、部屋を回り終えた後に天佑と共に彼等の部屋へと行ったようだ。

 春菊は鶏鬼の真似と、陰陽の画を描いたことで疲れきり、先に休ませてもらうことにしたが、夜が明けたら怪しい者が逃げ出したり、この部屋に襲撃に来たりするんだろうか?

 念の為に戸締りはしっかりしておいた。


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