第18話 静かなる救済

 ドラゴンは今、カフェの傍にある茂みの中に隠れていた。

 カフェは2階建ての建物と中庭のスペースがある、比較的大きい施設だ。

 中庭スペースは、カフェの建物に面している部分以外は森と茂みの自然に囲まれていて、さらに建物の中庭側には窓が一切ないため、周囲の視線がほどんど遮られている。

 そのため、中庭スペースに入るためには一度建物に入る必要がある。そのついでに建物で受付を済ませるシステムだ。

 時折、はるか上空を鳥獣モンスターが通ることもあるが……、さほど気にならない。というか、そんなことは普段の街でも日常茶飯事だ。

 この場所にいる客は、周囲の視線を気にしない。それも相まって、ドラゴンが茂みに隠れていることに誰も気が付かない。そして、白猫にも。

 白猫は建物の屋根の上で立華たちをじっと見ていた。自分の姿を平気で人前にさらけ出す癖に、立華たちの前には一切姿を現さない。

(くそっ、ずっとつけてきてるが、状況は変わらねぇ……。あの金髪も白猫もウザいし、もう手ェ出すしかねぇのか……?)

 気に障る態度の金成、意図が読めない白猫、様々な要素が絡み合い、ドラゴンのイライラは爆発寸前だった。


「ここ、立華ちゃんのお気に入りの店なんでしょ? めっちゃ良いところじゃん! センスあるよ!」

「……はい、なんで知ってるんですか?」

「なんでって、女の子の好みは全部知ってて当然っしょ!」

 立華からすると、自分のお気に入りの店を嫌な人に知られてしまい最悪な気分である。

 もしかしたら、またここでばったり会うかもしれない。店を変えようかなと思い始めている。誰にもプラスになっていない。

 しかし、ここ以上に立華が落ち着ける場所なんて、自分の家以外にそうそうない。どうしたものか。

「お待たせしました。キャラメルラテと、スライムフロートでございます。どうぞごゆっくり」

 清楚な格好をしたウエイターが、立華たちの前に二つの飲み物を提供してくれた。

「ありがとねー」

 金成が笑顔でお礼を言うと、ウエイターも微笑みで返してくれた。

 金成はスライムフロートを手に取り、ゆっくり飲んだ。

「うーん! 美味しい! 来てよかった!」

 一人だけテンション高い金成。ここは静かに過ごしたい客が集まりやすい。立華に限らずここで飲食をしている客も、金成のはしゃぎ具合に違和感を覚えていた。そして、誰一人視線を合わせようとしない。

 立華も、キャラメルラテを飲み始める。

 どうやって、この状況を切り抜けようか。どうやって、角が立たないように別れようか。同じギルドに勤める同士、トラブルがあるとややこしいことになる。

「立華ちゃんさぁ、いっつも何か考えてるよね」

「……ん、え? な、何ですか?」

 金成の不意の質問に、立華は戸惑う。

「やっぱり。今も何か考えてたでしょ」

「いえ、そんなことは……」

 立華は否定するが、金成は気にせず話を続ける。

「ギルドでいろいろあって大変だと思うけど、立華ちゃんまだルーキーなんだから、先輩の俺に頼ってくれてもいいんだよ」

「……」

 立華からの返答なし。もう返答するのにも疲れていた。

「立華ちゃんの考えは、俺、分かるよ」

「……」

「もっと俺と一緒にいたいんでしょ?」

「……え?」

「もっと素直になろうよ、考えてることって、声にしないと届かないんだよ」

「いや、そうじゃなくて──」

「立華ちゃんが言えないなら、俺が代弁してあげる。恥ずかしがることはないよ」

 金成が立華の言葉をさえぎって、空気の読めない発言を繰り出す。これってセクハラにはならないのか?

「実はさ、この後映画館予約してるんだ。立華ちゃんが好きなやつ。『ネイチャーマーケット』の最新作。これ飲み終わって歩いて行っても時間に余裕あるよ」

「いや、あの、やめて……」

 立華、追い詰められてパニック状態。頭が回らず、辺りをフラフラと見渡す。


 助けて。

 立華、心の叫び。


 それを感じ取ったのか、ドラゴンが怒りを爆発させる。

(もうだめだ、行くしかねぇ!)

 ドラゴンが全速力で立華のところに全力ダッシュ!

 ゴォオン!!

「ンガァア!?」『痛ってえ!?』

 しかし、ドラゴンは前方に突然現れた何かに激しく頭を打ち付け、突進は防がれてしまった。

 ドラゴンの前に現れたのは、魔法で作られた半透明の壁のような物質。

(なんだ? ……魔法のバリア!? でも、誰がこんなの──)

<任せて!!>

 ドラゴンが考える間もなく、突然声が聞こえた。

 それは、建物の屋上にいるはずの白猫のテレパシー。かなり距離があるはずだが、はっきりと聞こえた。

 さらに、金成の近くに置いてあったスライムフロートが、倒れた。というより、吹っ飛んだ。

 ビチャァン!!

「えっ、うわぁぁぁぁあああ!?」

 金成、発狂。こぼれたスライムフロートが、金成の服に盛大にかかっている。その直後、

「お客様、大丈夫ですか?」

 ウエイターが落ち着いた口調で、早歩きで近づいてきた。

「あ……、すみません。フロート、こぼしちゃって」

 金成が涙目で説明する。

「それは、災難ですね……。良ければ、代わりを持ってきて差し上げましょうか?」

「……いや、いいです。大丈夫、です」

 先ほどまでのハイテンションの金成とは打って変わって、やけに落ち込んでいる。

 金成がテーブルを拭き、ウエイターが床を拭く。

「あの、大丈夫ですか?」

 立華が気まずそうに金成に聞く。

「俺は、大丈夫。だけど、服、汚れちゃった。こんなんじゃデートできないよ……」

 金成がテーブルを拭き終わると、

「立華ちゃん、家まで送るよ。帰ろう」

 こう言った。

「あっ、……はい」

 立華。ちょっと嬉しそう。

 一方、ドラゴンはというと、白猫のほうをじっと見ていた。

(今の、あいつがやったのか?)

 白猫は建物の上で、ほっと一息つきながら立華たちを見ていた。

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