九話 家出少女と盗賊
マナティアが来てからもう二週間が経つ。
その間色々と接触を試みたものの、関係は一向に改善される気配が無い、むしろ悪くなっていってるんじゃないかと思えてしまう。
ガルアさんには引き取ってもらった恩を感じているのか俺達と接する時とはまるで違う態度をとっている。
正直俺はどうしたらいいか分からなくなっていた、できることならいっそこのまま仲が悪くていいんじゃないかとさえ思えていた。
だが解決せずにこのまま行けば間違いなくいつか溜め込んでいた物が爆発して取り返しのつかないことになり得るかもしれない、だから俺は諦めずに仲直りを提案し続けたが聞く耳を持ってくれなかった。
そもそも俺はあいつの事を何も知らない名前と容姿くらいしか分からない。
解決にはまずお互いがお互いを知ることが不可欠だと思っている、だがその知ることさえさせてくれない、そんな八方塞がりな状況にあった。
そして今日最悪な事が起きてしまった。
マナティアの態度に我慢の限界だったのだろう、アレスが怒鳴り散らしたのだ。
まあアレスにしてはよく我慢したと思っていたが、それにしても言い過ぎなくらい罵詈雑言を浴びせ続けるのはどうかと思う。
その結果マナティアは孤児院を飛び出した、つまるところは家出をしてしまったのだ。
俺とガルアさんに「いくら何でも言い過ぎ」と責められたアレスは「だって……」と言い訳をしたそうな顔で口を噤んだ。
うーん、これは大変なことになったなぁ。なにより探した後の事後処理の方が面倒くさい。
「私とアレスでマナティアを探しに行ってくる、ニルは……外へはあまり出たくないのだろう? 」
ガルアさんが無理やりアレスを引っ張りながら俺の方へ顔を向ける。
確かに、あれから外へ出るのは少し抵抗がある。
でも外そのものが怖いというよりは誰かに見られることの方が怖いのだ。
この世界で異端とされる自分のこの白色の瞳を見られ、またあの痛々しい視線に刺される感覚を味わうのが怖かった。
前世でもあまり人前に出るような役割はしたくなかったし、出たら出たで赤面してしまうだろう。
だが、このままもし取り返しのつかないことになったら、前世で死んだ時に感じた後悔をまた感じることになったら、そう思うと体が震えてしまう。
だったら、その後悔をもう二度と味わうことが無いように尽くすべきだと思う、そしてちゃんと謝るんだ。
人間真摯な気持ちを向けられてそれを拒絶する事の方が少ないだろう、俺がマナティアに拒絶され続けたのはもしかすると自分の保身の為に関係を良くしようという気持ちが俺にあって、それが透けていたのかもしれない。
「少し、待っててください」
俺は階段を昇り自分の部屋にある正方形の木箱を手に取る。
箱の中身は五歳の誕生日に貰った魔道具『偽りの瞳』。
せっかく貰ったにも関わらず貰った時に付けた一回きり。
俺はコンタクトレンズの様な形のそれを両目に取り付けた。
よし、行こう。
そう決心して両手で自分の頬を叩き自室を出て階段を降りる。
「僕も、行きます」
「ありがとう助かるよ。三人の方が効率が良い」
「お、俺はあんなやつ探しになんか行きたくねえし……」
安堵したように見つめてくるガルアさんと、引っ張られたまま駄々をこねるアレスを横目に胸を張って歩き出す。
大丈夫、もう怖くない。
実に三年ぶりに玄関から外へ出た。
あの時はまだこの世界の事を知らなかった、今だって知らない事だらけだ、だけど前には無かったものがある。
それは、家族だ。
俺達が住んでいる孤児院はこの街バナウトの端っこにあり、西を見れば広大な草原が広がっており、東を見れば栄えているとはいえないが、道を走る馬車と懸命に働く人々の姿に石造りの建物と木造の家屋が建ち並んでいるのが見えた。
「まだそう遠くへ行ってないだろう、私は向こう側からこっちへ戻ってくるように街を回るから、二人はそのままこっち側から探してきてくれ」
ガルアさんがそう言って物凄い速さで遠ざかって行く。
恐らく魔力での身体強化だろう、にしてもガルアさんが何者なのかは未だによく分かっていない。
初めて会ったあの時は確か鎧を身に付けていたような……どこかの国で戦士とかしていたのだろうか?
まあ今はそんな事よりマナティアを探さなければならない。
「アレス、僕達も行こうか」
「……分かったよ」
俺達もしばらくしてから歩き出した。
街の端っこにある孤児院から街の中心へ向かうにつれて活気が溢れて行った。
市場には見た事がある様な果実も売られていたが、食べるのはまた今度だ。
それと不可解な事がある。
それは道行く人達の瞳の色がそれぞれ違うことがある。
俺が読んだ本によれば邪神を倒し、魔族を大陸の端へ追いやった後、今度は人族同士で色ごとに分かれて対立していたと記憶しているのだが、本の内容はあくまでフィクションだったのだろうか。
そのあたりは後にするとして、俺とアレスで街の人達に「青い髪の青い瞳をした少女を見ませんでしたか」と聞き込みをした。
だが誰一人としてマナティアを見たという者はいなかった。
その後しばらく探したが、マナティアはどこにも見当たらなかったので孤児院へとひとまず戻った。
もう日は落ちかかっている、俺は少し焦りだしていると、物凄い速さでこちらへ接近してくるのは何か……ではなく、ガルアさんだ。
「……一応確認するが、そっちはいなかったのかい? 」
ガルアさんも焦っているのか、深刻な顔をして尋ねてくる。
「はい……」
しかしまさかこんな大事になるなんて思ってなかった、ほんの少し時間が経てば自分から帰ってくるだろうとも思ったが、念の為に孤児院の中を探してたもののどこにもマナティアの姿は見当たらない。
そんな中、焦りと不安からか俺はマナティアが攫われたのではないかという最悪のパターンを考えてしまう。
この世界は前世の日本の様に治安も良くなく、盗賊のような反社会的勢力が蔓延っている。
実際俺も盗賊の被害に遭っているためその危険性については分かってはいるつもりだ、俺は運良くガルアさんの元に流れ着いたが……身を売られたマナティアのその後がどうなるかは想像に難くない。
まだマナティアとは知り合って日が浅いが、自分の知っている人が喧嘩してそのまま別れたきりになってしまうのは何とも言えない気持ちになる。
アレスも流石にヤバいと思ったのだろう、落ち着かないのかその場をグルグルと回り続けては止まってを繰り返している。
もうじき日は落ちる。そうなれば探すのは困難だろう。
皆考え事をしているのか誰も喋らない。
場に沈黙と緊張感が流れていると、何やら街の奥が騒がしくなっていた。
「街の方が騒がしいね、行ってみるとしよう」
ガルアさんの言葉に顔を見合せ頷いて街の方へ走り出す。
「何してんだアレス、ほら行くぞ! 」
後ろの方を見るとアレスが立ち止まっていたので無理やり引っ張り連れて行く。
街の中心では人がごった返し、大騒ぎになっている。
近くにある市場の方も商品が道に散らばっていたりと荒れていた。
「すいません、何があったんですか? 」
近くの適当な人に声を掛ける。
「盗賊が出たんだ、最近大人しいなと思ったらこれだよ全く……」
「そうですか、ありがとうございます。ちなみに盗まれた物とか分かりませんか? 」
「さあ? 今回は食品とかは盗まれたけど金品はあまり……そういえば小さな女の子が攫われていくのを見たって人がいたな」
その言葉に息を呑む。
「そう、ですか……教えて下さりありがとうございます」
最悪だ、案の定マナティアは攫われてしまったと考えて間違いないだろう。
しかし本当に盗賊に攫われるとは……。
俺は何があったのか聞き回っているガルアさんとアレスを呼び戻し、先程聞いた事を話す。
「そうか、盗賊とは……これまた奇遇だね」
意味深にガルアさんが呟くが何のことだろうか。
盗賊から俺を引き取った時の話か……いいや、今はそんな事考えている暇は無い。
「アレス……何を笑ってるの? 」
「盗賊に攫われたのをさ、俺達が倒したらきっと、あいつ俺達に感謝するだろ? したらあいつより俺の方が偉いって事になるよな……よし! 盗賊倒しに行こうぜ! 」
何を、言っているんだこいつ。
確かに感謝はされるだろうがそもそも居場所が分からないのにどうやって……。
「アレス、私も同意見だ。では……盗賊を倒しに行こうか、もちろんニルも来るだろう? 」
今度はガルアさんまで……二人して何を言い出すんだ、悪い薬でも飲んだのだろうか。
正直アレスは平常運転と言ってもおかしくは無いが、ガルアさんがこんな事を言うとは思っていなかった。
「落ち着いてください二人共、第一居場所が分からないじゃないですか」
「いや分かるさ、私の『眼』が教えてくれる」
眼? どうやって探すんだ見えもしないのに、それとも某少年漫画のアレみたいに探すのか……。
俺が知る限りじゃ属性の識別の為という役割こそあるが眼にそんな特殊能力があるなんて知らない。
それこそ魔術の範疇を超えているのではないだろうか、それとも魔術とはそれ程までに幅広く活用出来る万能な物なのか、どちらにせよ知らないことに変わりは無いのでなんとも言えないが。
「その『眼』ってなんです? 」
「大分ざっくり言うが、私の眼は今求めている物が光って見えるんだ。その光は天に昇るほど高く延びて、私にそのありかを教えてくれる」
とても便利な眼だな……どういう仕組みでそうなるのかもっと知りたい気持ちもあるがそれは抑えるとして、そもそも戦闘をして盗賊に勝てるのかという疑問点がある。
ガルアさんは出会った時に鎧を身に付けていた事から何かしら戦いに関わる仕事をしていたのは分かるし、アレスはそのガルアさんから剣の天才と言われている程だ。
俺の戦闘面に関しては、未だに魔術は使えないし剣は苦手。
だけど身体強化で加速して殴ればまあそれなりには戦えるかもしれない……だが相手は盗賊となると、武器は持っているのが当然だ、危ないのは変わらない。
そもそもそんな俺が戦っても足でまといになるだけだろうし戦いは二人に任せて俺は盗賊を避け続けた方がいいかもしれない。
「分かりましたよ、それでは手遅れになる前にマナティアを助けに行きましょう」
「盗賊……全員倒してやる! 」
「そうだね、手遅れになる前に急ごうか。」
そうして俺達は孤児院へ一旦戻る。
俺とアレスはガルアさんから真剣を渡され、ガルアさん自身は使い古されているが丁寧に手入れされている大剣をベルトで固定し背中に背負っている。
「紹介しよう、これが私の愛馬ルーシャだよ」
外へ出ると漆黒の美しい毛並みを揃えたガルアさんの愛馬が佇んでいる。
正直ガルアさんのような厳つい風貌の人が乗るというよりはイケメンの騎士が乗ってそうな見た目だが……まあでも、ガルアさんはイケメンてより逞しい……いや、やめとこう。
俺とアレスは脚の長さが届かず馬に乗れなのでガルアさんに乗っけてもらった。
馬の背中ってなんかこう……変な感じだな。
まあただ単に乗り慣れていないだけかもしれないが。
「さあ出発だよ。二人共準備はいいかい? 」
「盗賊なんて俺が倒してやるぜ」
「まぁ、はい。早くマナティアを助けに行きましょう……って、わぁ!? 」
いきなり馬を走らせないで欲しいなガルアさん……、びっくりするから「走らせるぞー」くらいは言って欲しいところだ。
さて、ここは前世と違って死が身近にあることくらいは外に出ていなかった俺でも分かる。
まして相手は盗賊ともなれば汚い手だって使ってくるだろう。
今の俺は魔術を使うことも出来ない、あるのは身体強化が多少人より上手く出来るのとちょっと剣が振れるというたったそれだけ。
ここで死んだらもう一回は無いと考えるのが普通、むしろここで生きていることの方がおかしいのかもしれない。
それでも、生きていたいし後悔はしたくない。
なら俺ができる全力を尽くそう、でも綺麗事かもしれないが殺しはしたくない。
相手は俺の命を問答無用で奪いに来るだろう、それでも俺は誰かの命を奪うことは出来ない。
でもどうしてもやらなきゃいけないとなったら……。
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