第10話 貧困街のパレード

 貧困街には大通りがないが、その近くまでは回らなければならなかった。

 はっきり言えば現代でも治安が悪い。近年改善されてきているという話ではあるが、何が起こるか分からないのは今でも相変わらずだそうだ。

 私たちは笑顔を振りまきながら、内心緊張してくる。

 後ろ姿しか見えない団員たちの雰囲気がなんとなく変わったのが分かる。

 明らかに肩に力が入っている。

 全員には言い含めてある。たとえ私たちがどんな目に遭っても彼らを殺してはいけない。

 獣人の彼らだって私たちの国民のひとりなのだと。


 団員には直接言わないものの、私たちは現代の姫騎士なのだから、誇り高い精神性は受け継がれていくものだった。


「見ろよ。赤いミニスカート。ついに紅百合騎士団様がきたぞ!」

「紅百合騎士団様、この前はありがとうございました!」

「紅百合騎士団様、ありがとうございました」

「ありがとうございます」

「「「ありがとうございました」」」


 貧困街の近くにきて一気に雰囲気が変わった。

 街は相対的にボロい家ばかりになり、茶色いみすぼらしい格好の人たちが沿道を埋め尽くしている。

 人族とエルフ街はここまで集まっていなかったのに、何事だろうか。

 私たちはその熱狂が少し怖かった。


 まさかこの日にエルフ国政に対するデモでもするつもりなのだろうか。

 最初から暴動を起こす可能性すらあった。

 私たちは王国の象徴なので、私たちを襲って辱めるというのは理にかなっている。

 しかしここを通るのが通年の決まりだ。

 ルート変更などしたら、そのほうが余計暴動になってしまう。

 なんで通らなかったとお怒りを買いたくはない。


「ありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」


 眺めているうちにみすぼらしい獣人族の人々が頭を下げるどころか地面に土下座をはじめた。

 それはあれよあれよと広がっていき、あたり一帯には獣人がずらっと見渡す限り私たちの前で地面に頭をつけている。


 ――なんだこれは。


 私たちに感謝しているのは嫌でも分かる。でもいくらなんでも大げさではないだろうか。

 確かに獣人たちを襲っていたブラッディベアを退治したのは私たちだけども。

 まさかこういう事態になるとは予想していなかった。


 これはこれでめちゃくちゃ恥ずかしい。

 ところどころ子供が頭を上げたりすると周りの人が押さえていた。


 そして頭に地面をつけているので、顔を上げるとスカートの中が見えてしまいそうだ。

 だからといってスカートを押さえる仕草などしようものなら笑いものになるのは目に見えている。


 スカートの中が見えそうだから、顔を上げて欲しい。

 なんて言えるはずもなく、私たちは内心顔を引きつらせるような思いで歩いていく。


 笑顔だ笑顔。


 狂信的な人々のほうが怖い。心の底からそう思う。

 彼らは私たちを攻撃する気がないのは分かっているが、なお怖い。

 私たちに感謝の土下座を捧げているだけのつもりなのだろう。

 しかし王様がこれを見てどう思うかはまた別の話だ。


 獣人街の突き当りの門で折り返して戻ってくる。

 まだ獣人たちはずっと感謝の言葉をいい、祈りを捧げたり、泣いている人までいる。


 私たちは顔を引きつらせないように笑顔を張り付かせて、この日のパレードを終わらせた。

 襲われることはなかったが、違う意味で怖かった。


 この日、紅百合騎士団は獣人層の熱狂的支持を取り付けたことが誰の目にも明らかだった。


『獣人たちは王様より姫様の命令に従うだろう』


 とは笑えない笑い話、噂が立った。

 王と姫では立場が違う。

 王政では王を表立って不当に批判してはいけない。

 これくらいであれば笑い話ですむかどうか、ぎりぎりなラインだ。


 これが癇癪かんしゃく持ちの王様だったら今ごろ貧困街には謎の不審火によりその全体に粛清の炎が燃え移り一晩で焼け落ちていたかもしれない。

 何人、いや何百人、何千人の犠牲者が出たか。

 そう思うとぞっとする。


「ちょっと聞いてくれよ、酷いんだよ」


 王にマナ姫と共に会いに行ったら開口一番こういわれた。


「誰がどう酷いんです。王が文句つけると首が飛んだりするから謹んでください」

「それが秘書官のルルーナがな、ワシが貧困街に火を放ちますか? って聞いてくるんだ」

「そりゃ怖い」

「だろう。ワシを何だと思ってるんだか。そんなことするわけないだろう」

「でもアルバート王って外の評判だとけっこう怖いってことになってますよ」

「そりゃぁ何人も殺した殺人鬼を王国広場で処刑したからか、あれとこれとは違うだろう」

「そうですね」

「それなのにみんなワシが処刑大好き王だと思ってるんだよ」

「まあ王国で処刑になった人って数えるほどですから、しょうがないですよ」

「くそぉ連続殺人鬼め。死んでなお王に歯向かうか」

「そういうこというからみんなびびっちゃうんじゃないですか」

「ワシのこと怖くないのはマナとクリスくらいしかおらん」

「もうちょっと多くの家臣とちゃんと話したほうがいいですよ。こじれる前に」

「そうする……」


 アルバート・エメラルド王が拗ねている。

 まったく何歳なんでしたっけ。

 エルフの王族は無駄に長く生きるから、もう年齢が分からない。

 ようやく子供を作って丸くなるかと思えば、怒ったり処刑したり忙しいらしく、怖いと言われてしまっていた。


 なんやかんや私たちも忙しい。

 久しぶりにマナと秘密のお茶会をすることになった。

 場所は公爵家の中庭だ。

 旧知のメイドさん以外全員を念入りに立ち入り禁止にする。


 秘密の花園……ようやくマナとふたりっきりになれる。

 私はその日がくるのを今か今かと待って、ようやくその日を迎えた。

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