第1話② 恥ずかしすぎる出会い?

 その『ユキさん』は、身バレが嫌だという理由で顔写真をアップしていなかった。……ヘタレな俺はメッセージのやりとりの間にも『顔を見せてください』とは聞けなかった(一応俺の方は顔写真を晒している)。


 すると、あちらの女性もまた、視線をあちこちに彷徨わせたのち、わずか俺にも顔を向けてきた。明らかに周囲の様子を窺っている。間違いない。あれは顔を知らない人と待ち合わせをしている人間の挙動だ。俺は詳しいんだ。


(うわ……マジか。来てくれた……!)


 視線がかち合ったことで、初めて彼女の顔もわかった。そのくりっとした大きな瞳が印象的だった。


(しかもかなり美人じゃん……!)


 男って本当に単純。さっきまでの激底だったテンションが瞬時にして爆上がり。

 

 ……と思ったのも束の間。


 『ユキさん』は、俺の顔を見るなり、わずかに首を捻っていた。表情にもかすかに困惑が読み取れる。


 ……あ、俺のパッとしないルックスに引いたんだ。イメージと違うって。いや、もっと直球で、『顔ビミョー! ダサッ!』とか思ったのかもしれない。


 そう直感した。

 ……というよりも、過去の経験則から来るデジャヴ感といったほうが正しいか。婚活を始めてから……もとい、人生の中で何度も異性から浴びせられた視線だから。

『被害妄想か。草』で済めばいいのだが、


 男って本当に面倒くさい。激アゲだったテンションが今度は刹那にして爆下がり。


 ああ、こりゃ100%うまくいかないな――――――

 この時点でもう未来が見えてしまった。アニメの予知能力者が幻視するよりも確実な未来が。


 アプリでの出会いなんて、第一印象がすべてだ。


「実物は違ったわー。ビミョー」なんて思われた時点で、諦めなくても試合終了。そこからの挽回など安西先生の激励でも不可能。頑張って会話を盛り上げようとしても、必死に相手の話す事に共感してみせても無駄。零れた水は盆には返らない。

『人は見た目が9割』とはよく言ったもんだ。


 そして、これから俺は、当たり障りがなくて、お互いに上っ面だけで、無為で……そして空虚で、意味のない会話を交わして、ただ心に傷を負うだけの2時間を彼女と過ごさなくてはならない。


 気づかなったフリして、帰ろうかな。

 むしろ、好みじゃなかったぶん、俺がスルーしてくれたほうが彼女も嬉しいしホッとするんじゃ――――。


 そんな最低の思考が頭をよぎる。だけど、


(いや、それだけはダメだよな―――――)


 俺は心の中だけで首を左右に振った。


 理由はどうあれ、『会ってみませんか?』と誘ったのは俺だ。そして、俺の実物がまったく好みじゃなかったとしても、受けた約束を守って彼女はここまで来てくれた。当日になって突然ブッチをかましきてた女たちを思えば、ユキさんは十分すぎるほど誠実だ。


 ここは、声をかけるのが礼儀でありマナーだろう。男として、というよりも人として。

 たとえ、その場で拒否されたとしても、だ。

 どんなに女が、他人が信じられなくなっても、最低限の約束だけは守る程度のモラルは持ち合わせていたい。


 せめて、この時間だけは顔には出さないでほしかったけど。でもそれはもう仕方ない。詮無き事だ。


 そうだ。彼女とうまくいくとはとても思えないが、今後を考えれば経験値を積んでおくのは悪い事じゃない。特に相手が美人だと俺、いつもあがっちゃうし。練習だ、練習。セクハラやパワハラに厳しく非モテには生きづらい世の中にあって、少なくとも合法的に女性と話をしていいところまでは来れたのだから。


 レベルが低すぎるハードルではあるが、そう思うと少しだけ気が楽になった。すみません、ユキさん。俺がイケメンじゃなくて。

 でも、今日だけは、少しの時間だけ、俺にお付き合いください。あなたくらいの美人ならすぐに次が見つかりますから。


 腹を括って、俺はユキさんに歩み寄る。

 すると、彼女もまた身体ごとこちらに向き直った。


 俺は生唾を飲み込み、なけなしの勇気を振り絞って声をかけた。


「あの、すみません……」


 うう……声が震えているのが自分でもわかる。ああ、また引かれただろうな……。スマートじゃないし。


「は、はい!」


 と思ったが、彼女もまたそれなりに緊張していたようで、焦った様子で返事をする。俺のどもり具合を気にしている余裕はなさそうだった。

 ……ちょっと意外だ。男に声をかけられるなんて慣れてそうなくらい綺麗なのに。それともナンパと婚活ではやっぱり女性側も勝手が違うのか。


 そして――――


「ひょっとして、『ユキ』さんですか?」

「ひょっとして、『リュウ』さんですか?」


 ボタンの掛け違いが明らかになる。


「「……えっ?」」


 台詞が見事にまでハモった(ただし一か所除く)俺とユキさん(?)は、お互いに使い古したPCのようにフリーズする。

 

 これ、もしかして――――――。

 

 ひどく困惑した様子で、俺の目の前の女性は言った。


「わ、私は『ハナ』、ですけど……」


「…………」


 ……俺、なんかやっちゃいました?(なんかではない)

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