第4話 紅百合騎士団

 私とマナはデビュタントのパーティーで思う存分踊り、男たちに見せつけてやった。

 私たちの愛は男たちの視線よりも何倍も深いのだ。


「はい、あーん」

「ありがとう、おいち」


 こうやって公爵邸の庭でクッキーを食べさせあいをしながら、まったりとパーティーの話をしたり、なにげない話をしたり、近所の子猫のことをしゃべったりした。

 いつもこのように長閑にずっと、楽しく二人だけの秘密のお茶会ができればどれだけうれしいか。


 はぁ。今度、公爵家としては派閥の子たちを集めて、デビュタントに出た女の子たちのお披露目会をしなければならないのだ。

 もちろん出席者は女の子のみで、さらにどの子も少なからず顔見知りなので、今更ではあるのだけど、そういう決まりなのだから仕方がない。

 手紙を出すだけでも億劫だ。手紙を書いてくれる機械や魔法ができないだろうか。などと考えてみても、難しいに決まっていた。

 きっとそんな魔法があれば貴族はこぞってその魔法を導入するなり、その魔法使いに手紙を書かせるだろう。

 でも実際には直筆の手紙を出すことが礼儀であって、他人に書いてもらうこともあまりよくないとされるので、魔法があっても使われないかもしれない。


「クッキー美味しいね。クリス」

「はい。美味しいですよ。マナ」


 私とマナが見つめ合う。

 彼女の目はすでに潤んでいて、ピカッと光るものが浮かんでいる。

 顔がだんだんと近づいていき、そして……。


 ちゅ。


 唇が重なった。唇で触れ合うだけのキス。

 メイドが目を離したほんの少しの時間にだけ許された、秘密の行為。


「んっ……」

「はぁはぁ」


 なんだか興奮してしまった。

 マナ姫の美しい顔もほんのりと朱が差して、赤くなっている。

 その火照った顔は男の子に見せたら一発で勘違いしてしまいそうなほどだ。

 でもそんな顔をするのは私の前でだけなので、そういうことは起きない。


「姫様、すみません」


 さて二人の甘い、秘密の花園に邪魔が入った。

 メイドさんが緊急の用件を伝えに来たのだ。


「王都近郊の平原に、ブラッディベアが出たという情報です」

「ブラッディベアですか」

「はい、確かなようです。被害者は平原でスライム狩りと薬草採りをする下級層の獣人たちばかり十人ほどがすでに餌食になって死亡しています。他にも怪我人が五人ほど出ていますが、なにぶん獣人だけなので王国は動かないかと」

「ふむ、どうです? クリス」

「どうって獣人だからと見捨てることなんて、できませんわっ」

「そういうと思ったわ」


 ドンとテーブルに手をついて、私は興奮気味に立ち上がる。

 獣人への差別はいままでさんざん目の当たりにしてきた。

 今回の件も被害者が初心者の冒険者である獣人たちばかりであるため、国は関与するほどではなく傍観を決め込んでいるという。

 許せない。そんなの許せるはずがない。

 獣人たちが冒険者をしているから、私たちだって多くの国民が肉や薬草を手に入れることができている。

 自分たちとは職業も違うし関係がない、などと言える人は分かっていないのだ。

 回りまわって、獣人たちの生産活動が自分たちを支えていることを。

 もちろんヒューマンもエルフもそれぞれ役割がある。

 そうやってお互いできることを役割分担して、社会は成り立っている。

 それなのに、獣人たちが被害者だからといって、無視するなんて。


「着替えてきます……紅百合騎士団の制服を」

「はいっ」


 メイドさんに命令を出すと、さっとクローゼットのほうへ先に準備に行ってくれる。

 私はゆっくりとふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、自室へと戻った。


 ドレスを素早く脱いで紅百合騎士団の制服に着替える。

 赤と白で構成されたドレスアーマーは美しいが、少しばかり恥ずかしい。

 ミスリルのブレストプレートに赤いドレス風の生地でできている。

 問題は装飾性のみを考えられた、この真っ赤なミニスカートだった。

 こんなヒラヒラで戦うのは正直、破廉恥ではあるが、これが制服として決められているからには着ないわけにはいかなかった。

 どうせ女には実戦は無理だと言わんばかりで男の目を楽しませることしか考慮されていないミニスカートだ。

 紅百合騎士団は私たちのようなエルフの少女から構成された物理と魔法の混成部隊だ。

 実戦ももちろんこなすことができると自負はある。

 しかし実際にはパレードで花形を務めたり、パーティーや各種儀式の護衛など、目を楽しませることを目的に結成されているのだった。

 エルフは強力な魔法が使える。身体強化も扱えるので物理攻撃ももちろんできる。

 だからその辺のヒューマンの一般兵に比べたらはるかに強いが、私たちは女の子の人形部隊と言われていることくらい知っている。


 私が着替えている間にマナも紅百合騎士団の制服になっていた。

 ミニスカートと黒いニーソックスの間に存在する絶対領域の白い太ももがエッチだ。

 マナは太ももの少女のソレで細いのだけれど、その儚い感じが異常にそそる。

 マナは私の家にしょっちゅういるというか、一年の半分くらいはいるので、この公爵邸にも個室を持っていて予備の紅百合騎士団の制服も用意されているのだ。


「マナ、可愛いよ」

「あら、クリスだって可愛いじゃない」

「まったく呆れる。このような格好で戦うとは」

「これでも防御力は一部分を除けばけっこう高いんですよ。特にブレストプレートとか」

「ああ、これはミスリルだからな」

「でしょ」

「メイドさん、馬の用意を」


 メイドに出発の準備をさせる。

 その間に壁に掛けてあった剣を取り上げ、腰に下げる。


「隊長、ではご指示を」

「はい。マナイス・サファイアが紅百合騎士団長として命じます。クリス副団長、騎士団の全力を持って王都平原のブラッディベアを討伐してください」

「拝命いたしました。謹んで、お受けいたします」


 マナは紅百合騎士団長の隊長なのだ。

 そして副団長には私。もちろん自ら志願して選ばれた。マナを補佐する重要任務だ。


 どちらも任命されて一年くらいだろうか。

 実戦経験は非常に乏しい。しかし戦わなければならない時がある。

 それはまさに今だった。


 相場の白馬に乗る。

 本来、王国の礼儀作法ではミニスカートで跨いで乗馬するなど、はしたないの極みだ。女の子のすることではない。

 女性はズボンをはくか、もしくはスカートならば横座りするものだ。

 恥ずかしい。けれど、背に腹は代えられぬ。

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