第2話 敵ばっかりの舞踏会

 馬車は進み、大ホールへと入っていく。

 私は姫であるマナ王女にエスコートされて、馬車を降りる。


「ねえ見て。あれがマナ王女と、フィアンセのなんだっけ」

「クリス・エメラルド様よ、公爵家くらい覚えておきなさいよ」

「ごめんごめん」


 なんだか声が聞こえてくるけれど、そんなことを気にしている暇もない。

 すでに男性陣からはマナもそして私も、熱い視線を浴びせられていた。

 会場内にいる耳の尖ったエルフ、エルフ、エルフ、エルフ、エルフ。

 エルフに酔いそう。

 給仕のヒューマンの女の子のほうがまだ私に優しいぶんお得だ。


 ドレスでどれだけ着飾っても、これは彼らのためではない。マナと一緒にダンスを踊る約束をしたから。

 最後までしっかり爆発せずにデビュタントを終わらせると、マナと。他でもないマナと約束した。


「いい、デビュタントは命なの。少女の一生に一回の大切な初めてなんだから」

「うん、それで何、マナ?」

「最後までいてダンスを一緒にしましょう。きっと男たちを出し抜いて踊るのは最高だよ」

「もう、悪い子に育ったのはどっちなんでしょうね」

「そんなこと分からないわ。私だってあなただって同じこと考えてたでしょ」

「えへへ、ばれてーら」

「もう」


 マナがそれっぽくウィンクしてくる。

 あの約束は覚えているよね、という合図だ。

 もちろんだよ、とうなずいて同意する。


 それだけで心が通じ合う。この距離感がたまらない。

 他の男たちとは百メートルくらいは違う。

 男子諸君、私とマナの仲を上回れるくらいの勇気と根性とそれから寛容さと、それからやさしさ。

 そういうのを見せてくれよ。


 男子たちの視線は相変わらずだ。

 激しく男同士の視線がぶつかり合っている。誰が最初にご挨拶をするか、でもめているようだ。

 いや、そういうの、ナシなんですよ。そういうの嫌いなの。

 今日は私のデビュタントなのに、久しぶりに人前に出てきたマナ王女に誰が最初に声を掛けるかだなんて、私から見たら最悪でしょうに。

 確かにここの会場にはエルフ街の今月生まれの子が全員デビュタントだけれども、主役は私たちだ。

 姫様は特別なのはその通りだけど、今日の主役は私たちだって理解していないとか、おかしいでしょうに。


 姫様は六月生まれ、私は九月生まれだ。

 姫様はあの電撃のデビュタントで私の恋人宣言をして、恋人じゃなくて妻で夫だと言い切ったのだ。

 それ以来、非難の嵐を避けるために、なかば活動自粛していた。

 それでマナ姫にアタックしたい人全員が絶望の顔をしたのに、まだ懲りていないと見える。

 どうせご破算になる、と顔に書いてあるから、ほら姫の顔にも青筋が見えそう。

 このままじゃあ私の前にマナ姫の堪忍袋の紐が切れるぞ。


「ちょっと、みなさん。私への挨拶は大切ではありますが、今日の主役は彼女たちです」

「ふむ」

「主役への敬意を疎かにするのは、私は好みませんが、いいのですか」

「ひゃあ」


 近くにいる男子たちが完全に青い顔になった。

 まずい、といまさら気が付いたのだ。遅いんだよなぁ。


 すでにマナ姫に「私は好みません」とまで言わせている。「配慮が欠けていますわ」とかいうレベルをもう超えているのだ。

 男子たちが散りだした。逃げていくつもりらしい。まったく情けない。

 そして主役の女の子たちへ挨拶をしていく。

 そうそう、それでいいんだよ。


 ただ私だって気に食わないことがある。

 マナ姫が鋭い眼光で威圧しているので、私の前に並ぶ「勇者」がなかなか現れない。

 最初さえ突破してしまえば、とみんなで小突き合っていた。勇者は譲ってやるっていう態度もなんだか私は納得ができない。私をお嫁にしたいならこれくらいやってみせてくださいよ。なんでそんな勇気もないの。


「マナ、そのへんにしておけ。男子たちがおびえている」

「そんなお兄様。だってクリスちゃんは私のだし」

「独り占めはよくないよ、マナ。――クリス・エメラルド様、エリマート・サファイアです。第一王子をしています。以後お見知りおきを」


 そういって最敬礼をする。それを見て周りの黄色い声と絶望の声が小さく響く。

 これは紳士の礼だけれど、最敬礼はちょっと大げさなのだ。

 エリマート様はマナイス姫のお兄様で十八歳。

 私がそっちの気があれば、婚約者候補筆頭だったんだろうけど、残念ながら私はマナイス姫のほうが距離が近いのだった。


 ああそうそう、知り合いだったとしても、デビュタントではじめまして、というのが礼儀作法とされているのだ。


「あっはい。エリマート・サファイア様、第一王子。クリス・エメラルドです。以後お見知りおきを」


 そういって彼が軽く手にキスを落とす。

 また黄色い歓声が上がるが、本人たちは無視して進める。

 手にキスくらい。


 なんてことはない。なんてことはないんだから。ちょっと変な意味で動悸がするけど、マナとキスしたことを思い出しただけ。

 本当は唇同士のキスだって、しちゃダメなのだ。

 婚約していないなら、キスもダメ。

 私たちの秘密のキスを知っているのか知らないのか、実は私も知らないのだけど、エリマート第一王子は優雅に挨拶をして見せた。

 そして続々と勇者が現れたので後に続く、軟弱な男の子たち。

 私も鬼ではないから、挨拶には挨拶を返す。

 ただし棘がある人、いるんだよね。この期に及んで。王子がスマートに挨拶したのにちくちく言葉に含みを持たせる人がたまにいる。

 それには棘を返しつつ、みんなと同じように顔だけは笑顔を向ける。

 私も随分とこの仮面もうまくなったものだ。

 マナと約束したのだ。爆発しないと。


 本人たちが婚約したと言い張っても、両家の両親が了承していないので、実質無効ということになっている。世間体上は。

 実をいうと、両親はどちらももう諦めて認めている。

 内々では事実婚ということで、年月を経てば素晴らしいパートナーだった、と認識されるだろうという予測を立てていた。

 いわゆる政治的配慮というものだ。

 でも私たちはもっとお茶会やこういうパーティーを引っ掻き回して、公認にさせたいのだ。

 両親にも笑顔で本当は結婚しておめでとうって言って欲しい。


 我がままだと分かっていても、それが私たちの本心なのだ。

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