第一章 悪役令嬢、仲間に出会う

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「王宮こののタニア・マーズレンです。シルヴィール殿でんの命を受け、本日よりルイーゼ様の護衛に付くこととなりました。どうぞよろしくお願いいたします」


『女騎士(こむら返りになやむ)』を頭の上にかべたクールな女騎士様が我がはくしゃく家に来たのは、シルヴィール様とのこんやくが決まった翌日のことだった。

 ……こむら返り……、ずいぶんつらいのかしら……なんて少し心配になったが、それよりも王宮近衛騎士なんてめいな職位から何故なぜへいぼんな伯爵れいじょうの護衛に選出されてしまったタニアさんがびんに思えてならなかった。


「ルイーゼ・ジュノバンですわ。タニアさん、とつぜん私なんかの護衛騎士にされてしまい……何と言ったらいか……」

「タニアと、そう呼び捨てにしてください。シルヴィール殿下たってのご希望ですし、ご婚約者であるルイーゼ様の護衛に付けて、私には身に余る思いです。たんれんでも何でもお付き合いいたしますので、何なりとお申し付けください」


 キラッと光るようなてきがおを向けられ、私はまぶしくて目を細めた。

 しゃくどう色のつややかなかみに切れ長のひとみ。長めの髪は一つにくくられ、しさをかもし出している。

 こんな素敵な美人さんが護衛騎士など光栄すぎる。こむら返りに良く効く薬を後でおくるので、このまま厚意に甘えてしまおう。


「はい! どうぞ、よろしくお願いいたしますわ、タニア!」


 こうして私の善行令嬢計画のいっかんである、心身をきたえる作戦に強力な味方ができた。

 近衛騎士をけんされてしまっては、両親も私の鍛錬を止めることなどできず、堂々とできるようになった。タニアを派遣してくれたシルヴィール様に感謝である。

 凛々しいタニアにあこがれて、鍛錬の時にはタニアとおそろいの髪型にしてもらった。頭の上で一つに括られた髪型に私はごまんえつだ。


「タニアとお揃いねっ!」

「ふふ、ルイーゼ様、光栄でございますっ! さあ、いっしょがんりましょうねっ!」


 タニアの指導のもと、鍛錬が開始される。

 じゅうなん体操や、けんじゅつの特訓に加え、護身術も教わる。日に日にできることが増え、心身共に鍛えられているのがわかって、とてもじゅうじつした気分だった。


「ルイーゼ様は努力家ですね。シルヴィール殿下とよく似ておられます。シルヴィール殿下もけずぎらいで、他者に弱みを見せまいと並々ならぬ努力を重ね、今や剣術のうでまえは騎士団長も認めるほどなのですよ」

「シルヴィール様が……」


『私は自分の文字を変えてみせるよ。そうしたら、君も変えられるかもっていう希望が持てるでしょ?』


 タニアの言葉にシルヴィール様が言ってくれた言葉がのうよみがえった。すずしい顔をしているが、裏ではかなり努力を重ねているらしい彼に胸が熱くなる。

 私も負けられませんわ! 善行令嬢になって、文字を変えてみせますわっ!!

 同じ目標を持った仲間であり、競争相手であるシルヴィール様に負けられないと、今まで以上にみなぎる力を感じた。


「さあ! 鍛錬ですわっ! 目指せ善行令嬢ですわっ!」

「はい! お付き合いいたしますっ!」



 昼間はしゅくじょ教育、おう教育に専念し、すき時間にタニアから訓練や剣術訓練、護身術を習う。心身が鍛えられていくと、自然と思考がポジティブになる。

 悪いことやままなど、考えるのが馬鹿馬鹿しいほど、頭からすっかり消え去っていた。

 婚約者であるシルヴィール様とは、あれから月一回、定期的にお茶会でおたがいのきんきょうを報告するようになった。

 ちなみに、初めて会った日以来、冷たくちょうせん的な表情を見せることはなく、頭の上の文字についての話題もいっさいしてこなかった。いつ会ってもニコニコかんぺき王子様で、もう私にも本当の姿を見せてくれることはないのかもしれない……と少しさびしくなった。

 けれども、同じ目標を持つ同志というあいだがらは変わっていないと、勝手に仲間意識は持っている。

 聞かれなくても、シルヴィール様より先に文字を変えてみせる!

 剣術や体術、護身術をきわめても、頭の上の文字は変わらなかったが。


「あ、あきらめませんわっ!! 目指せ、善行令嬢ですわ――っ!!」


 私の善行令嬢計画は終わることなくひろげられていくのだった――。



***



 季節は何回も変わり、私はもうすぐ十六歳になる。

 私の頭の上には――

『悪役令嬢(めつする)』という文字が相変わらず堂々と浮かんでいる。


 この十年くらい、ものすごく頑張って善行令嬢計画を決行したのだけれども、いまだ私は『悪役令嬢』と『破滅』をかいできていないのだ。

 剣術の練習も日々の鍛錬も人一倍頑張ったし、厳しい王子妃教育も必死にえた。とにかく『悪』にはならないよう『善』になることをひたすらしてきたというのに。


 なのに……この文字は変わらない。

 そもそもいつ『破滅する』という意味なのだろう? 来年か、また来年か……ときんちょうの繰り返しだったけれども、まだ何も起こっていない。このまま破滅なんてなかったことにしたいけれど、頭の上の文字が変わらないということは、運命はまだそのままなのだろう。破滅は近いのか、遠い未来なのかはわからない。

 心身を鍛えたり、勉強を頑張ったり、善い行いをするだけではきっとなのだ。もう何でもやってみるしかない。


「まだまだ諦めませんわ! 最終目標は善行令嬢ですわ!」


 メラメラととうを燃やしている私を『じょその①(お金大好き)』を頭の上に浮かべたマリィが冷めた目で見ていた。


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