第44話 八ヶ岳互助会

 だいともゆきさんは表ではイベント会社を経営していたが、裏では大がかりな売春組織を築きあげていたようだ。

 五代さんと直接つながりのある人物は十三人。その中にざいぜんまささんとゆうさんが含まれていた。


 警察がさっそく正美さん以外の十二人の確保に動いたという。そして正美さんはつちおか警部が直々に取り調べに当たっている。

 プライドの高い正美さんが、売春に関して口を割るとは思えない。しかしもし話し始めたら、すべての謎が一本につながる可能性はある。


 なぜ五代さんは殺されなければならなかったのか。しかも私のアリバイ工作までも利用して。

 もしかしたら売春組織に気どられることなく五代さんを葬ってしまうために、直接つながりのない人物が殺したと思わせたいのなら、私は格好の標的だったに違いない。


 現に正美さんと五代さんのスマートフォンでのやりとりを復元して、ようやく売春のカラクリに気づけただけだ。

 しかも両者のやりとりが外部に漏れても、ただの旅行の報告をしあっているようにしか見えないので、売春が気づかれるなんてまったく思いもよらなかったはずだ。


「警視庁の取調室の様子を見てみますか? 財前がなにを話しているか、聞いてみたいでしょう?」

「それは興味がないといえば嘘になりますけど。私が知ったら気を悪くされるかもしれませんし。警部が取り調べをしているのなら、確実に正美さんを落としてくれると信じます。そこから五代さんの悪事がすべて明らかになって、他の被害者も救われる。それでいいと思います」

かざさんは容疑者に仕立て上げられたんですよ。この事件がどういう決着を見せるのか、確認する権利があると思うんですけど」


 れいさんが私たちの間に入ってくる。


「今回の捜査は土岡さんが適正に行なえば事件の全容を明らかにしてくれるはずです。こちらは警察の手に余る情報の解析に専念します。まだ五代氏の端末をすべて解析できておりませんからね」


「そうでしたね。うちの“相棒”が今しゃかりきになって情報の裏どりに動いています。これ以上負荷をかけても、解析のスピードが落ちるだけですからね」

 その“相棒”がチャイムを鳴らしてひとつのウインドウを開いた。

 それを大型モニターで見て、なぜこの人がヒットしたのかまるで見当がつかなかった。


 名前は知っている。


 以前さんから教えてもらったからだ。

 しかし五代さんはいつこの人と接点を持ったのだろうか。この人は五代さんに恨みを持っていたのだろうか。


「五代氏を殺したのは水谷さんで間違いない。水谷さんに五代氏を殺させたのは財前さんで間違いない。では財前さんはなぜ五代氏を殺さなければならなかったのか。脅されたから? 愛想が尽きたから? 用済みと判断したから? このあたりがまだ不明ですわね。また今表示されたこの人物が、五代氏とどのようなつながりがあったのか。解析するにはその人の端末を解析する以外にありませんが」


 そういえば火野さんからある情報を教えてもらっていたのを思い出した。


「あの、このまことさんって、薬を盛られたかなにかして“不能”になった、とある人から聞いています」

「以前お話しいただいた、火野さんが雇った興信所の報告書からですわね。なぜ“不能”になったのかを考えてみる必要がありそうですわ。もしかしたら五代氏とつながるかもしれません」

 するとブザーが鳴った。

 “相棒”がモニターに「検索終了」と表示する。


 無尽蔵に思えた途方もない情報の解析をこれだけの時間で完了できるのだから、ここのメインコンピュータの性能は計り知れない。


 ほどなくしてスマートフォンの着信音が鳴った。玲香さんがスマートフォンで応答しつつ、自室へと歩んでいく。


「そろそろ財前が落ちている頃ですね。それで裏付けが欲しい、というところでしょう」

 すぐに玲香さんが戻ってきた。


「財前さんは五代さんの下請け組織から多額の借金をしていた。そして返せなくなったので体を売るよう強制された、と語ったそうです」

「弱みを握って体を売らせる。売春組織のじょうとう手段ですね。その下請けの金貸しの情報も欲しいところですかね」


「五代氏と財前さんの端末から売春組織につながる情報が欲しいそうです。わたくしからは、財前さんと木根誠さんのつながりを見つけたいところですわね」

 金森さんが着席すると、すぐさまキーボードに向かった。

「売春組織とのやりとりは当然ちょうを使っているのでしょうが、まあ“旅”を使いまわしているはずです。別の符牒にすると間違いかねませんからね。であればすでに解析は終わっています。このやりとりの相手の中から共通する人物や団体があるかをチェックするだけで判明するでしょう」

 カタカタとキーをタイピングするとすぐにそれらしい名前と連絡先が表示された。


「やりとりの相手と五代の連絡帳を照合したところ、“八ヶ岳互助会”という組織名のようですね。財前の端末からこの八ヶ岳互助会の連絡先のひとつがヒットしています」

「それじゃあこの八ヶ岳互助会の情報を収集してください。組織を根こそぎ掌握します」


 先ほどの五代さんと正美さんの端末で解析した結果を大容量サーバーに保存し終わると、八ヶ岳互助会の大規模検索が始まった。

 まずは五代さんの端末から検出したアドレスをたどり、どこの誰が主催している売春組織なのかを把握する。その手先となっている金貸しのような下請けがないかも随時確認していく。

 これらの照会には膨大なデータを解析しなければならないが、“相棒”はそれを難なくさばいて次々と組織の所在地と連絡先をリストアップしていく。


 それにしても、世の中どこに落とし穴があいているのかわかったものではない。ちょっとしたお金を借りようとしてまちきんやみきんに手を出しただけなのに、返済できなくされて結局売春を強要される。

 まっとうな金貸しなんてそもそも存在するのだろうか。こうなるとクレジットカードのローンすら怪しく見えてくるから不思議だ。

 消費者金融なんて合法的な法人になっていて法定金利を謳っているものの、どこまで本当なのか。誠実な業者などいないのではないかとすら思えてくる。


 “相棒”がブザーを発し、モニターに「検索終了」と表示された。


「どうやら金貸し、ヨガ教室、マッサージ店が八ヶ岳互助会の下請けになっていたようですね。今すぐ印刷します」

 すると大型プリンターが動き出し、各組織の所在地と連絡先、そこに所属する人物の連絡先などが見やすいリストで出力される。


「それじゃあ土岡さんをこちらへ呼びますね。由真さん、案内をおまかせしますわ」

「かしこまりました」


 事件の大きさを思い、改めて身が引き締まった。



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