神造世界アルヴヘイム

　それは2柱の神が造り上げた世界。

　神の世界の学び舎で、一つの課題として造るよう言われてできたその世界は、2柱とはいえまだ未熟な神が造り上げたもので、課題を終えた後はいずれ勝手に消えるだろうと放置されていた。

　その世界は他の数多くある世界に紛れて保管され、しかし当初の予想を外れ世界として安定したものとなったことで、人知れず神の世界では一人前の証となる”完成した世界”となってしまった。本来なら最初に造った完成した世界というのはお気に入りの世界とは別に記念として神が気に掛けるものだが、その世界は既に消滅したものと思われ、存在すら忘れられていた。

　そんな神に忘れられた世界アルヴヘイムでは過去に一度、大きな争いが起きていた。

　1柱が生み出した人間と、もう1柱が生み出した魔物による争いである。

　それぞれの神がそれぞれの種族を生み出した裏には、ちょうど当時2柱が喧嘩をしていたことで、お互いの心情を反映し、敵同士になる種族が雛形から自動で生み出されてしまったという話がある。その喧嘩も直ぐに終わったのだが、あくまで世界創造の練習だということで、種族についてはそのままとなっていた。性質を反映した神がすぐに仲直りしたように、両種族の互いに対する思いも本来なら一時的なものだったが、犠牲者が出ていたことによる恨みと憎しみは人間を駆り立て、知能が低く仲間意識が小さい魔物も黙ってやられる道理はなかった。

　人間と魔物による争いは、最初こそ人間の方が圧倒的優位な状況のまま進んでいた。魔物を駆逐しかねないほど、両勢力には力の差があった。

　しかしその後、魔物側に”魔族”という存在が現れることで、魔物側が少しだけ盛り返すことになる。そして人間は、その魔族こそがもう片方の神が生み出した本当の種族であると理解した。

　というのも、この世界で神が生み出した種族は『祝福《ギフト》』を授かるよう設定されているのだが、魔物には『祝福《ギフト》』が一切与えられていなかったのだ。そして新たに現れた”魔族”が『祝福《ギフト》』を持っているということは、こちらこそがもう片方の神が生み出した種族ということになる。

　魔物からの進化によって生まれることを条件とした種族の発生は種族構成のリソース消費を軽減し、残ったリソースによって魔物が持つ進化の要素を強化した魔族は、最初こそ魔物に『祝福《ギフト》』の力と人間と変わらない知能が加わった程度の力だったが、種族の進化を繰り返すたびに本人を構成する要素も進化をすることで『祝福《ギフト》』を始めとした各能力も強化される大器晩成型である。

　魔物に人と同じ知能が与えられ、凶暴性はあるが知能が低い魔物を下位種とは言え支配し指揮できる魔族は脅威となった。だが、それでも人間側の優勢を覆すことはできなかった。最初に生まれた勢力の差は大きく、魔族は魔物の中から突発的に生まれるためまとまることもできず、その前に見つかって討伐される。

　このまま魔族が滅ぼされるのかと思われたが、人間は先を見すぎてしまった。魔族や魔物を倒した後のことを考えて行動してしまったのだ。

　この世界には人間の中でいくつも種族があるのだが、魔物という脅威がある中でも生活様式や思想の違いによる種族対立が人間の間で生まれていた。種族によるまとまりはいずれ国を作り、各種族は自国の利益を優先して他国に計略を図り、魔族への対処の優先順位が下がってしまった。その隙に魔族は姿を隠し、人間と魔族の争いはどちらかが全滅するという完全な決着がつく前に一旦の終わりを迎えた。

　その後は人間の種族間での争いがあり、いくつかの国が滅んだり併合したりを繰り返す。その過程でとある種族は国が無くなり他国に種族ごと奴隷にさせられたり、とある種族は数が少ないこともあり国という枠組みを無くし流浪の旅に出た。中には種族の違いを受け入れ新たな国を興したところもあったが、その全てが上手くいったわけではなく、結局分裂した国もあった。

　そんな激動の数百年が経ち、ようやく各国の国境沿いが落ち着いた頃、今度は魔族が魔族の国パンデモニウムの建国を宣言し世界を混乱させた。魔族との戦乱は古い記録となり、当時は小規模な集団としか戦っていなかった。それが国というより大きな集団を形成した。まさに悪夢である。

　パンデモニウムには長命の者もおり、過去の屈辱、一方的な迫害を覚えていた者がいた。そんな魔族たちの怒りを原動力に人間の国に戦争をしかけ、使役した魔物も含めた膨大な戦力で瞬く間に人類を脅かした。

　人類の各国は表面上は手を結び魔族に対抗した。主導したのはパンデモニウムと国境を接し、世界最大の宗教の総本山がある宗教大国レミントンであった。この世界は人類のものであり、魔族が間違いで生まれてしまった種族である、完璧な世界にそのような間違いは存在するべきではないという教義を掲げている。この過激な思想が最大宗教というと違和感があるが、実際は大半の人が長い物には巻かれろの精神で入信しているだけである。しかしその信者の数が実際の権力へと変化し、多くの人は異端審問を恐れ引くに引けない状況になってしまっている。

　再び種族間の戦端は開かれ、数百年の間戦争が続いた。現在では大規模な衝突は起きていないが、それでも小競り合いから国境砦に被害が出ることは多々ある。

　小競り合い程度ならば互いに歩み寄れる余地があるのではないか、むしろ戦いを続けた方が損害は大きいのではないかという厭戦の雰囲気も漂う中、それでも国同士は戦いを止めなかった。

　そんな中、両国の状況に疑問を抱く逸脱者が両陣営に現れ始めた。

　戦争に出るのは人類側からは連合軍として結成された一般兵と、職種を選ばず強力なギフトを持った平民から選定された勇者と呼ばれる者たち。

　一方で魔族側から戦争に出るのは、元老院によって選ばれた魔王と魔物を使役する各種族の魔族たち。

　最初の逸脱者は勇者の一人であった。彼は仲間の一人である魔導士とこんな会話をしていた。

「連合軍の兵の多くが戦争を終わらせるために命を懸けているのに、その連合軍に入るのは各国の一般兵だけなのは何故だ？」

「何故って、兵士が連合軍に入るのは普通のことだろう？」

「だが、騎士だっているだろう？あいつらの方が強いじゃないか。貴族や王族は強いギフトを持った人同士での婚姻で、長い間ギフトの血統強化を進めてる。何でその騎士には国の守りだけをさせてるんだ？あいつらが最前線に出たほうが戦果が上がるだろう。」

「それは暗殺を警戒してるんじゃないか？上層部がやられれば、国を維持できなくなるから。」

「でも、実際には暗殺未遂の報告すらない。それなら少しは前線に回してくれてもいいだろう？これじゃ・・・。」

　口を噤んだ先の言葉は魔導士にも想像できた。勇者は国の上層部に不信感を抱いているのだろう。連合軍は国の上層部の指示によって動いているが、作戦意図も感じられない撤退や前進の指示が複数回あり、まるで戦争を長引かせようと、戦死者の数を増やそうとしているようにも見えるのだ。

　その勇者は同じような疑問を魔王に向けても投げかけた。

「元老院に魔王になれと言われて素直に受け入れたのは何故だ？」

「知れたこと。元老院の魔族たちは皆強大な力を持った魔族。そんな彼らに認められるというのは名誉なことだからだ。」

「何故、元老院の魔族は自分たちの方が強いのに魔王にならないんだ？」

「・・・。若い芽を育てるためだろう。責任ある立場に就くことで育つ能力もある。」

「だが、結果として魔王は長くは続かない。戦死しただけじゃない。いつの間にか別の魔族が魔王になっていたりするのは何故だ？お前の先代だってまだまだ現役だっただろう？戦死したという話も聞いたことがない。」

「・・・先代は権力に溺れてしまった。その責任を取って・・・。」

「俺は先代の魔王を戦場で見たことがあるが、周りにも慕われているようだったぞ？権力に溺れるようなやつだったのか？」

　とうとう魔王は口を開かなくなる。勇者の問いかけに不満を覚えたからではない。そもそも魔王の存在の必要性に疑問を抱いたからだ。

　魔王は魔族の王とされているが、実際は元老院を通さなければ国を動かすことはできない。例え国のための方針を立てても元老院に反対されればそのまま泣き寝入りをするしかない。何故か？元老院の魔族の方が魔王よりも強いとされているからだ。そして元老院からの提案という形を取った強制命令は魔王から国民へと伝えられる。その命令によって不都合が起きた場合、その不満は魔王へと向けられる。元老院の案だということは告知されないからだ。

　先代魔王は強力な力を持っていた。それでいて民には優しく、いずれは元老院入りするという期待すらされていた。

　しかし突如として民を蔑ろにした人間の国への無謀な侵攻を提案。多くの犠牲者を出した上で成果を上げられなかったことで元老院が魔王を処断し、その信頼は地に堕ちた。

　だが今にして思えば、無謀だと国民すら思うような作戦だったのに元老院から何の介入も無かったというのは流石におかしい。元老院はそうした魔王による独裁を無くすために存在していると公言しているからだ。

　逆に元老院が先代魔王にそうするよう指示を出したのだとすれば？元老院に対する不信を持った上で理由を考えると容易に想像がついた。国民の人気があり、今後も戦場で力を付けるであろう先代魔王を、自分たちの独裁の障害になるであろう存在を排除するためだ。

　そこまで考えると、魔王というシステムそのものが若い芽を早いうちに摘んでおくためのもので、先程自分が言ったこととは真逆なのだと理解し魔王は顔を青褪めさせる。

　疑問を持った魔王と勇者はその場で争うことをせず、魔王は国へ帰り元老院のことを調べようとする。

　しかし、元老院は強大で、狡猾であった。

　魔王が秘密裏に調べていたはずのことは全て露見しており、逆に罪をでっち上げられ、国民たちも元老院の言うことを信じてしまい窮地に陥る。

　その窮状を救ったのは、パンデモニウムに少数精鋭で潜入していた勇者一行と、実は生きていた先代魔王とその仲間達であった。

　魔王を殺害するために来ていた元老院の二人と死闘を繰り広げ勝利すると、先代魔王が秘密裏に準備を進めていた他種族国家アルカディアの建国計画を始動させた。

　目立たないように全国を足を使って周り、国を問わず現状に疑問を抱いている人に移住を提案し、徐々に徐々にアルカディアは大きくなっていった。

　やがてその活動内容が世界中に聞こえるようになり、人間も魔族も関係なく、相手を種族ではなく個人で見ることができる人は自ら動いてアルカディアに向かうようにもなっていった。

　パンデモニウムからは執拗に妨害や襲撃があった。魔族は数が少なく、元老院の支配欲、権力欲を満たすには自国の魔族が外に出てしまうのは許せないことだからだ。勇者や魔王の活動からその本性が顕になった元老院の信用は落ち始めていたが、それでも妄信的に元老院に従うものも多い。そういう者に限って命を捨てての自爆的な襲撃をかけてくる。犠牲も出てしまうことがあったが、それでも彼らは諦めなかった。

　幸いなことに人間の国の同盟からはそれほど大きな妨害はなかった。人間の方は人が減ることによる国力の低下を補う方法が既にあったので、下手に移住を禁止して国民に反発されるのは合理的ではないという判断であった。

　パンデモニウムへの対応に力を注ぎながらも順調に建国は進んでいき、しびれを切らした元老院の一人が襲撃に来たのを返り討ちにしたことで、とうとう力関係は拮抗し、各勢力の膠着状態を作り出すこととなった。

　国力が低下したことによってパンデモニウムでも戦力の使い捨てが忌避されるようになり、人間の同盟でも今は力を蓄える時だと言って、国民に出兵を控えることを通達して支持を得た。アルカディアでも周囲が落ち着いている間に国内を安定させ、国力を上げることに専念した。これまで交わらなかった人間と魔族が協力することで、破竹の勢いで国は栄えていった。

　一方でレミントンではかねてより考えられていた新たな労働力の確保を大々的に公表した。

　それが、特定の魔法を強化するギフトを与えられた者たちによる、魔物に対する使役魔法や魔族に対する隷属魔法であった。

　国家事業にまでなったその改革によって、パンデモニウムの戦力でもあった魔物を人間も利用するようになり、完全に人間側が勢力として優位に立つことになったが、人間勢力はその後も富国に努めたことで戦端が開かれることはなかった。元老院が強大な魔族であることは理解していたので、まずは自国の強化を優先したのだ。更には大規模な戦争が起きなかったことで、平和をこちらから崩すことによる市民の反発を避けた結果でもあった。

　そして膠着状態、実質的な停戦状態になってから更に100年後。人間の国で魔物の使役と魔族の隷属が日常に溶け込んだある日。

　使役されたスケルトンが働いているとある鉱山の奥で、スケルトンの１体が進化し新たな魔族が一人生まれた。

「――へ？」

　明瞭になった視界、意識。そして落下する頭部。彼は自分の身体が崩れ落ちたのだと理解した。